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幕間 あの日の君②

 背中にある背負子を降し敷物を敷いて荷物を並べ始め空を見上げる。秋も深まり山の木々は枯れもうすぐ冬が来る。吐く息もいくらか白くなっている。   「こんにちは」  荷物を並べている途中ハナナの声が聞こえてきた。足音だけしていたから今日は歌は歌わずに来たらしい。 「こんにちは。今日は歌は歌わなかったんだな」 「歌?」 「先日歌っていただろ?」 「聞こえてたの?」  頷くと顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を横に向ける。特別上手いと言えるものではなかったが、どこか心が落ち着く歌だった。 「いい歌だったぞ。少し音程が外れているように聞こえたが、とてもいい歌だった」 「それ褒めてるの?」 「褒めてる」 「はずしてるとか言われたら褒められているように聞こえないんだけど……」  じとっとした目でこちらを見てくるハナナに首を傾げる。褒めているのに怒っているのは何故だろうか。眉間に皺を寄せぷくっと頬を膨らませている様はやはりリトの様で笑いそうになる。   「あ! 今日は笑わないでよ!」  ハナナのその言葉に我慢していたけど無理だった。 「ぶふっ あははは」 「笑わないでったらー!」  ハナナの大きな声が山に木霊した。 *** 「ふーん。君十七なんだ。って事は僕よりも五歳下か。二十才位だと思ってた」  俺を上から下に見たハナナが納得いかなそうな声でそう言う。 「俺が老けていると言いたいのか?」 「違うよ。君、綺麗だし背高いし落ち着いた感じに見えるからさ。そう見えたってだけ」 「それは、ありがとう?」 「どういたしまして?」  お互いに顔を見合わせ笑う。 「今日も小麦を大目にくれ。それと赤の鉱石とバター。そっちは何が欲しい?」 「こっちは塩苔が大目に欲しいかな。それからキノリ酒もちょうだい。赤の鉱石? 何に使うの? あ! 後干し肉も!」 「ヨルが来年成人するからな。成人の証を作っておかねばならない」  並べたもののうち欲しいものを各々物色していく。飛んでくる問いに答えたまにこっちも疑問に思った事を問う。尽きない会話と、ころころ変わる表情をするハナナは見ていて飽きない。 「来年の事なのにもう準備するの?」 「我等の成人の証はただの証ではない。赤い鉱石に魔法の制御と魔力の放出を抑える魔方陣を書き込みそれを赤い髪紐につけるのだ。今からやらないと来年のヨルの成人に間に合わない」 「魔法の制御と魔力の放出を抑える? 何その便利そうな魔道具。僕にも作ってくれないかな?」 「ヴィヌワは水の魔法は扱えない」 「ってことは、風魔法でしか作れないってこと?」 「他の魔法を試したことはないから分からない」 「風で書き込むのを水で書き込んだら僕達にも作れるかもってことだよね? 教えてくれない?」 「これが出来るのは俺のじーさんだけだ。俺はまだ教えてもらってないから教えることは出来ない」 「むむぅ。ゼトさんに聞くしかないってことかー……」 「じーさんに教えてもらっても無駄だと思うぞ」 「なんで?」 「魔方陣を書き込む際莫大な魔力が必要になる。ハナナの魔力では無理だ」  ハナナから漂っている魔力ではとうてい作るのは無理だろう。それにこの魔方陣を書き込むときに精神統一をして集中力を高めなければ書き込むことは出来ないのだ。 「僕の魔力で無理? 僕魔力は多い方だよ」  ハナナ以外のキャリロはまだ見たことがないから分からないが、ハナナ以外の魔力の多いキャリロでも無理だろう。五種族の中で一番魔力が多いと言われているのはヴィヌワだ。その次にキャリロと言われている。ヴィヌワの中でもじーさんはだんとつに魔力が多い。 「最低でも俺位ないと無理だ」  髪紐を解き手に乗せハナナを見ると目を見開き体を小刻みに震わせている。その表情は恐怖。魔力の少ない者からしたら魔力の多い者を目の当たりにすると恐怖を感じると言う。だが、瞬時にこうして俺が放出する魔力が分かったと言うことはハナナは魔力関知に長けていると言うことだ。 「な、なにその、魔力量。最低でもって、ゼトさんはもっとあるってこと?」  恐怖を感じながらも話すことが出きるとはなかなかに面白い。 「じーさんは俺の三倍の魔力はある」 「うひぇ」  変な声を出したハナナが腕を摩る。髪紐を元に戻しハナナを見るとほっと息を吐いていた。そしてこちらを見るとぽつりと呟いた。 「お金になりそう」  キャリロの者は商魂がすごいと聞いたがこれほどとは思っていなかった。恐怖を凌駕する程の商魂。恐ろしい。俺のため息を聞いたハナナがぎょっとして「今の聞こえてた?」と聞いてきたので頷いてやる。 「その髪紐って言うか、その鉱石の魔方陣を砦で売り出したら絶対お金になるよ! 僕と共同開発しようよ!」  もう一度ため息を吐いてまだ何やら騒いでいるハナナを見て俺は言うのではなかったと後悔しただけだった。 ***  なんとかハナナを宥め荷物を纏めて立ち上がる。空を仰ぎ見れば太陽はとうに天にある。リトのお昼ご飯は今日はじーさんが作ると言っていたが、急いで帰らなければ。出てくるときリトの機嫌は最高潮に悪かった。 「もう帰るの?」 「リトの世話をしなければ。それに狩もある」 「そっか……」  寂しげに目を伏せるハナナの様子に訝しんで見ればハナナが首を何度か横に振り俺を見た。 「また、会えるかな?」 「これからの行商は俺がすることになった」 「そっか。そっか!」  嬉しそうに緩く微笑み俺の傍にくると何故か俺の手を握ってきた。 「うん! よっし! 今日はこれで終わりだね! また会おうね!」 「ん?」 「ね!」 「ああ」 「ふふふっ」  ニコリと微笑みハナナが俺から離れて荷物を纏め始める。その背中を見て俺は自分の手を見る。  握った手のひらを熱く感じたのは何故だろう。ハナナの笑顔を眩しいと思うのは何故だろう。 「キト君、またね!」 「あ、ああ。またな」  離れていく背中を見て少し寂しく感じるのは何故だろう。 *** 「にぃちゃ、おててどしたの? いたいいたい?」 「いいや。痛くはない」  居間の椅子に座り膝に乗せたリトが乗り出すように俺の手を見る。じっと手のひらを見ていた俺の様子が気になったのだろう。「なにもないねぇ」と言ったリトが膝の上に立ち抱きついてくる。 「そうだな。何も無いな」  背中をぽんぽんと優しく叩くとリトが俺の顔を覗きこんできた。 「にぃちゃ。とぅちゃとかぁちゃのおはなしして?」 「分かった。今日は何の話をしようか」 「りと、かぁちゃのおなかのなかにいたときのはなしがいい」 「リトは本当にその話が好きだな」 「しゅき~~~!」  俺は父さんと母さんの話をしながら、昼間のハナナの事を考えていた。

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