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2章 20話 僕はヴィヌワ、貴方はルピド

 背負子を下ろしたキトが僕の顔を見て笑った。 「皆、少し休憩してからキノリを採ろうか」 「「はい」」  三日後。僕とキトとジトとヨトは護衛達を連れて山に入っていた。毎日毎日書類と睨めっこしてばかりでは体がなまると言ったキトの言葉で山に入る事になったのだ。 「キト様、リト様どうぞこちらにお座りください。シヴァさんもトールさんもどうぞ。ビャクさんとアクエさんはこちらにどうぞ」  きょろきょろと周りを見ていた僕にヨトが声を掛けてきた。敷物を敷いた場所に早速座ったトールさんがヨトから受け取ったお絞りで手を拭いている。 「トール、貴方は遠慮と言う言葉を知らないのですか?」 「遠慮できる性格じゃないっす。副団長はそろそろ俺の性格に慣れた方がいいっす」 「遊びに来ているのではないのですよ? 私達は護衛ですよ、護衛。分かっていますか?」 「分かってるっす。けど魔物の気配しないっす」 「そう言う問題ではありません!」 「まぁまぁシヴァさん。若い者が遠慮をなさらずに。キノリがあるところは魔物も出てきませんので、どうぞお座り下さい」  キトに促されて座ってからシヴァさんを見ると、立っているのはシヴァさんだけだった。ヨトとジトの護衛の人は違う敷物に座ってジトからグラスを受け取っている。それを呆れたような顔で見たシヴァさんが渋々と言った感じで座った。僕に飲み物の入ったグラスを渡すとヨトがすぐさまシヴァさんにもグラスを渡し僕の隣に座る。   「それにしてもここはすごいですね」  きょろきょろと周りを見回してるシヴァさんの視線を追うように僕も周りを見る。  人が一人通れるか通れないかの木のトンネルを抜けた先にあった原っぱ。そこは家が一軒入る位の広さがあった。絨毯のような柔らな緑の草と小さな青い花を咲かせている植物。原っぱの奥まった場所にいくつもの緑の大きな実をつけた低木。今日はこのキノリと言う果実をとりにきた。  キノリの群生している場所を教わったのはワ村からナーゼ砦に向かう道中だった。 「あれがキノリだ」 「あれがキノリっすか!」  キトが指差した方を見て何故かトールさんが喜んだ。 「キノリって、酒になるやつっすよね? 俺キノリ酒大好きっす!」 「トール!」 「何っす? 副団長」 「確かにキノリは酒にもするが、キノリは薬の材料だ」 「キノリの種が薬の材料なの」  僕を撫でたキトが「よく覚えていたな、えらいぞ」と褒めてくれた。 「何の薬のなるのか聞いてもよろしいですか?」 「キノリを使った薬は麻痺毒を治す薬になる。キノリの種と夜咲花の花びらとマンドラゴラの根。これを乾燥させ混ぜ合わせて丸薬にするんだ」 「そこまで教えていいんですか?」 「作り方は特殊で作ろうと思って作れるものではない。ヴィヌワの薬師から教わらない限りは乾燥させて丸薬にしたところで毒が出来るだけだ」 「毒、ですか……」 「四肢の麻痺と頭痛。一日は動くことが出来なくなる。だから作るのはやめておけ」 「いえ、作る気はありません。けど、その薬を売らないのですか?」 「売る? 薬が売れるのか?」 「ヴィヌワ族の作る薬は効能もいいですし、即効性がありますのできっと高値で売れますよ。それに、トールが大好きなキノリ酒も砦で少ししか出回っていないのととても美味しいので高値で取引されています」 「少ししか? キノリ酒が出回っている? ルピドと我々は物々交換などしたことないだろう?」 「キャリロが砦に来た際に売って帰るのですよ」 「そうなのか?」 「ええ。なので、いい収入になるのではないでしょうか?」 「ふむ。酒と薬が金になるのか。……ジト、今日は多くキノリをもいで帰ろう」  キトとシヴァさんが楽しそうに話しをしているのを見てチクリと胸が痛む。