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2章 エピローグ 新しい風
「ヨトにヨル。二人ともどうした」
ヨトがツカツカと俺が座っているスツールの前まで来るとほっとした様に息を吐いた。
「探しましたよ、キト様。見つかって良かった」
「シヴァ様のおられる所は僕達には分からないのでユシュさんに連れて来てもらったんです」
それでユシュを伴っていたのか。ユシュを見ると僅かに眉が動いただけだった。
「……ジトは……」
「ジト様は家におられます」
顔を目の前のグラスに戻すとヨトが俺の隣のスツールに座った。
「そうか」
「ジト様がキト様に謝っておいて欲しいと」
「謝る?」
「大声を出して申し訳なかったと。それと、キト様の言葉に逆らう気はないがリト様とシヴァ様の関係を認めるのは少し時間が欲しいとおっしゃっておられました」
「……そうか」
ヴィヌワの掟を重んじる老人連中がすぐにリトとシヴァの事を認められないのは分かる。
砦に住んで様々な真実を知ったからこそリトとシヴァを認める事が出来たのだ。俺も砦にこなければ、遥かなる昔の書物を読んでいなければ、ヴィヌワとルピドの婚姻なぞ許しはしなかっただろう。
「ユト様とリウ様が認められたのも十年の時を要しています」
「十年? そんな風には見えなかったが……」
「リウ様はお体が弱くあまり外に出なかったのでキト様には分からなかったのでしょう。婚姻して四年、貴方様が生まれるまでの一年、あわせて五年もの間、リウ様は老人達の罵声に耐えておられました。ただ、そのたびにユト様が怒って”ならば村を捨て外に出る”と脅しておられましたが……」
くすくすと笑っているヨトの目の前にグラスがかたりと置かれた。顔を上げて見ればハナナが「一杯だけサービスしてあげる」とぱちんとウィンクをした。
「次代の村長がいなくなるのは困るのか、六年目あたりには罵声は飛ばなくなりました。お体が弱いながらも貴方様を産み、村の者達にもめげずに声を掛け、真摯な態度で仕事をし、そうやって十年で認められたのです」
「そうか」
「ジト様は戸惑っておられるのです。この砦に移り住み様々な事を知り挙句の果てには抑制の薬の副作用です。そこにリト様の衰弱した姿を見てしまったら……認めないとは言っておられません。ただ待ってほしいと」
「分かっている」
大きなため息が口から零れた。
「それから――」
「まだあるのか?」
「掟を廃止するのはいつにするのかと。それだけ聞いてきて欲しいと言われました」
まだ誰にも言っていないことを言われてドキリとする。
「貴方様のことです。これを期に掟を廃止するお考えなのでは?」
「……」
「咎めるつもりはありません。先代のゼト様も一時考えていたことですから」
ゆっくりと顔をヨトに向けるとヨトが頷いた。
「二年前、キト様が大怪我を負った時です。山の様子がおかしいから掟を捨て砦に移り住もうと言われておりました。ですが」
「老人達に反対されたんだな」
「……はい。ヴィヌワの者は山しか知りません。砦に移住してどうやって暮らしていけばいいのか、狩は、精霊様への祈りはどうする、と他村の者にも反対されて……」
「東のヴィヌワはすでに四千人しかいないと言うのに……」
顔をグラスに戻し手に取る。呷るように一気に飲んで噎せた。隣のヨトが背中をさすってくれるがまるで効果がない。
「……ごほ……ごほ……な、なんだこれは……」
涙目になってハナナを見れば首を傾げきょとんとし、新しいグラスに水を注ぎ俺の目の前に置いた。
「はいお水。何って、砦で作られてるお酒だよ?」
「……ごほ……よくこんなもの飲めるな。ああ、ヨトありがとう。もう大丈夫だ」
ふふっと小さく笑ったヨトが背筋をぐっと伸ばし射抜くような目で俺を見る。
「キト様、俺も掟は廃止すべきだと思います。貴方様が”自由とはなんだ?”と聞いてこられた時から、ずっと考えておりました。反対するものもいるでしょう。我らの傍から離れていくものもいるでしょう。……ですがワ村の民は貴方様の言葉を支持します」
三千年前、我らヴィヌワは山に移った。時代は刻一刻と変わっていくものだ。ヴィヌワの祖が時代を変えた様に俺も……。
「我らヴィヌワは変わらねばならない時が来ている。そうだろう?」
にやりと笑って言えばヨトも笑った。
「今が、その時だ」
ヴィヌワに新しい風が吹く。
決められた人生を歩むのではなく、自分で決めた自由な人生を歩んでいくのだ。他の種族の様に、自由に。
行商に行っているとき、ハナナから他種族の暮らしを聞いて疑問に思っていた。
他の種族は自由に生きているのに、何故ヴィヌワは縛られて生きるのかと。他者に決められた人生を歩むのは楽だが、生きているだけの人生のどこが楽しいのだろう、と。
狩人のセナは薬師になりたかったと言っていた。ナノは大きくなったら俺みたいになりたいと言った。俺がまだ子供だった時、山だけではなく他の地を旅したいと思ったように。
ヴィヌワの子供達に自由な人生を歩ませたい。
自由を知らないヴィヌワが自由に生きるのだ。
平坦な道ばかりではないだろう。小さな石に躓き挫ける時もあるだろう。だが、それすらも楽しんで自由な人生を謳歌して欲しい。
強く強くそう思う。
「あ、掟を廃止しても、ヴィヌワの代表は貴方様ですからね? ヴィヌワの長をやめないでくださいね? 貴方様の変わりはおりませんから! 絶対絶対、やめないでくださいね!」
念を押してきたヨトに俺は大きな声で笑った。
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