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2章 18話 運命の番

「コーヒー、ここに置いておきますね」 「あ、ああ。ありがとう」 「リトさんは香茶でよかったですよね? 砂糖、ここに置いておきますね」 「うん、ありがとう」  キトの机の上にコーヒーを置いたシヴァさんがそのまま僕が座っている席にも香茶の入ったカップを置き、その横に砂糖の入った器を置いて僕の隣の席に座った。  護衛がついて一週間。  シヴァさんは財務館で働くキトと僕と他数名の村長の世話を甲斐甲斐しくしてくれ、書類が僕達だけではさばききれない時は書類の修正を手伝ってくれたり書類整理をしてくれたりと何かと動いてくれる。   「もうこんな時間ですね。昼食は何がよろしいですか?」 「そうだな。……赤いスープが飲みたいな。他は任せる」 「トマトスープですね。甘めでいいですか?」 「今日は酸味が強いのがいいな」 「分かりました」 「わしは芋が入ったサラダが食べたい」 「ワシはこの前食った……なんじゃったか……バターで焼いたやつが食いたいのぉ」 「雷魚のムニエルですね」 「俺、モスベアーのステーキがいいっす」 「トマトスープにポテトサラダに雷魚のムニエル。リトさんは何が食べたいですか?」 「僕、シヴァさんが作ったふわふわなパン!」 「俺、モスベアーのステーキがいいっす」 「トール、貴方は自分で作りなさい」 「なんでっすか!」 「貴方だけですよ。何もせずにソファーに座っているのは」  眉間に皺を寄せたシヴァさんがトールさんの胸をこづくと部屋から出て行った。「なんで俺だけ」とぶつぶつ言いながらトールさんもその後に続いて出て行く。  トールさんのふてくされた顔を見た村長達がくすくすと笑いながら出ていった扉を見ている。この一週間、このやり取りがずっと続いている。  仕事も出来て料理も出来て、月狼団でも二位の実力を持っているシヴァさん。顔も綺麗だし性格も真面目でおもいやりがあって、話だって為になることとか面白い話とかしてくれる。  こんな素敵な人と番になれたらとても幸せだろうな。シヴァさんに番がいないのがすごく不思議。きっとシヴァさんの周りにいる人は見る目がないんだ。僕だったら―― 「!」  僕、何考えてるの!  慌てて真っ赤になった顔を伏せる。 「どうした? リト」 「な、なんでもないよ、キト」 「そうか? さぁ、皆話ばかりしてないで仕事をやろう」  僕の首を触ったキトが「熱はないな」と言って書類に目を戻した。  僕はこの一週間おかしい。シヴァさんを見るとドキドキするし、傍にいると思っただけで勝手に顔が熱くなってしまう。声を聞くだけで安心して、香りを嗅ぐだけで心がぽかぽかと暖かくなる。シヴァさんがお休みをとった昨日はとても寂しくて仕事もミスばかりだった。  本当に僕、どうしたのかな。  小さくため息を吐き僕はキトに渡された書類に印を押しながらずっとそんな事ばかりを考えていた。 ***  その夜僕は自分の部屋でずっと考え事をしていた。 「ふぅ」  こう言う時は、誰かと話をした方が良い。そう思って部屋から出てキトの部屋の前で立ち止まった。 「どうした? リト。体を冷やしてはいけないから入りなさい」  ノックをしようとした矢先、ドアが開いてキトが顔を見せた。 「眠れないか?」 「……うん」  僕の頭をわしわしと撫でたキトが部屋に入れてくれる。キトに招かれるままにベットに座るとキトが僕の隣に座った。  恥ずかしい話だけど僕は十三歳までキトと同じ部屋の同じ寝具で寝ていた。十三歳を超えても何かあればいつもキトの部屋のキトの寝具で寝ていた。だから、今日も一緒にキトと寝たら僕の気持ちのもやもやもどっかに行くって思って来た。