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2章 15話 私の運命

 十五歳で成人してから十一年の間ずっと探していた私だけの番。  他が自分だけの番を見つけていく中、私だけのところには現れなかった。  幸せな番達を見て卑屈になった事も寂しい思いをした事もある。  その私だけの番が目の前にいる。  なのに、何故貴方は他の男の腕の中にいる?  『グルル』  思わず出してしまった声に反応したセレン団長が私を睨みつけた。その目は余計な事をするなと言っている。  、嗅いだ香りを忘れはしなかった。後悔をしなかった訳ではない。怯えている気配に気づいた私は敢えて姿を見せなかっただけだ。任務が終わって砦に帰る時の私の喪失感は誰にも分からないだろう。  だが、私は見つけたのだ。私だけの運命を。  運命の番、唯一の絆。  神が創りし一つの魂は地上に降りる時二つに分かれて降り立つと言う。出会いは必然ではないが、出会ってしまえば男も女も関係なく惹かれあう。  神が定めた古よりの絆。  二人寄り添い死ぬまで離れることのない絆。  それが、運命の番。  見知らぬヴィヌワの腕の中にいる彼が私の運命なのだ。  彼も私と出会えた事を喜んでくれているではないか。私を見ているその顔には歓喜の涙が溢れている。手を伸ばして声をかけようとした時、彼を抱きしめている青年がヨハナに告げた。 「悪いが今日は帰ってもいいだろうか? リトがこの状態では話も出来ない。ヨハナ、何か話があったのだろう?」  リトさん。何て可愛い名前なのだろう。彼にぴったりの名前だ。   長く白い耳と腰の下まである白く長い髪。赤く大きなつぶらな瞳、その目を縁取る白い睫は頬に影ができるほど長い。涙に濡れている頬は朱に染まったように赤く、形のよい鼻と小さな口。  リトさんににこりと微笑むと彼は私から顔を背け青年の胸に顔を埋めた。 「んー、そうね。話と言っても大したことではないわ。ヴィヌワの中で代表者を決めて欲しいとお願いしたかっただけよ」 「そうか。ヴィヌワの者と話をしておく」 「ええ、お願いするわね」  ぐっと拳を握り吸い寄せられるように歩く私の腕を誰かが掴んだ。不快に思い掴んだ相手を睨みつける。その相手は私でも力では敵わない団長だ。食いしばった歯がぎりっと嫌な音をたてた。 「今日はこれで失礼する。セレン護衛が決まったらヨハナに連絡を」 「分かった」  「では」と言って扉に行こうとする青年に声をかけようとした瞬間、団長が私の腹に拳を叩き入れた。 「ぐぅ」    蹲る私を心配そうに見ていた彼と訝しげに私を見た青年がユシュと共に部屋を出て行く。私は腹を押さえぱたんと扉の閉まる音を聞いた。 ***  バチバチと放電する手を見て私は心を落ち着かせる為に息を大きく吐いた。危うく調査隊詰め所に雷撃を落とすところだった。 「どうしたシヴァ、お前らしくもない」  団長の声にゆっくりと首を巡らせ傍にあったソファーに座る。さっき彼が座っていた場所はほのかにまだ暖かく、彼の香りが漂っている。  あの時嗅いだ香りだ。脳髄を蕩けさせるような金木犀の香り。   「彼は私の運命です」  私の言葉に団長が絶句し団長の隣に座っているヨハナは微妙な顔をして一人掛けのソファーに座っているトールを見てそれから私に顔を向けた。 「運命? どちらが?」 「リトさんと呼ばれた方です」  トールは「良かったっすね」と言ってにへらと笑う。 「ヴィヌワが運命の番って前途多難ね」 「そうっすか? 俺はそうは思わないっすけど? めでたいことじゃないっすかー」  はぁと溜息を吐いたヨハナが首を何度も横に振り呆れたようにトールを見る。 「あのね、ヴィヌワって種族はしきたりだの掟だのってうるさい種族なの。掟を破れば裏切り者と罵られて集落や村から追放するような種族よ。その掟の中でも最悪なのが、ヴィヌワはヴィヌワ以外と番ってはいけないって言うのがあるの。運命の番だって言っても多分受け付けないと思うわ」 「なんでっすか? 運命っすよ?」 「運命を捜し求めて何年も彷徨ったり何年も待つ、ルピドの様な種族じゃないの。リトちゃんやキトちゃんは最古の村で神官をしているような人達よ。特にキトちゃんなんて『我々ヴィヌワは山と共に生き、山と共に死ぬ』と言ってしまうような人なの。掟を重んじる彼が認めるとは思えないわ。それに……リトちゃん、多分気づいてないわ。涙を流している理由も分かってなさそうだったもの」  気の毒そうに団長とトールが私を見る。だが、そんな事は瑣末なことだ。 「気づいていないなら、気づかせればいいだけの話ですよ、ヨハナ」 「簡単に近づけると思っているの? キトちゃんみたいな兄がいるのに。変な行動でもしてみなさい、すぐに逃げられるわよ」  目の前に美味しそうな餌があると言うのに食さずにいられようか? いや、否だ。我々ルピドは狙った獲物は絶対に逃がさない。   「逃げられれば逃げられる程追いたくなりますね」 「追いかけるのは今はやめておいたほうがいいわ。あの兄弟の絆はあたし達が思っているよりも深そうだもの。リトちゃんから聞いた話だと、リトちゃんが赤ちゃんの時からキトちゃんが育てたようだから」 「てか、ヨハナさんすごいっすね。ヴィヌワの事をそこまで調べてるなんて」 「調査隊と言うのはそう言う組織よ。貴方達の事だって調べ上げているわ。己が主と決めた相手には生涯の忠誠を誓う種族。それと、運命の番を見つけるまでは誰とも番にならない。それだけじゃないわ。自分の運命を見つけたら死ぬまで溺愛して自分の傍から離さない。キャリロの子が言ってたけどね、ルピドは暑苦しいって」  目を細めてヨハナが団長を見る。団長の番はキャリロの者だ。その溺愛ぶりは団の中でも有名だ。仕事以外はずっと傍にいて甲斐甲斐しく世話をする。この前等は仕事先にも番を連れていきたいと団長がのたまっていた。 「我々はそう言う種族だ、ヨハナ。私だけではない」  ぎらぎらと瞳を輝かせる私を見たヨハナがはぁっとわざとらしく大きく溜息を吐いた。 「団長、護衛を私にしてください」 「トールとムナムに決めようと思っていたが。……いいだろう、シヴァ。貴殿をキト殿とリト殿の護衛に任命しよう」 「ありがとうございます、団長。ムナムではリトさんを守れませんからね。所詮四番手です」 「あのねぇ! 護衛するのはリトちゃんだけじゃないのよ! リトちゃんとキトちゃんの二人なの!」 「大丈夫ですよ、ヨハナ。仕事は仕事。弁えております。キトさんもリトさんも必ず守ります」  逃げるならどこまでも追ってみせる。それが我々ルピドだ。障害と言う壁が大きければ大きい程心が躍る。絶対に逃がしはしない。 「狩りじゃないの! 護衛なのよ! 分かってる!? そんなに闘争心むき出しにしないで!? あたし、心配なんだけど!」  ヨハナの言葉は私の耳を通り過ぎていった。

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