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2章 8話 探索者ギルド
ヴィヌワ保護区への道を歩きながら少し後ろをちらりと見る。リトの後ろを歩いているのは先ほど護衛につくと紹介されたベーナ族だ。
ユシュと言うこの強面でヨハナより大きなベーナ族はなんとヨハナの番らしい。寡黙で近寄りがたい感じがするが、リトを見ている眼差しは優しく、ルピドやリオネラが横を通り過ぎる度にびくつくリトを見てその大きな体で見えないように隠してくれるのはありがたい。
この種族存続機関第一兵団に所属する優しい青年はきっとその見た目で誤解される事もあっただろう。
「あっちはユシュが所属している第一兵団の兵士の宿舎。今は貴方達の護衛が仕事だからあまり帰ることはないかもだけど」
「第一兵団って護衛が仕事なの?」
「第一兵団は色々な仕事をしているのよ。護衛だったり、草原の魔物討伐だったっり、山に使節団として赴いたり」
ゆっくり歩きながら話をしている二人を見る。さっきの事があったからリトがヨハナを毛嫌いするかと思ったがそうでも無いらしい。
自分を女性だ、と言うだけあって気配りが出来て仕草もどこか俺達とは違う。独特な雰囲気と口調、たまにおどけて見せるのは態となのかもしれない。
「あ、あそこのパン屋は砦の中でも有名だから、是非食べてちょうだい」
「さっきのふわふわのパン?」
「あれだけじゃないわよ。色々な味のするパンも売っているわ」
「ふーん」と言ったリトが何か見つけたのか走りそうになるのを腕を掴んで止める。
「リト、一人では危ないとさっき言われただろ? お説教をされたのを忘れたのか?」
「あ……」
あの後リトはヨハナに「立ち向かうのはいいことだけど危険すぎるから駄目よ」とお説教されたのだ。
「もう忘れたの? 一人でいるのは危険だし、立ち向かうのも危険。逆上した相手に殴られでもしたらリトちゃんじゃ怪我どころじゃすまないわよ。キトちゃんだって女のあたしに力では敵わなかったんだから。それを忘れては駄目って言ったでしょ?」
「あの力が女……? 女はか弱いと本で見――」
「何よ?」
ギロリと睨まれて黙るしかなかった。
「キトちゃんももう一回同じ事をいわせるつもり? 貴方達ヴィヌワではあたし達には力では敵わないの。分かっていないようだったら、戻ってまたお説教するけど?」
「ヨハナ、やめてあげなさい。二人とも分かっているさ」
そう言って指差されたリトを見ると耳が後ろに寝てしゅんとしている。
「はぁ……ま、いいわ。とりあえず、他にも紹介したいところがあるからいきましょうか」
ヨハナがリトの背中を優しくぽんと叩き歩くように促した。
***
カランコロンと音のする扉を開けた先には様々な種族がいた。
受付と書かれてある札のところには見たことの無いキャリロや若いルピドにリオネラが並んでおり、不規則に並んでいるテーブルには俺と同年代くらいの他種族の者数人が肉を頬張っている姿が見受けられる。
「ここは探索者ギルドよ。依頼書に書かれてある依頼をこなしてお仕事をするところ。討伐系でも採集系でも色々あるから登録しておくといいわ」
「登録?」
「砦には様々なギルドがあるけど代表的なギルドがこの探索者ギルドと商業ギルドね。他にも裁縫ギルドとか鍛冶ギルドとか色々あるわ。それのどれかに自分の名前を登録しておかないとお仕事が出来ない仕組みになっているの。ヴィヌワの村ではそう言うのはなかっただろうけど。兎に角、何の仕事をするにしろギルド登録はしておかないとお仕事できないから」
「登録しなかったら?」
「ここで生活する為のお金を稼げないわよ」
ワ村ではキャリロと物々交換した鉱石を変わりに使っていたが、それでは駄目なのか?
