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2章 14話 顔合せ

 セレンさんの横に座りトールさんにも近くの椅子を勧めるとヨハナさんが口を開いた。 「改めて紹介するわね。こちらがセレンさん。で、そこに座っているのがトール君よ。セレンさんは探索者ギルドの中でも一位二位を争うほど実力派揃いの月狼団を率いている人なの。トール君はそこの団員さん。こう見えても団の中では三位くらいの実力を持っているわ。勿論、一番の実力者はセレンさん。二番目の人は今はいないけど、シヴァと言う副団長さんよ。シヴァさんは後からくるわ」  こう見えてと言われたトールさんをまじまじと見る。さっぱりとした銀色の短髪にちょっと右の三角の耳が垂れているけど、顔はセレンさん同様整っている。耳と同じに垂れた目は愛嬌があるのではないだろうか。 「俺はキト、こっちは弟のリト。よろしく」 「初めましてリトです。よろしくおねがいします」 「うむ、よろしく頼む」 「くっすー」 「トール」 「よろしくっすー」  ペコリとお辞儀をして顔をあげるとにこにこと笑っているセレンさんと目があった。すぐに逸らされたけど。  探索者ギルドの中で一位、二位と言われる実力派を揃えているって事はそれだけセレンさんはすごい人なんだ。僕はまだ探索者として依頼をこなしたことはないけど、探索者の中でも秀でた頭脳と力を持ち、砦内と草原で有名なチームがあると聞いた。魔物の相手もホーンラビットやゴブリンとかじゃなくてヴィヌワが徒党を組んでも倒せないサイクロプスをチームだけで倒すと言う。  そんな人が僕達の護衛。  ヨハナさんが言ってたっけ。ヴィヌワの中でも最古の村の出身でヴィヌワの連中を纏め上げられるキトはとても重要な人物だって。やっぱりキトはすごい! 「貴方達の護衛をするのはとりあえず今のところはトール君とユシュが決定しているわ。後はまだセレンさんが迷ってる状態ね」 「すぐに決めるので暫し待ってほしい」 「姉御ー、もういいんじゃなっすか? ほとんど決まってるようなもんっすよ?」 「トール、団長と言え。馬鹿者」 「うぃっす。団長」 「決まっている?」 「我々月狼団は他のチームに比べて人数が少ないのだ。だが、こなさなければいけない依頼が多くある。そこでチームを二つや三つに分けて遂行することが多い」 「一番欠けて困るのは団長っすよ」 「そうなのだがな……。あぁ、失礼。貴殿達には関係ない事だったな。もう一人の護衛は決まり次第ヨハナに連絡をするからその時もう一度顔合せを頼む」 「分かった」  トールさんとセレンさんのやり取りを見てキトが頷くのを見て僕も頷いた。探索者ギルドの有名な人は指名されて依頼をこなすことも多くあると聞いていたし、ヴィヌワ保護区から出て何かをする事はほとんど無いように思える。今だってヴィヌワ保護区の調整でキトは忙しい。息抜きにってたまに山に木の実を取りにいくくらいだし。 「ではこれからの事ね。トール君ともう一人決まるルピドの人とユシュは貴方達の住むヴィヌワ保護区の護衛館に住む事になるわ。その間の諸経費等はあたし達が持つから心配しないでね。ヴィヌワ保護区内でもキトちゃんとリトちゃんにはトール君とユシュともう一人の人の護衛がつく事になっているわ」  口を挟もうとしたキトを手で静止、ヨハナさんが捲くし立てるように話す。 「ユシュ、トール君、月狼団の誰かの三人で貴方達二人の護衛を交代ですることになるの。その間トール君やもう一人決まった護衛がルピドの住む居住区から通うのは遠いし、不測の事態が起こって動いてからでは遅いの。だから、不自由な思いをするかもしれないけどそこは諦めてちょうだい。それから、お互いの相性とかもあるから、もし三人の護衛が合わないなと思ったらあたしまで連絡頂戴。