44 / 84

3章 3話 会議

 会議館に入りキトに勧められるまま席に座る。  大きな木で出来た円形の机にそれに沿うように並べられた大量の椅子。何十人と入っても大丈夫な部屋。この部屋は砦でのヴィヌワの決め事を決める時に何度も使われてきた。  一番奥の席にキトが座りキトの隣に僕が座る。何故だが分からないけど、ジトはキトの後ろに立ち、シヴァさんもそれにならうように僕の後ろに立った。  後ろを振り返ってみればシヴァさんがふわりと笑う。その笑顔に勇気付けられて僕も笑うと顔を正面に戻した。  席にはすでにヴィヌワの村長が座っておりその補佐をする者は村長達の後ろにシヴァさんみたいに立っている。僕達以外のヴィヌワの人はシヴァさんを見てから首を傾げ、隣同士でシヴァさんを見ながらこそこそと何か話をしている。財務館で働いている村長の何人かはいつものことだから特に気にしている感じはしないけど、今までシヴァさんが会議館の部屋の中に入ることはなかったから戸惑っているのだろう。  村長の中でも比較的新しいとされている村の人達は財務館の中で仕事をすることはない。老人達や若者の仕事のまとめ役をやっているので財務館に入ることは無く、シヴァさんを見る機会は少ない。僕やキトが連れて歩いている時に見るくらいだ。ちらほらと聞こえてくるささやきに、何故ルピドがと聞こえてくる。 「では会議を始めましょう。キト様、お願いします」  こほんと小さく咳払いしたキトが机の上に腕を投げだし手を組む。 「まず話し合いをする前に皆に聞いて欲しいことがある」  ちらりと僕の顔を見たキトが「本当にいいんだな?」と目で訴えてきたので僕はキトの目を見て頷いた。 「リトはシヴァと番わせる」  ざわついていた部屋がしんと静まり返り、それからまたざわつき始める。 「皆様お静かに」  ぱんぱんとジトが手を叩くとまた静かになるかと思われた。 「それは、どう言うことですかな?」  穏やかな口調でそう問いかけてきたのはまだ新しい村のエ村の村長だ。新しい村と言っても歴史は古い。僕達ワ村の歴史がおおよそ三千年。エ村は村が出来て千年は経っている。 「そのままの意味だ」  キトの言葉に囁きだった声がどんどん大きくなっていき「シヴァとやらはルピドだろう?」「キト様は何を考えておられるのだ」など、いろいろな声が離れている僕のところにも聞こえてくる。 「ワシにはそのシヴァとやらがルピドに見えるのですが。……もしや、耳の短いヴィヌワでしょうかな?」 「いいや、シヴァはルピドだ」  穏やかだった声色が変わっていき、だんだんと表情も変わっていく。ひくひくと口が震え眉はぴくぴくと動いている。 「ははっ 何をそのような冗談を。キト様も人が悪いですぞ?」  目を細めて小さく笑っていたけど、笑っているようには見えない。 「俺がそんな冗談を言うと思うか? エ村の長よ」 「ふむ。……冗談ではない、とおっしゃられるか」 「そうだ」 「我々の掟では他種族と番ってはいけないと言う掟がありますな? 最近キト様が掟を廃止しようと動いているのは……もしや、そのルピドの所為なのですかな?」 「当たらずと|雖《いえど》も遠からず、と言ったところだな」 「はっはっはっはっは」  高らかに笑ったかと思うとキトに鋭い視線を向ける。 「そのルピドに誑かされた、と言うことですな」 「誑かされてなぞいないぞ?」  わなわなと唇を震わせ冷めた目でキトを見たエ村の長が周りを見渡し、そしてシヴァさんを睨みつけた。 「そこのシヴァとやら、どうやってキト様やリト様に取り入った。その体を使ってか? それとも怪しげな魔法でも使ったか!?」 「私はそのようなものは使っていません」  僕の後ろからシヴァさんの声が聞こえた。思わず後ろを振り返って見ると背を伸ばし凛としたシヴァさんがいる。 「私とリトさんは運命の番です。その様な手を使わずとも惹かれるのは当然のこと」 「……運命? 運命だと!? 高潔であられるリト様の運命がお前の様な野蛮な種族な訳がないだろう!」 「世迷言を! ルピド風情が!」 「何を言っているのか分かっているのか! 蛮族が!」 「ふざけるな!」 「獣風情がリト様の運命だと!? そんな事はあってはならない!」  シヴァさんの言葉にざわつきがどんどんと大きくなっていき、エ村の長に同調するようにヴィヌワの皆が声を張り上げシヴァさんを罵り始める。周りのヴィヌワの言葉に僕の心が軋む。シヴァさんを罵り嘲笑うヴィヌワの者達。今では使われなくなった「蛮族」や「獣」と言う差別用語を聞いて僕は泣きたくなった。  覚悟をしていた。覚悟はしていたけどここまで酷いとは思わなかった。何か奇跡が起きてシヴァさんが認められると思っていた。拒否の態度を見せていたジトやワ村の皆みたいに認めてくれるって……そう思っていた。 「リト」  涙目になっている僕にキトが静かに声を掛ける。   「……はぃ」 「これがヴィヌワの現実だ。だが、これを変えることが出来るのはリトだと、俺は信じている」    キトの言葉に顔を上げ後ろにいるシヴァさんをちらりと見る。罵声を浴びているはずのシヴァさんはさっきと変わらない表情でそこに佇んでいた。   「リト様とルピドの婚姻なぞ認められるか! 一度掟を破って山から下りたのだ、これ以上掟を破ってはならない! そうだろう?! 皆の者!」  バンッ!と机を叩き椅子を倒して立ち上がったエ村の長がキトを睨みつける。 「一度?」 「そうだ!」 「一度ではないだろう?」  冷たい眼差しでエ村の長を見たキトが腕を立て手に顎を乗せると言った。 「我々は三十二年前にすでに掟を破っているではないか。それはここにいる者すべてが知っているはずだ。そうだな? ジト」 「……はい」  三十二年前? それはキトが産まれる前の事じゃ……  キトに顔を向け首を傾げる僕ににこりと微笑んだキトの口から出た言葉に村長達は何も言わず静まり返っている。 「リト」 「はい」 「お前は知りたいか? 三十二年前に何があったのかを」 「三十二年前……」 「ここにいる老人達は皆知っている。そして俺はジトに全て聞いた」 「何が、あったの?」  キトの話はとても信じることが出来ない内容だった。

ともだちにシェアしよう!