なのに、後悔しているのはなんでだろう……。 「何か悩み事か?」    何故だか言ってはいけない気がした。   「……分かんない」 「何を悩んでいるのか分からない、と言うことか?」 「……うん」 「それは、困ったな」  僕の背中を撫でたキトが抱きしめてくれる。なのに、今日は安心しない。 「ねぇ、キト。お父さんとお母さんのお話して」 「父さんと母さんの話か」 「うん」  僕のお父さんとお母さんはヴィヌワの中でも珍しくヴィヌワ同士の運命の番だった。  僕を産んでお母さんは亡くなって、お父さんも病気で亡くなっている。二人の顔を知らない僕は、村の中で両親のいる同年代の子が羨ましかった。だから、僕はお父さんとお母さんの話をいつもキトにねだって聞かせてもらっていた。  番になったと言ってもお父さんとお母さん程仲むつまじかった夫婦はいないって村の人も言っていた。そんな二人から望まれて産まれた僕。僕はキトの話を聞くだけで安心していたんだ。  何故か分からないけど、急にお父さんとお母さんの話を聞きたくなった。本当に、突然に。 「そうだな。……何の話をしようか。リトにはほとんど話しているからな」 「僕がお母さんのお腹に宿ってからの話がいい」 「リトはその話が好きだな。もう何百と話してるのに」  僕が一番好きなお父さんとお母さんの話。  くすくすと笑ったキトが僕を抱えて膝の上に乗せ、お腹の前に手を持ってくると僕のお腹を撫でた。 「リトがお腹の中に宿っていると分かった時、母さんも父さんもすごく喜んだ。こうやって今みたいな体勢になって椅子に座って父さんが母さんのお腹を擦っている姿を何度も見た。で、母さんがお腹を擦りながらこう言うんだ。”リトゥレス。貴方は僕達の大事な子。ゆっくりでもいいから産まれてきてね。可愛い笑顔を僕達にいっぱい見せてね。僕達は待ってるから”って。その後に父さんが”愛しているよ、リトゥレス。母さんはこう言ってるけど俺はお前の顔が早く見たい。でもあんまり早くに産まれても大変だから、のんびり出てきなさい”とな」 「えへへ」 「そう言えば、リトは母さんに似ているな。顔も背も」  顔がお母さん似だと言うのは村の人達も言っていたから知っているけど、背も似てるって言うのは初めて聞く。 「背も? それ僕初めて聞く」 「母さんは百六十だったかな? 十二の時の俺の背とあまり変わらなかった。俺は父さんに似て背がでかいから、ちょうどこんな感じだったな」  僕のお腹を撫でて目を細めてキトが笑った。その当時の情景がキトの頭の中で流れているのだろう。 「お父さん大きかったの?」 「今の俺よりも背の高い人だった。じーさんの息子だから当然だけどな」 「おじいさん背大きかったもんね」 「そうだな」 「そっか。僕お母さんに似てるんだ」 「リトは顔も背も何もかも母さんに似ている」 「えへへ」 「お前も父さんと母さんの様に運命の番と出会って幸せな家庭をきづいてほしい。が、運命と出会えることは極稀だ」 「……ぁ……」    キトのその言葉に僕の中に何かがすとんと落ちた。”運命の番”。  ああ、そうか。僕は恋をしていたんだ。  シヴァさんを見るだけで胸が高鳴るのも、傍にいるだけで顔が熱くなるのも、姿が見えなくて寂しいと思ったのも、シヴァさんに恋をしていたから。  匂いを嗅ぐだけで心が温かくなって、声を聞くだけで安心して、姿を見るだけで笑顔になる。こんなに惹かれるのは僕とシヴァさんが運命の番だからだ。 「リト?」 「なんでもないよ、キト」  でも僕はヴィヌワ。 「どうした? リト」  シヴァさんはルピド。   「なんでもないったら」  僕達は、番ってはいけない。

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