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2章 21話 種族が違う

 窓に手をかけて外を見る。ぽつりぽつりと規則的に置かれた街頭には今は灯りが点いていた。  キノリ採りから帰ってきて僕は早めに寝ると言って自室に入ったのに眠れない。このまま眠らずに夜を明かせば体調がおかしくなってしまう。それは分かっている。なのに眠れない。 「はぁ」  考えても仕方ないの無い事だ。僕とシヴァさんが番になることは万の一にもありえない。  僕がヴィヌワじゃなくてシヴァさんの様にルピドだったら番えたのかな?  逆にシヴァさんがヴィヌワだったら僕と番になることが出来たのかな?   「……出来ないかな」  ヴァロ・ヴィヌワ。  古来よりの純血種。ヴァロと言う色はただの白ではない。  他のヴィヌワよりも魔力も魔法の威力も格段と違う僕達ヴァロは、昔からヴァロのみで番ってきた。他が混じれば魔力も魔法の威力も落ちた子供が産まれてくると言われている。だからそうならない為に同種族であろうとヴァロでなければ駄目なのだ。純粋なる白と言う名前の通り、ヴァロはヴァロ・ヴィヌワ以外と番ってはいけない。僕達の祖先が決めた掟。  シヴァさんがヴィヌワであってもヴィアやヴァノだと番えない。 「……」  ぽたりと音がして音の方に顔を向けると僕の服はいつの間にか濡れていた。その跡はまるで涙を流した跡のようだ。そっと手を上げて頬に触れる。  そのままぐいっと涙を拭き取り何事も無かったように窓から離れた。 「決めただろ。僕」  シヴァさんとは番にならないと。  さぁ、もう考えるのはやめよう。    寝具に入り横になる。さっきよりも冷たくなっている手を握り締めて僕は目を閉じた。 ***  からんころんと鈴の音と共に月狼団の本拠地の酒場に入る。 「いらっしゃい、シヴァ君」  今日の護衛が終わり、ご飯を食べに行こうと言うトールの誘いを断って私は一人でハナナさんが経営する酒場に来ていた。 「珍しいね、シヴァ君がここに来るのは」  顔を上げて見ればカウンターの中でグラスを磨いているハナナさんが目につく。その向かいには今日の任務が終わったのかスツールに座った団長がいた。 「なんだ? シヴァ。護衛報告書なら私の机の上に置いておけばいいだろう」 「報告書はすでに団長の机の上に置いてあります」  団長の隣に座った私にハナナさんが暖めた小さなタオルを渡してくれる。 「何かあったの? シヴァ君」  優しいハナナさんの声に思わず泣きそうになったがぐっと耐える。  苦しい思いをしているのは私だけではないだろう。きっと、リトさんも……。  「貴方とは番えない」と言った言葉が本心なのかどうかはその顔を見れば分かる。苦しげに眉を寄せ涙を流している彼を見て、ヴィヌワを捨ててしまえ等と言える訳も無い。  悲しみに覆われた彼の匂い。それが私の心を軽くした。  彼の傍にいれるだけでもいいと思ってしまったのは浅はかな考えだったのか。 「やっぱり受け入れられなかったんだね」  俯けた顔を上げてハナナさんを見てから団長を見ると気まずげに私から視線をはずした。 「ヴィヌワが運命の番だってセレンから聞いたよ。なんとも難儀な相手だね」  私の目の前にコースターを置いたハナナさんがその上にグラスを置くと困ったように笑う。 「これからどうするの?」 「どうもしません。ただ、彼の傍にいれるだけでも……」 「運命の番ってそんなに軽く考えれるものじゃないでしょう? 特にルピドは」 「ですが……」 「本心は?」  そんなものは決まっている。今すぐにでもリトさんを攫って番にしていまいたい。私と彼だけの巣を作って私だけを見て欲しい。逃げる? それは私が許さない。