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2章 16話 香り
団長と並び中央通りを歩く。私の後ろにはトールがきょろきょろと視線を彷徨わせながら歩いていた。今年十八歳になるトールはまだ番をみつけていない。私が番を見つけたのを間近で見て、自分も欲しくなって探しているのだろう。
「それにしてもびっくりしたっすね。副団長が番を見つけるなんて」
「シヴァの番は現れないのではないかと言われていたからな。私の大叔父みたいに生涯独身を貫くものだと思っていた」
十五歳を超えたルピドは己が番を見つけるために、住んでいる草原を離れ番を探す為に砦に移り住む。だいたいが二十までに番と出会う。そんな中、私だけ十一年も番と出会わなかった。
まわりの者からは諦めてはどうかと何度も言われていた。でも諦めなかったのは必ず私だけの番がいると信じていたからだ。
生涯の忠誠を誓ったのは団長だが、生涯の愛情は出会う未来の番に、そう思って今まで生きてきた。
「私はいつかは出会うと信じていましたから」
真面目な顔をして言った私の隣で団長がくすりと笑った。
「待ちに待った番を見て、どうだ?」
「運命の番とは素晴らしいものですね。リトさんを見ただけで活力が沸いてきます」
「そうだろう? 私も初めてハナナを見た時体から闘気が溢れた位だ。手にいれた今はそれだけではない」
「団長のハナナさんへの愛は十年たっても変わりませんね」
「当たり前だろう? あんなに可愛い番はそうそういない」
「でも団長、ほどほどにしないとハナナさんに逃げられるっすよ。キャリロはルピドと違ってあっさりしてるっすから」
トールの言葉に団長が「ぐぅ」と喉を鳴らして黙り込んだ。団長とハナナさんが出会った当初、団長の溺愛ぶりにハナナさんが「うざい」と言って拒否をしていた事もあった位だ。私も気をつけねば。
「でもその点、副団長は楽なんじゃないっすか? キャリロに比べてヴィヌワは愛情深い種族だって話っすよ」
「愛情を込めるのは番ではなく子供だと言う話だがな」
「そうなんっすか?」
「知らないのか? ヴィヌワは十歳まで親の目の届く範囲で子供を育てるのだぞ」
「三歳で放置される俺達とは違うんっすね」
「ルピドは放置してても親のやり方を見て勝手に育つからな。現に私の息子も放置してても問題なく育っている。反対にヴィヌワは愛情が不足すると病気にかかってしまう種族らしいぞ。ま、噂だけどな」
「それだけ子供が大切だと言うことではないでしょうか。ヴィヌワは子供が少ないですから」
「そう言えば、ヴィヌワの御魂送りですっけ? あの時、子供ほとんどいなかったっすね。若い人もあんまりいなかったっす」
「トールはあの葬儀を見たのか?」
「すごかったっすよ。幻想的って言うか、なんつーか。言葉では表せないっす」
「私もあれは見たかったんですけどね。どこかの誰かさんが書類仕事をさぼって番に現を抜かすから見にいけませんでした」
「私のせいだと言いたいのか?」
「言ってませんけど? でも、ほどほどにして下さいね。私もいつまでも団長の尻拭いをしてる訳にはいきませんから」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて団長がふんと鼻息を荒く吐きそっぽを向いた。
「そうっすよ。団長のせいで俺にも書類仕事まわってくるんっすから、ちょっとはやってほしいっす」
「トール、貴方には貴方のしか渡してませんよね? 書類仕事が嫌いだからって団長のせいにしないように」
目を細めてトールを見ると、こっちは気まずそうに顔を背けた。
***
雑貨屋の前でふと足を止めた。私の目に入り込んできたのは色々な種類の匂い袋だった。その匂い袋の横には『どこでも番の匂いを貴方に』と書かれた札が立てかけてある。
視線を彷徨わせながら探してみるがリトさんの匂いと同じものは売っていないようだ。溜息をして顔を正面に向けると団長が同情的な目で私を見ていた。
