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2章 10話 準備

「さぁ、皆じーさんを送り出す準備をしよう」  キトのその言葉に皆が動き出した。今回の御魂送りはおじいさんの為のものだから執り行うのはキトだ。僕は神官の仕事はまだしたことが無いから、多分補佐をすることになる。 「しまったな……こんな事なら神官服を持ってきておくのだったな……」 「我々も突然連れて来られたので葬儀の物はもってきておりません。聖杖(せいじょう)もありませんし」 「聖杖の変わりは魔弓の弦をはずせばどうにかなるだろう」 「魔方陣を描く際の魔石はどういたしますか?」 「ベーナ族にでも掛け合えば融通してくれるかもしれん。ヨト、護衛を連れてヨハナと言うベーナ族に魔石を都合できないか聞いてきてくれ。それから誰か俺の荷物を頼む」  僕はジトとキトの会話をどこか他人事の様に聞いていた。 「リト、若草色のローブを持っているか?」 「若草色のローブ? 多分持ってると思うけど何に使うの?」 「それを神官服の変わりにしよう」 「?」  キトが着るのかな? でも僕のローブでは小さいと思うけど……   「何を首を傾げている? リト、お前が御魂送りをするんだ」 「え! む、無理だよ!」  詠唱の文言だって覚えているかも怪しいし、精霊降しの舞はキトとおじいさんから習った、たった数回しかしたことがない。 「無理ではない。いつかはしなければならないんだ」 「でも……僕……詠唱の文言おぼえてるか……」  頭に手を置かれて俯いていた顔を上げる。そこにはにこりと笑うキトがいる。 「大丈夫だ。お前はあのじーさんの孫で俺の弟だ」 「……でも」  キトが頭に置いた手で僕を撫で、お尻のポケットから何かを取り出して僕の目の前に差し出してきた。  それはキトがおじいさんから教えてもらっていることを書いているメモ帖で。 「文言を覚えてないならこれを見ていまから覚えなさい」  差し出されたメモ帖を見てキトの顔を見上げる。これはキトが大事にしていたものだ。「もっておきなさい」と言われて手渡されて僕はどうしていいか分からなくなってしまった。 「これ……キトの大事なものじゃ」 「いいんだ。俺は覚えたからな。それにリトはこれから覚えないといけない事が多いんだぞ。予習と思って少しづつ覚えていきなさい」  「分かったな」と言われて僕は頷いてふふと笑った。  ワ村ではいつもいつも「リト様は休んでください」とか「リト様、それは私がやります」って言われて村の仕事も碌に出来なくて……。キトに仕事を任されたみたいで嬉しい。 「ジト、着いてきてくれ。ベーナ族の者に山側の門の傍を使用出来るように交渉しよう」  僕をもう一度撫でたキトがジトとユシュさんを連れて保護区を出て行く。僕をそれを目に入れた後キトからもらったメモ帖を開いた。  そこにはびっしりと神官の仕事の事などが細かく書かれてある。祭事の事意外にも書かれてあってとても勉強になる。  僕はキトとジトが戻ってくるまでそれを読んでいた。 ***  おじいさんを板に乗せ、木枠や木材などをヨハナさんに用意してもらってワ村の皆で木槌を打って祭壇と棺を作っている時、黒い髪と黒い耳の僕とあまり年が変わらないヴァノ・ヴィヌワがキトに声をかけてきた。 「あの、ワ村の村長様のお孫様でしょうか?」 「そうだが? ヴァノが何か用か?」 「私は山の西のラ村のキシと言います。あの、出来ればラ村の者も御魂送りをして頂きたく……」  ラ村! そう言えば、壊滅したって。   「ラ村……そうか、ベーナに話は聞いた。だいたい何人位になる?」 「ライ様を入れて三人です」 「ライ? 村長ではなかったか?」 「……はい、今日の朝冷たくなっておりまして。ラ村にはもう御魂送りが出来る神官がいないのです。カイ様の息子様のネイ様はまだ三歳でして……どうか、どうか」 「分かった。ジト、聞いていたな。俺もやる。急ぎ神官服の変わりになるものを。それから棺を後三つ作るぞ」 「ありがとうございます! ありがとうございます!」  何度も頭を下げるその人の周りにはラ村の者達なのだろう、僕と同年代のヴィヌワ六人とキト位の人が十人と抱っこ紐でくくられた幼い子供が三人いた。 「ラ村の人ってこれで全員?」  思わず聞いてしまった言葉にキシが眉の八の字にして泣きそうな顔をしてしまった。 「ごめんね。あ、僕はワ村のリト」 「そうです。今は、もうこれだけしか……」  キシの変わりにキシの隣に立っていたヴァノ・ヴィヌワが答えてくれた。  ラ村は僕達ワ村と違って百人近くは村人がいたのに……それが今は十九人……  魔物の襲撃でここまで人数が減ると言うことは山は今本当に危険なんだ。  それよりキシの隣に立っている人が目を見開いて驚いてるような顔をしてるけど、なんでだろう? 「あの、あの、リト様が御魂送りをなされるのですか? あ、俺はホリと言います」 「うん、今回が初めてだから上手く出来るか分からないけど。あ、でも、キトもやるって言ってたから大丈夫だと思うよ」 「おお! なんと! なんと!」  嬉しそうな顔をして手を叩いているけど、何をそんなに喜んでいるんだろう。首を傾げた僕にキトの叱責が飛んできた。 「リト、手を止めていないで早く作りなさい。後三つも棺を作らないとならないんだからな」 「はぁい」 「キシ、遺体をこちらに持ってこれるか?」  少し離れたところでキシとキトが今後のことについて話始めたのを見て僕は祭壇作りの作業に戻った。 ***  ラ村の御魂送りをする事になってからと言うもの、何故か他の村の者達にも御魂送りをしてほしいと頼みこまれ、僕達ワ村の者がここにいる全村の御魂送りをすることになってしまった。  僕達三人ではどうにもならないから、他の村の神官も何人か手伝ってくれるらしい。  亡くなった人の数、総勢三十二人。ほとんどが老人だったけどラ村の三人のうちの二人はまだ十歳にもなっていないだろう、子供だった。  回復魔法は万能ではない。病気は治せないし、怪我をして失った血は戻せない。  毒や麻痺毒は受けても薬でどうにかなる、ある程度の病も薬で治せる。だけど、それでも救われない命はいくつもあるのだ。 「じーさんの遺体をこの棺に」  おじいさんの遺体を棺の中に入れた後キトが他の人達にそれぞれの仕事を割り振っていく。  棺も亡き人に着せる装束も何もかも足りない。ぞくぞくとヴィヌワがナーゼ砦に移住してきているから、死人もこれから増えるかもしれないとヨハナさんとキトが話をしているのを聞いていた。  棺作りも装束作りもまだまだこれからだ。  明日もまた同じ作業の繰り返しになるだろう。だけど、一人でも多くの人が神の御許で安らかに眠れるように僕は祈った。   

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