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幕間 あの日の君④

 俺がつくよりも早くに来ていたハナナは見るからに元気そうだ。その様子に俺は息を吐くと足音をさせ広場に入る。 「こんにちは、キト君」 「こんにちは」 「遅かったね。今日は来ないと思ったよ」 「出掛けにリトが泣いてな」 「リト君よく泣くね」 「そうか?」 「キト君から聞くリト君の話ってだいたい泣いてるかお菓子食べてるかの話しか聞いてないよ」 「そうだった、か?」  首を傾げてハナナを見るとハナナはくすくすと笑い広げた荷物の横をぽんぽんと叩いた。 「立ってないで座りなよ」 「ああ」 「さて、今日も小麦かな?」 「調味料も一通り欲しい。村のほとんどの家の調味料がつきそうでな」 「今年の冬、長かったもんね」 「そっちは?」 「干し肉いっぱい欲しいな。それから塩苔。後さ、二日酔いの丸薬。あーあ、キャリロも風魔法使えたらなー」  拗ねた様なハナナの口調にその顔を見ると思ったように口を尖らせていた。 「キャリロは水魔法が使えるじゃないか。防御魔法も回復魔法も扱えるのは素晴らしいことだぞ?」 「そうだけど……それだけじゃね。メイスを持たないと攻撃できないし水が出せるだけじゃね。塩苔って風魔法で乾燥させないとおいしくないじゃない?」 「キャリロが出す水は魔力が含まれているから美味しいのだろう?」 「そんなの、精霊樹のとこにある泉に行けば飲めるじゃない」  ハナナとの話は尽きないし面白い。気負うことなく話せるのはハナナが俺に気遣って言葉や話を選んでくれたりするからだろう。それに、ハナナの傍は心地いい。 「塩苔って美味しいからさ。村の商売に出来ないかって皆で話してるんだよね」 「キャリロは砦にまで行商に行くんだったか?」 「うん、そう。鉱石と鉱物と木の実。鉱石は高く買い取ってくれるんだけど木の実ってどこにでもあるからさ。最近はなかなか木の実買ってくれないんだよね。だから新しい商品を生み出そうって」 「なかなか大変そうだな」 「そう言えばヴィヌワは砦に行商に行かないの?」 「我等ヴィヌワは山を降りてはならぬと言う掟がある」 「あれ? そう言えばゼトさんもそんな事言ってたような?」 「俺に聞かれてもな……」  腕を組んで何やら考えているハナナを見て俺はくすりと笑う。 「ま、その話初めてじゃないからゼトさんから聞いているんだろうね」 「そうだろうな」 「ヴィヌワの掟って変なの多いよね? 子供を抱っこ紐で抱っこして育てるのも掟なの?」 「まぁそうだな」 「子供の頃から縛られるのって、なんか、可愛そうだね」  可愛そう? ハナナは俺達をそう思うのか?  ヴィヌワの掟はおかしいのだろうか? 「俺達ヴィヌワは可愛そうなのか?」 「……あ」  村の外に出れるヴィヌワの者は一部の者だけだ。村の外に出て狩をする者、じーさんやじーさんの補佐のジト。それから行商に出る俺。他の者は村から外に出ずポポロ鳥の飼育や絹蜘蛛から糸を紡ぎ織る。子供は五歳まで家から出さず家から出れる様になるのは六歳。家から出たと言っても村の外には出れず、裁縫や皮なめし等をを習い。十歳から魔弓の練習を始め、山に狩に行く大人に憧れるのだ。憧れのままで終わってしまうヴィヌワの者も少なくない。狩の適正がないとされれば、嫁か婿に行く以外は村の外へ出ることは出来ないのだ。  全ては我等ヴィヌワの祖が決めた掟。 「どうなんだ?」 「……えっと」  ハナナが何も言わないと言うことは俺達ヴィヌワは他の種族からしたらおかしいのだろう。 「……そうか」 「いや、あの、変な意味じゃなくて……」 「いや、いい」  ハナナから今まで他の種族やキャリロの暮らしを聞いて俺自身もおかしいと思っていた。まるで、村の中に閉じ込めるような掟の数々。  キャリロの者は六歳になれば親の仕事の手伝いで村の外に出ることもあると言う。俺達ヴィヌワとは全く違う暮らし。 「自由がないなって。それって好きな人とも番えないってことでしょ?」 「我等の婚姻は全て村長が決める。ヴィヌワ同士でも婚姻を村長に許されなければ好きであろうと番うことは出来ない」 「……」 「ハナナ?」  俯き黙り込んでしまったハナナを見る。震える肩を揺らしても返事をしないハナナの様子に俺の心が揺れた。  もしかして泣いているのだろうか? でも何故泣く? ハナナには泣いて欲しくない。ハナナは笑っているほうがいい。 「ハナナ、泣かないでくれないか? 俺はお前に泣いて欲しいと思わない」 「…………、………………ても?」 「ハナナ? もう一度言ってくれ。聞こえなかった」  「なんでもない」と小さく言ったハナナが荷物を纏め背負い駆けていく。振り返らずに走っていくハナナの背を見ながら俺は心のどこかに穴があいたような感覚を味わっていた。 ***  ハナナが走って帰っていった以来、ハナナとは会えていない。その事がとても寂しいと思う。会ってハナナと話をしたい。元気な姿が見たい。会って俺に笑いかけて欲しい。 「キト様、気をつけて行ってくださいね。最近山の西で魔素貯まりが増えているそうです。キト様? 聞いておられますか?」 「聞いている」 「聞いておられるのなら良いのですが」 「自由とはなんだ? ヨト」 「キト様?」 「いや、なんでもない。行ってくる」  ヨトに見送られ村の外に出る。  今日こそハナナに会うことが出来るだろうか? もしメルルだったらハナナに言伝を頼もう。会いたいと。  何故こんなにハナナに会いたいのだろう。何故こんなにも、顔を見たいと思うのだろう。家族のようだと思うから? 友達だと思っているからか? いや、ハナナは違う。俺にとって家族でも友達でもない、特別な存在。 「……そうか。俺は……」  彼が、ハナナが好きなのだ。会いたくて会いたくて切なくなる。  だが、俺には三年後に婚姻を控えている許婚がいる。そもそも俺はヴィヌワで彼はキャリロだ。この想いは許されるものではない。  深く深く心の奥底に想いを沈める。彼を見て笑顔でいられるように。いつまでも長く彼の傍にいれるように。  拳を握り前を見据えた時、外した感じのハナナの歌が聞こえた。

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