俺は鞄の中に入れてある鉱石を取り出してヨハナに見せた。
「これでは駄目なのか?」
「……どこの田舎者よ。物々交換って言うのは基本しないの。いい? お金って言うのはこれのこと」
懐から小さい袋を出したヨハナが平たく丸い胴や銀色のものを見せてきた。
「これがお金。硬貨って言うのよ。これが無いとどこの店でも物を売ってくれないわよ。だから、仕事をするための場所を紹介しているって訳。とりあえず二人ともお金を稼げないと暮らしていけないからここのギルドに登録しておきなさい。硬貨の単位は後で教えるわ」
「分かった」
ヨハナに背中を押され受付と書かれた札のあるカウンターの前に立つ。カウンターのところにいたのはベーナの女性だ。
男のベーナよりも少しだけ大きな耳と愛嬌のある顔。背は俺とあまり変わらないだろうか。少しだけ胸元の開いた服の隙間から見える胸はその女性が手を動かすだけでポヨンと揺れた。確かあれには脂肪が入っていると本に書いてあったな。
これが、女性か。
「登録ですか? 依頼ですか?」
「登録に来た」
「では発行されている身分証を提示してください」
ポケットに入れておいた身分証を差し出し、リトにも渡すとリトは身分証をしげしげと見ているだけでカウンターに出そうとしない。
「リト、それをベーナの女性に渡しなさい」
「申し訳ございませんが、ヴィヌワの方の登録は十五歳からとなっておりますので」
「僕十五だもん!」
ぷくっと頬を膨らませカウンターに乗り出しそうな勢いのリトを止めてベーナの女性を見る。
「リトはこう見えても年は十五なんだ。体が弱かったのもあって成長が遅いだけで」
「でも十歳にしか……」
「ひどい!」
「ユヒナ、その子は本当に十五なの。登録してあげてちょうだい」
俺達のやり取りにヨハナが溜息を吐いて援護してくれる。リトは俺の横でぷりぷりと怒って「なんで、いっつも」とぶつぶつ呟いているから、ワ村からここまでの間、相応の年齢に見られない事がとても嫌なのだろう。
成人の証であるヴィヌワの編みこみはここでは分からないのだろうか? フードは取っているから見えているのに。
「俺達ヴィヌワは成人をしたら右側頭部に編みこみを編むのだが」
「それは知っております。です……が……」
リトの髪を見てユヒナと呼ばれた女性が黙り込んだ。
「し、失礼しました。すぐに登録手続きをいたします!」
言い終わる前にユヒナが俺とリトの身分証を持ってどこかに行ってしまった。俺は振り返ってヨハナを見ると聞いた。
「俺の年はいくつに見える?」
「二十前後ってところかしら?」
「……」
貫禄が無いのだろうか?
***
登録を済ませ説明を受けて探索者ギルドから出て歩きだす。
リトは登録できたのが嬉しいのか身分証に捺印されている印を見て喜んでいるようだ。
ワ村の中では過保護な連中が多く、リトが何かをしようとする度に「リト様、それは私が」と言われて仕事を取られる事が多かった。リトがそれに悩んでいたのを知っている。
ヴィヌワの惨状を聞いた今は他の村の者も人に構っている暇はないだろう。今のうちにリトにびしばしと厳しくしていこうと心の中で呟く。
「リト、無くしてはいけないから鞄のポケットにでも入れておきなさい」
「はぁい」
鞄のポケットに入れる際に本当に小さな石膏が入ってるのが見えた。ヨハナは取り出したほうがいいと言っていたが、どうするか……
「リトちゃん、その石膏出しておきないさいね」
「……」
「ね!」
渋々取り出した石膏をズボンのポケットに入れたのを見てヨハナが続けて言う。
「さ、やることは終わったし保護区にいきましょう」
「その前に、これを売っておきたいのだが」
「ちょっと! なんで先にそれを言わないの! もう一回探索者ギルドに行くわよ!」
俺が鞄から取り出したまだ少しの肉がついている皮や、道中採ってきた薬草を見てヨハナが叫んだ。
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