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2章 26話 家族になる
リトを抱え直し膝に乗せ俺の肩に頭を置く。そのまま背をとんとんと叩けばむにゃむにゃと言葉になっていない寝言を言った。首に手をやり熱を測ったが熱は出ていないようだ。
「ねぇ、キト君」
「なんだ?」
「ヴィヌワ保護区を本当に追い出されたらどうするの?」
「先ほど言った通りの事をするだけだ」
「ま、飲みながらでも話をしようか」
目の前にグラスが置かれ顔を上げハナナを見れば視線を彷徨わせながら酒を注いだ後セレンに顔を向ける。
「仕事は、どうするのだ?」
「そんなものはいくらでもあるだろ。探索者ギルドに登録しているから探索者をしてもいいし、薬は無理だが酒を作り売ってもいい」
「薬が無理?」
「ヴィヌワの薬師が作る薬は特殊な作り方をしているから薬師でない俺が作れる訳が無い」
質問をしてきたセレンの真向かいにいるハナナは耳を寝かせ一瞬眉を寄せたがきゅっと唇を噛むと俺の顔を見た。
「言い難いんだけどね。砦の永住権を取るには最低でも三年はこの砦で過ごさないと駄目なんだ」
三年? ヨハナはそんな事を言っていたか?
言っていないな。ヨハナが俺に言ったのは”ここの住人としてずっと住むと言うなら違う場所に住むことも出来るけど?”。ただこれだけだ。
「その話は知らないな」
「そうだよね。……それに他の種族も混じって暮らすから住む場所によっては危険な所もあるんだ」
「危険なところ?」
「まぁ、場所によるんだけどね。貧困層が住む場所は警備隊の取り締まりが追いつかないほど犯罪が横行してる。治安の良いところだとそれだけ住む家の賃金も高くなる。探索者はランクがあってね、最初はFランクで、採集の仕事や子供の子守とかの雑用位しか出来ないの。そう言う仕事はとても安いから治安の良いところの家の賃金を払うのは無理だよ。お酒を売るにしたって売る場所は? 値は? ヴィヌワ達が作っているキノリ酒はあまり出回らないから高いけど、キノリ酒のみでは客は満足しないよ。それに、キノリ酒の最高ランクの値段知っている?」
最高ランク? なんだそれは。
首を傾げハナナを見ればはぁと溜息を吐いた。
「この砦のあらゆるものがランク付けされているんだ。服だって魔道具だって食べ物だって飲み物だって。ありとあらゆるものにランクを付けているの。キノリ酒の二百年ものの古酒がだいたい一瓶二千万。ヴィヌワが住み始めたからキノリ酒が出回ってこれからたらふく安く飲めるっすって言ってる子がいたけど、そうぽんぽん出されたら僕や他の酒場を経営している者からしたら迷惑にしかならないんだよ。商売ってヴィヌワが考えている程甘いもんじゃない」
腕を組み唸るように言ったハナナの話に俺は一つ頷いた。
商売と言うものはハナナが言ったように甘いものではないだろう。海千山千のキャリロの商人達がいるなかで、ヴィヌワが勝てるとは到底思わない。俺達ヴィヌワはどんぶり勘定もいいとこだ。行商をしている時キャリロに買い叩かれていたのを俺は知っている。まぁ、この砦に移り住んでから知ったことだが。
だが、これはどうだ?