二人の楽しそうな雰囲気に僕は顔を俯けた。 「リト様、飲み物はどうでした? グラス受け取りますね」  ヨトに声を掛けられて顔を上げた。 「……うん、美味しかったよ」  自分の気持ちに気づいたとしても、僕とシヴァさんは番になってはいけない。ヴィヌワの掟でヴィヌワはヴィヌワ以外と番ってはいけないとある。  分かっている。分かっているんだ。  だけど、頭では分かっていても心がそれを拒絶する。こんなことなら気づかなければ良かった。   「リト様?」 「なんでもないよ、ヨト」 「ならばいいのですが。……歩き疲れてしまいましたか?」 「ううん。大丈夫」  僕は誤魔化すように笑って立ち上がった。 「キノリ採ろうよ。キト」 「ああ、そうだな。ジト、ヨト始めよう」  誰にも気づかれない様に涙を拭うと僕はキノリの木に向かって歩いた。 *** 「ヨト! ちょっと来てくれ!」  キトの大きな声に首を傾げたヨトが僕の側から離れた。僕は目の前にあるキノリの実をもぐことに集中する。でないと思考が勝手にシヴァさんの事を考えてしまう。 「なんで! 食べてしまわれたのですか!」  ヨトの荒げた声にびっくりして声のした方を見るとトールさんが口を押さえていた。どうやらトールさんはキノリの実を食べてしまったらしい。皆がトールさんを見て笑っているけど、笑えない。 「何故、そんなに苦しそうなのですか? リトさん」  突然上から降ってきた声にびっくりして顔を上げると、シヴァさんがいつの間にか僕の側に立っていた。 「苦しい?」 「我々ルピド族の中には稀に感情を嗅ぎ取る事が出来るものがいます。私がそうなんです。貴方の香りは、とても苦しそうで……」  苦しい? 違う。苦しいんじゃない。  僕は悲しいんだ。だけど、シヴァさんにそんな事は言えない。 「苦しくないよ」  「では何故、そんなに泣いているのですか」  シヴァさんに頬に流れている涙を手の甲で拭われて自分が泣いている事に気づいた。 「泣かないで下さい。貴方が泣いたら私も悲しくなってしまいます」  伸びてきたシヴァさんの手を僕は掴んで止めた。 「リトさん?」  これ以上シヴァさんに触れられたら僕は拒絶できなくなる。それは駄目な事だ。 「もしかして、気づいてくださったのですか? 私が貴方の運命だと」  気づいた。気づいたよ。でも僕は気づきたくなかった。  番になれない運命なんて、気づきたくなかった。 「ごめんね。シヴァさん。僕は貴方とは番えない」 「わ、私がルピドだから、ですか?」 「そう。僕はヴィヌワ。貴方はルピド」 「私が耳を削ぎ落として尾を切り取っても、ですか?」  姿形を変えたところで、シヴァさんがルピドなのは変わらない。  大きな笑い声が聞こえてきてその方向に顔を向けて見ると、トールさんを囲んでキトもジトもヨトも笑っていた。   「ごめんね」  いつだって皆が僕を守ってきてくれた。体の弱い僕を気遣ってくれた。村の皆が愛情を込めて僕を育ててくれた。そんな暖かい人達を僕は裏切ることなど出来ない。 「貴方とは番えない」  自分の運命の番に平気で残酷な事を言える僕。どうか、僕ではなく他の人と幸せになってほしい。 「どうか、ほ――」 「言わないで下さい。そんな事。でも勝手に私が貴方を想うことは、許してください。愛しています。リトさん」  僕も、愛してる。それを貴方に言えたらどんなにいいだろう。 「いつまでも、いつまでも貴方だけを愛しています」  貴方を拒絶する事が、こんなにも悲しい。 「……ぼ、ぼくは……ぼくは……ぼく、も……」 「ありがとうございます。その言葉だけで充分です」  僕の涙を拭い悲しみを耐えるように笑ったシヴァさんを、僕は一生忘れないだろう。

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