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3章 2話 ヴィヌワと言う種族

 ぼすんと音をさせてキトが居間のソファーに座った。向かい側に座っているキトはとても疲れた顔している。「掟を廃止する」とキトが言ってから四日。毎日毎日キトは会議館でヴィヌワの村長達を集め会議と言う名の話し合いをしている。  掟を捨てる事とヴィヌワのこれからについて話合っているけど、話し合いはキトの思うようにいっていないらしい。掟を捨てる事に賛成している者が圧倒的に少なく、反対する者ばかり。それもそうだろう。何千年と守ってきた掟を捨てるのだ。 「キト様、こちらをお飲み下さい。顔が赤い様ですが、もしや熱があるのでは?」 「ありがとう、ジト。熱はない。……少しばかり疲れた」  こんなに顔色の悪いキトは見たことない。僕のせいだ。僕とシヴァさんの婚姻がキトにここまで負担を掛けているんだ。体の弱い時もいつもいつも僕が……。  僕が隣に座っているシヴァさんを見るとシヴァさんも僕を見ていたのだろう、僕と目が合うとシヴァさんが頷いてくれた。 「キト、僕も話し合い出たい」 「駄目だ、リト」  話し合いを始めると聞いて僕も参加させて欲しいと言ったけど、キトは許してくれない。眉間を揉みジトが持ってきたグラスを持つと煽るように飲んだ。 「でも、僕のせいで……」 「お前のせいでも、誰のせいでもない。ヴィヌワの老人達は臆病なのだ」 「臆病?」 「リトは魔物をどう思う?」 「こ、怖いよ」 「そうだろう? 魔物に怯える子らと変わらない。掟を捨て我らは縛られることなく自由に生きる。それが老人達は怖いのだ」  自由が怖い? どう言うことだろう? 「我らヴィヌワは村の中で安穏と暮らしてきた。魔物の脅威はあったが他種族に会うこともなく、村の外に出ることもなく、安穏と。リトにはまだ話してないがな、村の外に出れる者は決まっていた。外に出れる者は狩師の適正があるとみなされ狩をする者、じーさんと俺と補佐のジト位しか出れなかったのだ。他の村の者と婚姻をしなければ、一生村から外に出ない者もいる」 「それって……僕は……」 「リトは、出さないはずだった」  思わず歯を食いしばった。確かに僕は他の子供達よりも魔弓を持つのが遅かった。キトに教えられてもなかなか上達しなかったし。キトが村長を継いだ時の為に補佐の事を僕は色々おじいさんとキトに教えてもらっていた。なのに…… 「リトが考えてる事とは違うぞ?」 「でも、僕、魔弓……補佐の仕事だって……」  しゅんとした僕の傍に来たキトが目線を合わせるようにして目の前に座り頭をわしわしと撫で僕の手に手をおいた。 「お前は父さんの息子で俺の弟だ。適正が無いわけではない。現に今、魔弓の腕も上がってきている。俺の補佐は今はジトがしているがジトが引退すればヨト。ヨトの次はヨルが継ぐ。そう決まっていたのだ。まぁ、ヨトもヨルも違うことがしたいと言われたらジトの後を継ぐものがいなくなるが……。それはいい。お前には違う役目がある」 「違う役目?」 「そうだ。今は関係ないからその話はまた今度な」 「う、うん」  そのまま僕の隣に座るとさっきの話を続ける。 「掟は今まで我々を守ってくれていると思っていた。リトだってそう思っていただろ? 掟を捨て去り自由に生きると言うことは、我々からしたら全てを捨てると言う事。掟はヴィヌワの平穏であり心のより所であった。それが無くなると言うことが、老人達は怖いのだ。ここに住んで様々な事を知っておかしいと分かってはいると思うがな」 「僕には難しいよ。キト」  うんうん唸る僕を見たキトが僕の頭に手を置いてぽんぽんと優しく叩いた。 「リト、今は分からぬだろうがいずれ分かるようになる。