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2章 9話 笑顔で送り出そう
探索者ギルドを出て中央通りをゆっくりと歩く。僕が指差して色々聞くのに対して、ヨハナさんは嫌な顔をしないで答えてくれる。
「あそこの店の串焼きは美味しいのよ。仕事が終わってあの店の串焼きをつまみにエールを飲むのが最高なの」
「エール?」
「麦で作られたお酒のことね。リトちゃんの村にもお酒はあったでしょ?」
「麦で作ったお酒はないけどキノリって言う果実で作ったお酒はあったよ。キトとおじいさんが夜によく飲んでた」
おじいさんはあまりお酒が強い方ではないようだったから、すぐに寝てしまっていたけど。反対にキトはうわばみで止めるまでいつまでも飲んでいる。お酒っておいしいのかな。
「おじいさんって、もしかしてゼトさんの事? リトちゃん」
「おじいさんは、僕のおじいさんだよ」
「リト、それでは説明になっていないだろ? ゼトは俺とリトの祖父だ」
「頑固って遺伝なのね」ってヨハナさんがぼそっと言ったのが聞こえた。
***
「でね、ウルルって子が僕に言ったんだ。本当に十五歳? って、ひどいと思わない?」
「あたしはリトちゃんやキトちゃんが若く見えるのがうらや……ま……」
ナーゼ砦からここまでの話をしている最中、ヨハナさんが言葉をきって顔を上げ前を向いた。僕の後ろで歩いていたユシュさんが「騒がしいな」と言ったことで僕もヨハナさんが見ている方向に顔を向ける。
中央通りの道の真ん中でユシュさんと同じような格好したベーナ族数人とヴィヌワ族数人が何かの言い合いをしていた。道を歩いているまわりの人も立ち止まってその様子を見ている。
ヴィヌワの人達はこちらに背を向けているから誰か分からないけど、背の感じはどこかで見た事がある。
「ちょっとちょっと何の騒ぎよ、これは」
近くでその様子を見ていたベーナの女性にヨハナさんが話しかけた。
「いや、私も詳しいことは知らないけど、なんでもヴィヌワの人が山がどうたらって騒い――」
「山に帰ろうと言っているのではない! 山の近くに行きたいと言ってるだけだ!」
「早くせねば取り返しのつかないことになる!」
この声……ジトと、ヨト?
「ジトに、ヨトか?」
キトが小さな声で呟いてつかつかと騒ぎの中に入っていく。
「ジト、ヨト、何の騒ぎだ」
キトが二人に声を掛けると、二人とも驚いた顔してキトを見た後、僕の姿を見つけると悲しげに眉を寄せた。
「キト様、リト様まで……捕まってしまったのですか?」
「捕まったのではない。ワ村の者を連れ戻しに来たのだがな……。まぁ、それは後で話す。それより、何の騒ぎだ」
「ああ、そうです。死人 が出たので御魂送りをせねばならぬのにこやつらがワシらを外に出してくれんのです!」
死人!? そんな! いったい誰が……。
僕もキトの横に行き、まだベーナ族の人にくってかかりそうなジトの服を掴んだ。
「そうか。お前達は護衛を頼んで外に出ると言ったのか?」
「門の傍で御魂送りをするのですよ? すぐそこなのに護衛なぞいります? なのにこいつ等が出してくれないんです!」
「それで騒いでいたのか? じーさんはどうした」
そう言えばときょろきょろと首を廻らせて見るけどどこにもおじいさんの姿がない。こう言う時は村長であるおじいさんが纏めるのに。どうしたんだろう?
