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2章 13話 ルピドの女

「どうしたの? 二人とも」   ヨハナさんの後ろにいる二人のうち一人の人はどう見ても女性だ。ぴったりとした皮鎧に覆われている体の筋肉はすごいけど、少しだけ胸元の開いたところからほよんとした大きな山が二つ見える。体躯は僕達より大きく、けどふさふさの尾を巻いている腰の括れのある体は僕達男とは全然違うものだ。 「ま、いいわ。この人は、ジェン・ルピド(銀狼)のセレンさん。月狼団と言うチームを結成されている団長さん。貴方達の護衛をするのは月浪団の二人ね。で、その横にいるのがトール君」  僕達が座っているソファーの向かい側にセレンさんと呼ばれた人が座り、ソファーの横に立ったヨハナさんが紹介してくれる。 「私はセレン、こいつはトール。よろしく頼む。それにしても坊や、女性の胸をそんなにまじまじと見るものではないぞ」 「ご、ごめんなさい」  慌てて視線をはずしキトを見るとキトも口をあけてセレンさんを見ている。目で見たものが頭の中で上手く整理できないようでキトの耳は不安げに左右に忙しなくぴるぴると動いている。   「な、何故ルピドに女性が?」 「女に守られるのは嫌だ、と? だが我々ルピドの女は男と同じ戦士だ。守られているだけのベーナの女とは違う」 「違う、そうではない。ルピドの女は絶滅したのでは……?」  キトの言葉にセレンさんが首を傾げ、ソファーの横にに立っているヨハナさんを見上げる。ヨハナさんは、隣に立っているトールと呼ばれたルピドの男の人を見た後肩を竦めた。 僕の気持ちを代弁してくれたキトに賛同するように僕はこくこくと何度も頷いた。  ルピドとリオネラの女性は絶滅し、その為にヴィヌワやキャリロが産み腹にされる。そう聞いて僕達は育った。その絶滅したと言われているルピドの女の人が目の前にいる事が信じられないのだ。 「絶滅? 何を言っている? 女がいなかったらどうやって我々は繁殖するのだ」 「だって、だって、本に書いてあったよ。ルピドとリオネラの女の人は絶滅したって。だから僕達ヴィヌワやキャリロは子供を産まされる為に産み腹にされるって」 「あー……なるほどね。リトちゃんが前に産み腹にされるって言ってたのはそう言うわけね。貴方達、どんなことを聞いて育ったのか知らないけど、ルピドの女性が絶滅したなんてデマよ。現にこうして目の前にいるじゃない」  まだ信じられなくて僕は何度もセレンさんを見てしまう。僕の隣ではキトが腕を組んで顎に手を置いて考え事をしている。 「僕達が教えてもらったことは違うってこと?」 「リトちゃん、その教えてもらったと言うこと詳しく話してくれる?」  僕はセレンさんとヨハナさんの顔を交互に見ると話始めた。 ***  僕の話を聞き終わったセレンとヨハナさんが顔を見合わせた後セレンさんが相槌をうち「なるほど」と言った。 「それを聞いてしまったのでは山に閉じこもってしまうのも仕方ないことだろう。だが、実際は違う。確かに昔ルピドとリオネラで戦争があったのは事実だ。それはルピドの歴史書に載っている」 「そうね、ベーナの歴史書にもそのように載ってるわ。ただ、違うのはルピドやリオネラの男じゃなくて女がヴィヌワとキャリロを可愛がり過ぎたと言うか……なんと言うか……」  しどろもどろに話すヨハナさんの言葉に僕が首を傾げると何故かセレンさんが視線をきょろきょろと彷徨わせた。 「貴殿達ヴィヌワやキャリロは儚げで美しく、尚且つ可愛い。だからルピドとリオネラの女が取り合いをしたと我々の歴史書には載っているのだ」 「「?」」  言っている意味が分からなくて僕もキトも首を傾げる。確かにヴィヌワやキャリロは美しい容姿の人が多い。だけど、ベーナの女性だって、今目の前にいるルピドのセレンさんだってとても整った顔をしている。   「我々ルピドの女は筋骨隆々だ。男女共に同じような背丈で貴殿達のように体の線も細くはない。その点貴殿達は華奢で美しい」 「貴方達、セレンさんを見てルピドに女性がいると気づいたみたいだけど、砦内にもいるわよ。普通に中央通りとか歩いているわ」 「「え?」」  いたかな? ルピドとリオネラは怖いって思ってたからそんなにじっと見る事もなかったし、僕は横を通り過ぎるだけでビクビクして顔を俯けていたから……。  キトの顔をそっと見るとキトも気づかなかったのか、数回瞬きをした。 「ま、俺らと同じ背丈でこの筋肉っすから、男のルピドと間違われてもおかしくないっすけどね」 「そう、我々ルピドの女は大きい。だから小さく華奢な物に憧れるのだ。…………はっきりと言おう。我々ルピドやリオネラの女は美しいものや可愛いものに目が無いのだ」 「好き過ぎて暴走したあげく、愛玩として無理矢理ヴィヌワとキャリロを家に連れ帰ったのが発端らしいわ。逆にルピドとリオネラの男はヴィヌワとキャリロを守る為に山に行くように薦めたと言われているのよ」 「そこに性的な物は含まれない。だから産み腹にされることはない」 「産み腹にしなくても、愛玩として飼ってた事は事実っす」 「今はしない。トール、誤解されるようなことを言うな」 「ま、今はしてないっすけど、多分」 「当たり前でしょ! そんな事をしたら種族存続機関の者としては見過ごすことは出来ないわよ。貴方達ルピドには砦から出ていってもらうから」 「それは困る!」 「だったら大人しく見て愛でるだけにしてちょうだい!」  何かを考えていたキトが顔を上げ「確認したいのだが」と三人に声をかけた。 「ヴィヌワとキャリロの取り合いでルピドとリオネラの女性の間で戦争が起きた、と言うことか? そして我々ヴィヌワとキャリロはルピドとリオネラの男に薦められて山に移り住んだ、と……」 「そう言うことっすね」 「ベーナが砦を築いたのは?」 「ベーナがここに砦を建てたのは、ルピドとリオネラの女が山に行かないようにするためよ」  僕が四人の話をただ呆然と聞いている横でキトは「ふむ」と頷くと険しい顔をして溜息を吐いた。 「だとしたらやはり砦は危険だな。ヨハナ、山の調査は何か分かったか?」 「山の調査はまだ進んでないけど、何でここが危険なのよ。山の方がよっぽど危険よ」 「ここにいたら我らは愛玩としてルピドやリオネラの女から狙われるのだろう?」 「それは昔の話っすね。今はこの大陸の法律でヴィヌワとキャリロに合意なく不貞な行為をした者は重い刑罰が下されるっすから。一番重い刑罰で死刑っす」 「貴方達、砦の法律の本は渡したでしょ? 見てないの?」  ヨハナさんの言葉にキトが「そう言えば」とぽつりと呟いて肩掛け鞄を漁りはじめた。僕も鞄から取り出して法律の本に目を通す。  そこには不快な思いをさせただけで罰金。愛玩として家で飼った場合、罰金と二十年の労働刑。合意なき性交は本人の死刑と家族への罰金と書かれてあった。まだまだいっぱいあったけど、どちらにしてもこの法律書を見る限り僕達に危険が及ぶとは思えなかった。 「その法律を破れば我々ルピドの女は砦では暮らせなくなる」 「リオネラもね。これで貴方達は安全だって分かったでしょ? そろそろ顔合せをしたいんだけど?」  ヨハナさんの言葉にここに来たのは護衛の人との顔合せだったのを思い出した。

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