どこまでも追いかけて――  そこまで考えて思考を止める。 「何を考えているのかは知らんが、それ以上考えるのはやめておけ。不穏な匂いがプンプンする」 「そう、ですね。って、嗅ぐのやめてください。団長」 「ヴィヌワの連中は頑固だからさ、そうなるとは思っていたんだよね。でも運命に出会ってしまえば、どう抗っても惹かれるんだ。僕みたいに」  グラスに酒を注ぎながらハナナさんが団長に顔を向けてはぁとため息を吐いた。 「でも、惹かれてもやっぱりヴィヌワは拒絶するんだね」  新しいグラスをカウンターに置いたハナナさんがグラスに酒を注ぎながら話す。 「ヴィヌワは異常だよ。子供の育て方もそうだけど、必要以上に他の種族に関わらないようにしてる。僕がまだニナ村に住んでた時のことなんだけどさ。ヴィヌワの村に行商に行くでしょ? その時、村の中に入れてくれないんだ。村の近くの櫓で取引をするの。で、ヴィヌワの人が村に行商に来る時は村はずれの広めのところで取引するんだ」  肩を竦めたハナナさんが注いだ酒を一口飲む。 「お茶に誘っても”すぐに帰らねばならない”とか言ってとっとと帰っちゃうし。ま、僕が何回か行商して顔見知りになったら仲良くなることもあったけど。でもさ、顔見知りになっても少し話をしたら帰っちゃうんだ」 「ヨハナはヴィヌワの村に入ってるようですが?」 「彼は特別だね。あの雰囲気もあるんだろうけど、話術がすごいんだよ。商人の多いキャリロでも口で負かされることある」 「私もヨハナには口で勝てた事がない。ワ村への使節団の依頼だって最初は断るつもりでいた」 「団長の場合はハナナさんを出しておけばいいだけですから」 「……」  団長がジト目で私を見るが事実だ。ハナナさんに良い所を見せたくてノせられたら依頼を受けてしまうのが団長だ。 「ヨハナは口が達者だ」 「いい様に使われてるようにしか僕には思えないけどね」 「……」 「ま、それでシヴァ君が運命に出会うこと出来たんだから良しとしとこうか」  団長が勝ち誇ったように胸を張り私を見るとにやりと笑う。 「そういえばハナナさん、ヴィヌワの子育てが異常だと言ってましたがどんな風なのですか?」 「ヴィヌワはね、子供が十歳になるまで抱っこ紐で抱っこして肌身離さず育てるの」 「目の届くところでは無いのか?」 「目の届くところに置いておくのは十歳から成人するまでの間。十五歳までは絶対村の外には出てこない」 「十五歳まで村の外に出ない? 狩はどうするのだ」 「狩は十五歳以上で決まった人しか出来ないって言っていたかな? もう十年前の事だから今は違うかもしれないけど」 「我らルピドは三歳で狩の仕方を習いはじめる」 「キャリロだって六歳にはもう家業を手伝いはじめるよ。リオネラもルピドみたいに三歳で放置されるしベーナも五歳で家の手伝いをしたりする。そう考えたらヴィヌワは異常でしょ?」 「愛情深い種族だと聞きました。それに子供が少ないからではないでしょうか」 「愛情深い。そう言われたらそうかもしれないけど、子供が少ないからってそこまでする? 一度、”そこまで束縛されて嫌じゃないの?”ってヴィヌワの人に聞いたら首を傾げていたよ。逆にキャリロの子育ての仕方を教えてあげたらすごく驚いてたね」 「ヴィヌワの人達からしたらそれが当たり前の事でしょうから、驚かれても仕方ないのかもしれませんね」 「僕は、小さいころから自由の無い可愛そうな種族だって思ったな。役割や番は全部村長が決めて自分の自由な時間って無いんだよ」  「本当に、可愛そうだ」とぽつりと呟いたハナナさんが酒をぐびりと飲みほした。

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