「それが……村長様は……」
「なんだ?」
「昨夜お亡くなりに……」
「……うそ」
「……そうか。ここで騒いでいてもきりが無い。俺とリトをじーさんの所に案内してくれ」
キトが僕の手をぎゅっと握って歩くように促す。僕はキトに引っ張られるようにしてヴィヌワ保護区に向かって歩いた。
***
質素な寝具に寝ているおじいさんの横に座り顔を覗き込む。ただ眠っているだけの様に見える。息をしていないなんて信じられない。
「おじいさん」
胸の上で組まれた手を撫でると冷たい。僕はそのままおじいさんの胸に顔を埋めた。おじいさんの伽羅の匂いがしない。安心するあの匂いが。
「……ふぇ……じいちゃ……じいちゃ……」
ぼろぼろと流れる涙をそのままに僕は泣いた。いつも笑顔を絶やさなかったおじいさん。不安になった時はずっと傍にいてくれたおじいさん。呼吸をしていた胸は上下に動いていない。とっくとっくと聞こえてきた音も聞こえない。
鼻を啜る音が聞こえてきて僕は顔を上げた。声を出さずに涙を流すキトが僕の頭を撫でていた。
「……ジト、じーさんは、何故」
「ここに来た時大量の怪我人がいたのです」
「じーさんはまた無理をしたんだな」
「はい、魔力の事も考えず回復魔法を行使して」
「魔力枯渇を起こした、か……」
「…………はい」
カタリと音がして部屋に茶色の耳と髪をした知らないヴィヌワが入ってきて、キトと僕の目の前にくるとばっと跪いて頭を下げた。
「申し訳ございません。ゼト様は俺の息子の怪我を癒す為に……」
「その子は癒えたか?」
「……はい。申し訳ありません。申し訳ありません!」
おじいさんは村でもいつもそうだった。怪我人がいると言われれば率先して駆けつけて魔力枯渇を起こす寸前まで回復魔法を行使してしまうことが多かった。その使い方は体によくないと止められても「助かる命があるのに何故止める。魔力枯渇を起こして死ぬ? それこそ本望だろう」と言ってそのまま使い続けるような人だった。
子供が好きで、他の人の命を最優先にして、自分の命なぞ軽いと言わんばかりのおじいさんの行動に村の皆が心配していたんだ。
いつかその力で身を滅ぼすのではないか、と。
「その子は助かったんだね」
「……」
「ならおじいさんも本望だよ」
僕の言葉にその人は涙を流しながら顔を上げた。僕はその人に笑って伝える。
「おじいさんはね、村の皆が止めても回復魔法をいつまでも使っちゃうような人なんだ。前も村で怪我人が出た時にそうだった。だから、いいんだよ。謝らなくていいんだ。ごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言って。そしたらおじいさんは嬉しい」
「そうだな。じーさんはそう言う人だ。だからお前も気にする必要なぞ無い」
「……ぁぁ、あ、俺は……俺は……」
顔を下げてしまった人の傍に行き僕はその人の手を取った。
「気にするなって言っても気になっちゃうよね。でも、見て」
周りを見るように促し、その人の顔に手をやって無理やり顔をあげさせた。その目には見えているだろう。
おじいさんの寝具の周りで村の者が笑っているのを。一人一人おじいさんとの思い出を語り合う姿を。薬師の婆様は「ワシより早くに逝きおって」と何故か怒っていたけど。
きょとんとしているその人の顔を見て僕は微笑んだ。
ワ村のヴィヌワは強いのだ。少し泣いて、後は笑顔で送り出す。
悲しみに囚われずに前に進むのは、この世界が魔物の蔓延る危険な世界で、いつ誰と永遠の別れになってしまうか分からないからだ。
隣に住む人が、笑っていた友が、簡単に消えてしまう。
そんな世界で生きる僕達は悲しみに塞いでその人の死を嘆くのではなく、笑ってこんな人だった、あんな人だったと思い出に昇華していく。
人が亡くなると言う事は悲しいことだ。けど、その人は僕達の心の中で生き続ける。
莫大な魔力を持ちワ村でも稀代の魔術師と言われていたおじいさんは笑顔で送ってくれる事を望んでいる。きっと。
「あ、ありがとうございます」
「うん!」
だから僕は笑う。
僕の隣ではキトが皆を見て笑っていた。
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