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幕間 あの日の君③
背中の重みを耐え前に顔を向ける。最近では朝には霜が降り家の前の水溜りには氷が出来ていた。そろそろ雪も降り始めるだろう。そう考えたら今年の行商はこれで終わりだろう。
ハナナに会えなくなるのは寂しい気もするが来年の春に会える。
「……………と」
いつもの拓けたところにはすでにハナナが来ているらしい。ここからでは何を言っているか聞こえてこないが、一人ぶつぶつと何か言っている。
「こんにちは」
「わっ! びっくりした~」
足音を消し、そろりそろりと近づく。驚かせてやろうと背中に声をかけると思ったより驚いて逆にこちらが驚いた。
「ハナナ、少しは警戒した方がいいぞ? 魔物避けの木があると言っても危険なことには変わりない」
「大丈夫だよ。ここらへんの魔物そこまで強いの出てこないし。それよりキト君久しぶりだね」
「ああ、久しぶり」
ハナナが敷いたであろう敷物の上に俺も荷物を並べていく。
「今年の行商は今日で最後になるだろう」
「え?」
「そろそろ雪が降り始める」
「あ……そっか。雪か」
「なんだ?」
「き、キト君、近いよ!」
ハナナの声が聞こえなかったから顔を近づけて聞き返すとハナナが顔を真っ赤にさせて慌てて顔を離す。その様子がおかしくてくすくす笑うとハナナが顔を真っ赤にさせたまま口を尖らせた。
「も、もう、大人を揶揄うんじゃないの」
「その容姿は大人に見えないがな」
「もう!」
ぷりぷりしながら俺の胸を叩くが力が弱いから痛くはない。ハナナの腕を掴み押さえつけるとハナナが顔を真っ赤から更に顔を赤くさせて横を向いた。
「は、離してよ。キト君、腕、痛い」
「ああ、すまない」
腕を離し悪いことをしたとハナナを伺えば顔を赤くしたまま俺を見て眉を寄せて笑った。
その表情は俺がまだ見たことの無い表情。怒ったり拗ねたり笑ったり、色々な表情を見てきたけれど、今した表情を見ると何故だか切なくなる。
その様な顔はして欲しくない。ハナナにはいつでも笑っていて欲しい。
「キト君、始めようか」
「あ、ああ」
敷物の上に座り荷物を広げるハナナに続いて俺も荷物を広げながらハナナを見る。一つ一つ丁寧に物を置きまた取り出して置く。物を大事に扱っているからその様に出来るのだろう。こう言うハナナのところはとても好感が持てる。
「今日は何がいい?」
にこりと微笑むハナナに俺も微笑んだ。
***
本格的な冬が来た。窓から外を見れば、地面を覆い隠す雪が見える。
「にぃちゃ。ゆきすごいね」
「リト、窓には手をつけぬ方がいいぞ? 手が凍って窓からとれなくなってしまう」
「なにそれこわい~~」
リトを抱いたまま窓の傍に立ち外を二人で眺めていたらじーさんが居間に入ってきた。
「じーさんリトを怖がらせるな」
「本当の事だぞ?」
「……ふぇ……」
「じーさん!」
「あ、すまぬ。泣くとは思わんかったから……」
じーさんを睨みつけリトをあやす。泣き出したリトを泣き止ませるのは大変なのに……。よけいな事をしてくれる。
普段ならお気に入りの絵本を持たせてもその手に飴を持たせても泣き止まないリトが不意に顔を上げて俺を見る。
「にぃちゃ。おしょと」
「外はだめだ。リトが風邪を引いてしまう」
「だいじょうぶ、だよ?」
「大丈夫ではない。風邪を引いてしんどい思いをするのはお前なんだぞ」
リトが見つめる先を見て思わず舌打ちをしてしまう。ヨルが雪の中を楽しそうに歩いているのが見えてリトも外に出たくなったのだ。
「でも、おしょと……」
「駄目だ。リト」
「……おしょと」
「リト。おやつのお菓子と外、どちらがいい。今決めなさい」
「おやつ?」
「外に出ると言う子にはおやつはあげられないぞ?」
「おやつなし、だめー!」
山の中で子供の楽しみと言えばキャリロから買う菓子くらいしかない。それを盾にして言えばリトの心はすぐに決まったようだ。
「おやつねー。りと、くるきのくっきーがいい」
窓の傍に立ったままではリトが熱を出してしまうと考えた俺はリトのおやつの話を聞きながら居間の椅子に腰掛ける。膝に置いたリトの話は胡桃のクッキーから変わり絵本の話になる。俺はその話を聞きながら考えるのはハナナの事だった。
***
地面を覆い隠していた雪は溶け、春が訪れてきた。山にある木々は花を咲かせ居間から見える庭には花の蕾が見える。まだ寒さを感じるが、後少しで暖かくなるだろう。
「にぃちゃ! にぃちゃ! うぇ~~~~」
雪が降る前同様俺は背負子を背負いヨトが抱くリトを見る。体を必死に揺らしいっぱいの涙を流しこちらに手を伸ばしてくるリトの頭を撫でる。
「リト、いい子に待っておいで? すぐ帰ってくるから」
泣き止まないリトを見たヨトが俺に顔を向けてくるが、仕方の無いことだ。村長の集まりでじーさんはジトと出掛けていない。
「キト様、行商は明日に出来ませんか?」
「そうは言ってもな。冬前に買った小麦や調味料は今日一日位しかもたないぞ?」
口をぱくぱくとさせているヨトは何も言うことが出来ないのだろう。昨年よりも春の訪れが遅く、キャリロから買った小麦と調味料はすでにつきかけている。今日行かないと、小麦に胡桃を練りこんだリトの大好きな胡桃のパンを焼くことが出来ないのだ。
ヨトからリトを渡してもらいリトを抱き上げる。
「リト、胡桃のパン食べたいよな?」
「ふぇ……ん、しゅき」
大きな目から涙を流しているリトの頬を拭ってやるとリトがにこにこと笑う。
「リト、よく聞きなさい。今日行商に行かねばリトの好きな胡桃のパンは焼くことができない」
「なんでぇ?」
「材料が無くなるからだ」
「たべれない?」
「そうだ。だから行商に行くのだ。それに村の者も俺が行商に行けないと困ってしまう。だから行かねばならない。リトはいい子だから待っていられるな?」
一瞬泣きそうになったが、村の者が困っていると聞いて自分の今の欲しいものよりも村人を優先させたのだろう。
「よと、だっこ」
ヨトに手を伸ばし自らヨトに移動すると泣きそうな顔で俺に手を振る。
「では行ってくるからな。リト、いい子にしてるんだぞ」
「いってらっしゃい」
リトに背を向け歩き始める。
「ハナナは元気だろうか?」
あと少しでハナナに会えると思っただけで足が軽くなっていた。この感情を何と言うのか、俺は知らない。けれども、ただハナナに会いたかった。
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