「俺が酒場を経営すると言ったか?」
きょとんとした顔のハナナに向けて口角を上げて笑う。
「俺が世に出すのではない。俺から買った酒をハナナ、お前が自分の思う通りの値段をつけて売るんだ。二百年もので一瓶二千万だったか? 四百年ものは? 五百年ものの古酒はいくらになる?」
二百年ものの古酒など、ヴィヌワの村の貯蔵庫に行けばごろごろとある。寝かせたら寝かせただけ渋みがとれ甘い酒になるから俺達ヴィヌワは若い酒は好んで飲まない。それにまだ若いキノリ酒だって一瓶一万の値段がついている。
財務館で働いている間、気分転換にとたまに砦内をぶらつく事があったが、何ものほほんと散歩をしていたわけではない。
「契約書に書くか? 俺がお前にのみキノリの古酒を売るのを」
「やめてよ! そんな事したら僕が他の酒場経営者に恨まれちゃうじゃないか!」
「キノリ酒を売るのは何も俺だけではない。ヴィヌワ保護区の連中も売るからお前が恨まれるような事はないだろう?」
だがヴィヌワ保護区の連中がはたしてヴィヌワの村まで行き古酒を取りにいって売ることを考えつくだろうか? いや、ないだろうな。一瓶一万と言う値段で喜んでいた。ヴィヌワ保護区から出てこないヴィヌワの者はきっとキノリの古酒の値段が数千万すると言うことは知らないだろう。いずれは知るかもしれないが、その時には俺が売る古酒と確固たる差がついているはずだ。ランクだったか。ありとあらゆるものについていると言っていたから、きっと店等にもついているに違いない。
にやりと笑ってやるとハナナが青い顔をしておたおたし助けてと言う風にセレンに顔を向ける。
「ハナナ、お前の負けだ。きっとキト殿の腹の中は黒い」
「うぅぅ~~~」
頭を抱えて唸っているハナナを見ていたら、にこにこと微笑みリトの頭を撫でていたシヴァがこちらに困り顔で笑い俺に言う。
「キトさん。ハナナさんはキトさんを心配しているんですよ。砦の事をあまり知らない貴方がこの砦で生活をしていくことが出来るかどうか……。そう心配しているです」
「……そうか」
「きっとそうですよ。まぁ、そう心配しなくてもキトさんは大丈夫そうですけど……」
肩を竦めてくすりと笑い、シヴァがリトを撫でる。ふにゃふにゃとたまに寝言を言っているから当分は起きないだろう。リトを横抱きにし毛布ごとシヴァに差し出す。
「キトさん?」
「リトは重い」
受け取ったリトを大事そうに腕の中にいれるシヴァを見て確信できる。この真面目で優しく美しい青年はリトを慈しみ、愛し、そして幸せな家庭を築いてくれる事だろう。
父さんと母さんの様に。そうだろう? じーさん。
「キトさん」
「なんだ?」
「ヴィヌワ保護区を追い出されたら、私の持ち家で暮らしませんか?」
目の前に置かれてある酒を飲もうとグラスを傾ける途中、シヴァの言った言葉に俺は目を見開いた。
「……え?」
「家族は一緒に暮らす。そうでしょう?」
「しかしな」
「きっとリトさんもそう言うはずです。駄目でしょうか?」
「駄目ではないが」
「では決まりですね」
家族。家族か。
そうだな。シヴァはリトの伴侶。そして俺の家族になる。
「シヴァ、家族になるなら敬語など使わなくてもいいぞ? さん呼びもいらない。キトでいい」
「それは……」
「家族になるのだろう?」
「すみません。この話方は私の癖みたいなもので……。でも、お義兄さんとお呼びしてもいいですか?」
「ああ、かまわない」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うシヴァに俺も必然的に笑顔になる。
「シヴァの持ち家と言うのはどこにあるのだ?」
「割とここから近いですよ。そうですね、ここから南に三百メートルと言ったところでしょうか」
「ほう。って事は探索者ギルドに近いのか」
「はい。なかなか帰ることが出来ないので少し埃が溜まってますけど……」
「掃除は三人でやればいいだろ」
「そうですね」
「家事は当番にするか?」
「それがいいでしょうね。そうだ、キトさん。リトさんと一緒に月狼団に入りませんか?」
シヴァの言葉に答えあぐねていると突然俺の後ろから知った声が掛かった。
「ヴィヌワの長を月狼団に入れてもらっては困ります。シヴァ様」
振り返って見れば、額から汗を大量に流しているヨトとヨルとユシュが立っていた。
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