「匂い袋を買うのはやめておいたほうがいいぞ」
「何故です?」
「本物と比べたら虚しくなるだけだ」
「実体験ですか?」
「……そうだな。その一瞬は良いものに思えるが、そうでもない。本物の匂いを知ってしまったら尚更だ」
「そうですか」
黙りこんで歩きだした団長を追いかけるように少し早く歩く。横に並んで団長の顔を見ると私を見てにこりと笑った。
「良かったなシヴァ。運命の番と出会えることはとても稀な事だ。出会えずそのまま独身を貫く者もいる。そうならず良かったと私は思う。番に出会えず一人寂しく送る一生はとても侘しいものだ。大叔父を見ていつもそう思っていた」
「周りに薦められた見合いも蹴ったそうですね」
「はっ 見合いなぞ、発情を抑えるだけの性欲処理に過ぎない」
「見合いを薦めた方もノルンさんを思っての事だと思いますよ」
「お前もルピドなら分かるだろ? 我々の心はそんなものでは埋められない」
「……そうですね」
「俺は団長と副団長が羨ましいっす! 俺も早く番に出会いたいっす!」
トールの悲痛な叫びに私と団長はお互いを見るとくすりと笑った。
出会ってしまえばおのずと惹かれあうが、運命の番に出会えることはそうそうない。出会えず一生を一人で過ごす者も少なくない。私ももしかしたらそうなっていた可能性はあったのだ。
あの時、あの匂いを嗅げた事はとても幸運だった。
「実はですね。リトさんの匂いを嗅いだのは今日だけではないんです」
私の突然の告白に団長とトールが目を大きく見開いた。
「三週間位前の依頼、覚えてます?」
「三週間位前……」
「あ!」
一つ大きく叫んだトールが私にずいずいと近寄ってきた。
「もしかして、ワ村に使節団として行った時っすか?」
重要な依頼が重なり団を二つに分けた時の依頼だ。他のチームと合同で行うことになったワ村への使節団としての依頼。団長はあの場にはいなかった。
こくりと頷いた私を見てトールが「やっぱり」と言って何度も頷いた。
「副団長の様子おかしかったっすもんね。ワ村の村長の家っすか?」
「そうです」
「出ようって言うのに副団長なかなか家から出ないんっすもん。しかも何回も匂い嗅ぐし家から出ても何回も振り返ったりしてたから何かあるんじゃないかって思ってたっす」
「お前の頭の中では美味しそうなものがあったと思ったんじゃないのか?」
「いや、まぁ、それもあったっすけど……幻って言われてる酒見つけたから……てっきり俺は……」
「トール、貴方と一緒にしないで下さい」
照れたようにトールが鼻の頭を掻くと話しを続けた。
「でもそれだけじゃないんっすよ。普通貯蔵庫って魔物の血の匂いなんてしないっすよね? けど、村長の貯蔵庫の中魔物の匂いが充満してたんっす」
「よく分かったな、シヴァ」
「魔物の血の匂いとは別に怯えた匂いを嗅ぎ取ったんです」
「怯えた匂い、か」
「それ分かるの団長と副団長位っす」
ルピドの中には稀に匂いの中に感情を嗅ぎ分ける者がいる。月狼団の中では私と団長だ。
今でもあの時の香りを忘れられない。脳に記憶されてしまった私だけの番が放つ誘うような金木犀の甘い香り。
「だけど、私を幸せにしてくれる香りでした。怯えた匂いよりも幸せな匂いを嗅ぎたくてあの時はそのままにしてきました。今もあれで良かったのだと思います」
「お前がそれで良いと言うのだから、それで良かったのだろう」
うんうんと頷く団長の横でトールは微妙な顔をしていた。
「俺だったら絶対見つけたっす!」
「怯えている者にその場で会ったとしても、逃げられるだけだぞ」
「逃がさないっす!」
「だからお前はまだ子供だと言うのだ。引くことが大切な時もある」
団長とトールの言い合いが長くなりそうだと判断した私は、気づかれる前にその場をそっと離れた。
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