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2章 11話 御魂送り

 準備は五日目になってやっと終わりを見せた。  なんと他の種族も手伝ってくれたのだ。キャリロ族が装束の裁縫を、ルピドやリオネラが魔物の体内にある魔石をとってきてくれ、ベーナが棺を作るのを手伝ってくれた。  ヨハナさんが「ヴィヌワの葬儀は興味深いものが多いからね」と言っていたけど、僕達はこれが普通なのだ。  御魂送りをする時の護衛もルピドとリオネラと数人のベーナ族がついてくれるらしい。  これから六日間に渡り、一日六人と言うハイペースで御魂送りが行われる。キトと僕と他数人の補佐で執り行うのだ。 「リト、先にこの薬を飲んでおきなさい。他の村の者が補佐に回ってくれると言っても熱が出てしまうかもしれない。それから御魂送りの合間合間にきちんと休むこと」 「はい」  キトから熱さましの丸薬を受け取る。グラスに入っている水と一緒に飲んで喉の奥に流し込んだけど、喉が渇いている気がして僕は入っていた水を全部飲み干した。控え用に使っている門の傍の家で僕とキトは心を落ち着ける為にゆっくりしていた。 「キト、僕精霊降し失敗したらどうしよう」  御魂送りは地上にいる風の精霊様にお願いして、亡き人の魂を神の御許まで送って頂く儀式だ。  この世の人の魂は年を経ると共に穢れていくと言われていて、亡くなった人は精霊様に神の御許まで送られ神の傍で穢れが晴れるまで眠りにつく。穢れが無くなった魂は次の生へと転生するのだ。精霊降しの時の詠唱と精霊様へ捧げる舞は一番大事なものになる。 「大丈夫だ。リト、お前は風の子(リトゥレス)。風の神様と風の精霊様に愛されている。だから、思うままに動けばいい」  リトゥレス、ヴィヌワの古い言葉で風の子と言う意味だってキトに教えてもらった僕の真名。家族と番以外が知ってはいけない大切な名前。 「思うままに?」 「そうだ。だから俺もじーさんもきちんとした舞は教えてない。お前の舞を見た精霊様はきっとお喜びになって下さる。だから好きに舞いなさい」  それでいいのかな? 精霊様は喜んでくださるかな? 「大丈夫だ、リト」  キトが僕を抱きしめてくれて背中を撫でてくれる。 「キト、キトの匂い嗅いでも良い?」 「不安か?」  キトのすずらんの匂いはいつだって僕に安心をくれる。キトしか持っていない僕の大好きな匂い。本当は番以外が嗅いでは駄目な匂いだけど、不安で不安で押し潰されそうだ。こくりと頷いた僕の頭を撫でてキトが僕を抱き上げてくれた。 「それで不安がなくなるなら」  首筋に鼻を押し当て僕はキトのすずらんの匂いを肺いっぱい吸い込んだ。 ***  山から吹いた風が僕の髪を揺らす。  砦の門前に集まった人達の顔を僕は一人づつ見ていた。今にも泣き出しそうな人、悲しみを笑顔に変えてる人、表情は違うけれど、魂が神の御許へと送られ安らかに眠れることを皆願っている。その数は、三千人。  台座の上に乗せられた棺の奥には精霊様に捧げる供物の乗った祭壇があり、台座の手前には魔石を砕いて描いた魔法陣。台座の横にはかがり火が焚かれている。  山の一部にしか生えない精霊樹で作られた魔弓は使う者の魔力と魔法の威力を増幅させる。僕達ヴィヌワはこの魔弓で獣や魔物を狩り、明日の糧にする。その魔弓を今回は聖杖の変わりに使うのだ。  弦を取った歪な形をしている魔弓を持つと僕は椅子から立ち上がって魔法陣に向かった。   「はじめます」  魔法陣の真ん中に立ち魔弓を片手で持って斜めに構え目を瞑り僕はくるりと廻った。 『風の精霊様、風の精霊様』  僕の周りを風が静かに流れ始め、焚かれたかがり火が一段と大きくごうっと燃えた。  精霊様が降りてこられた合図だ。  僕はくるりくるりと廻りながら文言を吐き出した。 『ヴィヌワの願いを聞き届け給え』  汗で滑りそうになる魔弓を強く握りしめ、僕は廻る。  髪が風になびき、服をはためかせる。    『僕は請う』  廻っていたのを止め、僕は目を開けた。  魔弓をそのまま地面につき刺し、祈りの姿勢をとる。 『ゼト・ワ・ヴァロ・ヴィヌワに安らぎを』  目を開けて僕が見たのは小さな光がいくつも空に登っていく姿。 『穢れし魂に癒しを』  幻想的なその風景を見ながら僕は詠唱を口に乗せていく。   『深き、深き、眠りを』  びゅおうと風が強く吹き僕の周りを一周するとそのまま空へと舞い上がっていった。  ぜぇぜぇと荒い息を吐き祈りの姿勢を戻して立つと僕はふらついてしまった。 「リト!」  走りよって支えてくれたのはキトで。 「ごめんなさい、最後までちゃんと出来なかった」  魔法陣からきちんと自分の足で立ち去るまでが儀式なのだ。 「リトはちゃんとやっていた」  キトが指を指している場所を見る。  いくつもの小さな光が輝きを放って消えていく。  魂がきちんと神の御許に送られたと言うこと。  でも、何故こんなにも多くの光が……?  儀式の最中も不思議に思っていたことだ。 「この辺で亡くなった方もいたのだろう。リトはその人の魂も神の御許に送ったんだ」  僕の心の問いにキトが答えてくれた。もしかして言葉に出ていたんだろうか? 「よくやった、リト。あちらで休んでいなさい。昼からもまたしなくてはいけないからな」  こくりと頷いた僕を見てキトが頭を撫でてくれる。支えられながら魔法陣を出るとジトとヨトが涙を流していた。 「ジト、ヨト、リトを頼む。俺は魔法陣を描き直す」  そのままジトに支えられヨトが僕の魔弓を持ってきてくれた。 「立派でございます、リト様」 「本当に、本当に……」  椅子に座らされてもジトとヨトが泣き止まず、シナはそんなヨトをからかいヨルとセナが僕を甲斐甲斐しく世話をしてくれる。  飲み物を渡され前を向くと魔法陣を描き直したキトがこっちを見て微笑み、御魂送りをする為に詠唱に入った。 ***  一日が終わろうとしている。  さっきまで騒然としていた砦の門前は今はもう閑散としている。僕は夕日が沈むのを見ながらぼーっとしていた。   「リト、そろそろ行こう。ワ村の者にこれからの事を指示しなければ」 「はぁい」 「今日はリトが三回も御魂送りをやったから疲れただろう? 熱は出ていないようだな」  疲れは特に感じていなかった。  首を触るキトは僕が熱を出していないか心配なのだろう。いつもだったら熱が出て寝込んでいてもおかしくない。  やっぱり成人の儀で少しは変わったんだろうか?  魔力や魔法の威力だけでなく、体質も変えてしまうのかもしれない。僕はそう結論付けて差し出されたキトの手を取った。 「明日は俺が多めにやるから今日はゆっくりしておきなさい」 「うん」 「先に寝てていいから。夕食はジトが作ってくれているはずだ」 「うん。明日も無事に終わるといいね」 「そうだな」  僕達二人はいつも通りに並んで歩いた。

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