そしたらすぐに変えるから」 「トールとやらどうかは分からないが、ユシュは大丈夫だ」  ユシュさんは強面で険しい顔をしててもよくよく見ると口の端が上がって笑ってたりするのを何度か見たことある。それがちょっと怖いなって思ってた事もあったけど、でも優しい人なのは接していて分かった。  僕がユシュさんに向けてにこりと微笑むと答えるように口角を上げて笑ってくれる。 「貴方達とユシュの相性はいいようで良かったわ」 「怖い顔をしているからと言って悪人と言うわけもあるまい」  「それはそうなんだけど……」と口ごもったヨハナさんの肩にユシュさんが手をぽんと置いた。 「まぁ、いいわ。で、護衛はどこでも連れてって頂戴。トイレや家の中までとは言わないけど、キトちゃんやリトちゃんが仕事をするだろう財務館にもね」 「そこまでする必要があるのか?」 「言ったでしょ? 不測の事態が起きてからでは遅いって。ここ何年かは起きてないけど、キャリロが監禁されてた事があるの。法律があるって言ってもきちんと守る善良な者だけではないの。犯罪だと分かっててもやってしまうのが人と言うものよ。特に貴方達二人の兄弟は美しいし可愛い。自分の容姿を分かってないなら言うけど、ルピドとリオネラの女性が狙うのは貴方達二人のようなヴィヌワよ」  キトは村一番の美人って言われてたから分かるけど、僕はそうでもない。成人しているって言っても背は小さいし容姿だってキトみたいに綺麗かって言われたらそうでもないと断言できる。 「リトちゃん、何きょとんとしてるの。貴方のことを言っているのよ?」 「え? 僕?」  思わぬヨハナさんの言葉に首を傾げるしかなかった。ヴィヌワの中ではキトみたいな美人な人がモテるのだ。僕みたいに容姿の幼い者は意中の人がいたとしても端から相手にされない。 「我々ルピドの目線からものを言うとしたらキト殿よりリト殿の方が好まれる」 「ルピドやリオネラは美しい人も好きだけど、小さくて可愛い方が好きなの」  何度も首を縦に振るセレンさんの目は若干血走っているように見えて少し怖い。ぶるりと震えた僕をキトが抱きしめてくれた。 「リトをそのような目で見るのはやめてくれ。我らは愛玩になるつもりは無い」 「す、すまない。これは我らの性分のようなもので……」 「分かったでしょ? リトちゃん。怖い思いをしたくなかったら護衛はちゃんとつけて頂戴ね」  こくこくと頷く僕を見てヨハナさんが笑った。 ***  ふと香った匂いに顔を上げた。どこかで嗅いだ事のある匂いなのに思い出せない。  僕の横ではキトがセレンさんとヨハナさんとトールさんと楽しそうに話をしている。思い出そうとするのに思い出せず、だけど安心する匂いだと思った。 「遅れてすみません。会議がなかなか終わらず……」 「遅かったな、シヴァ」 「シヴァさんよくきたわね。そこに座ってちょうだい」  皆が話をする中僕は扉を開けて入ってきたその人だけを見ていた。  肩で切り揃えられた銀髪に頭頂部にある三角の銀の耳、キリッと上がった凛々しい眉、涼しげな蒼い瞳とすっと通った鼻、男らしい薄い唇。見たこともないほどの美貌を持つその人を見て僕の頭は考える事を放棄していた。 「……リト、どうした?」  零していた涙をキトに拭い取られ僕ははっとしてキトを見た。キトの顔を見ても何とも無い。だけど……  シヴァと呼ばれた人を見るだけで僕の心の中に何かが灯っていく。  僕は、この感情が何なのか分からない、だけど嬉しいと言うことだけは分かった。 「リト?」  彼が「見つけた」と呟いた声は誰にも聞こえなかったのだろうか。僕はキトに抱き上げられ膝の上に乗せられても唯彼を見ていた。  ぽろぽろと勝手に流れてくる涙を止めることも出来ずに。

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