それまでいっぱい考えなさい」 「うぅぅ」 「その様な顔をしても駄目だぞ。考える事はとても大切なことだ」 「……はい」  少しヒントをくれないかなと上目遣いで見たけど駄目だった。どうしても教えてくれないキトにため息を吐きジトが置いてくれたグラスを手に取る。こくりと飲んで喉を潤しキトを見る。目を細めて笑ったキトが僕の傍を離れ先ほどまで座っていたソファーに座ると大きなため息を吐いた。 「キト様、大丈夫でございますか? 今日は早めに寝てしまいましょう」 「だがな、終わらせておかねばならない書類がある」 「ヨハナ様がおっしゃっていた書類は明日わしがやっておきます。今日は出来ませんでしたが、明日にしましょう」 「だがな」  僕はまだ教えてもらってない事も多いし印を押すだけで何もさせてもらえない。こう言う機会がないと任せてもらえないかもしれない。 「き、キト。僕が見るよ。シヴァさんもいるし大丈夫! ジトも明日話し合いに出るんでしょ? 僕がやるよ! 任せて!」  僕の声にこちらに顔を向けたキトがなんとも言えない顔をしたけど、はっとした顔をすると腕を組んで顎に手をやる。やっぱり、だめなのかな……。  段々と顔を下に向けたらキトが「そうか。そうだな」と呟いた。 「リト話し合いに出たいと言ったな?」 「うん、僕も出たい」 「……キト様?」 「何を言われても耐える事が出来るか?」 「何を言われて、も?」 「老人達にはまだお前達二人のことは話していない。だからこの際発表してしまおう」  僕達の事はまだ言ってなかったんだ。目を見開く僕の前でジトが更に言い募る。 「キト様! なりません!」 「老人達はお前とシヴァに牙を向けてくるだろう。だからそれに耐えることが出来るか?」 「キト様!」  荒げた声を上げるジトをキトが睨みつける。 「今でも後でも同じことだ。ならば早い方が良い」 「ですが! ユト様の時とは状況が違います!」 「状況が違うからこそだろう?」 「リト様を利用すると言うのですか!」 「使えるものは何でも使う。そうしなければ、すぐにでもヴィヌワは二つに割れてしまう。ジト、お前も分かっているだろう。暢気に説得している時はとうに過ぎた」  何? 何だろう?  何で二人が言い合いを始めるのか分からない。僕を利用するって何に? 「リト」  キトの低く硬い声にそろりと顔を上げる。 「……は、はい」 「リト、どうする? 耐えられないと言うのであれば明日の話し合いは出なくてもいい」  僕の顔を見ていたキトがシヴァさんへとゆっくりと目線を移す。 「俺達の母さんは老人達の罵声に耐えた」  お母さんが罵声に耐えたってどう言う事? 「耐えられなければ、ヴィヌワの者はお前達二人を認めることはないだろう」  「どうする?」と聞くキトにシヴァさんがぐっと拳を握り睨むように見る。 「答えはすでに決まっています。私はリトさんと離れて暮らす等出来ません。どんな嘲笑も耐えてみせましょう」 「だそうだ、リト。リトはどうする」  僕とシヴァさんが認められない婚姻だって言うのは僕でも分かる。他種族と番うと言うことはヴィヌワを裏切ると言うこと。どんなに攻められても仕方ない。けど、僕はそれでもシヴァさんと一緒にいたい。どんな事を言われてもされても、僕だって耐えてみせる。  それだけの事をしたと言う自覚はある。 「覚悟はあるようだな」 「……リト様」  こくりと頷く僕を見たジトが悲しげに顔を伏せた。   「リト、明日は早いうちから話し合いを始める。今日はもう上に上がって寝なさい」  いつもの優しい眼差しで微笑み促してくるキトに僕はこくりと頷いた。

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