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3章 4話 三十二年前
静まり返る中キトが硬い口調で話始める。
「今まで言ってこなかったがな、お前と俺の母はヴィア・ヴィヌワだ」
「……」
お母さんがヴィア・ヴィヌワ?
「違いますぞ! リト様! キト様の戯言に付き合う必要などありません!」
声を張り上げ言ったエ村の村長を見るとその額には一筋の汗が流れていた。
「お静かに願います」
「静かに等できるか! キト様のしていることは先代のワ村の長の決め事を破る行為だ!」
おじいさんの決めた事?
「ね、ねぇ、キト、おじいさんが決めたことって……」
エ村の長に向けてた顔をキトに戻し問いかける。
「俺とお前の母の種族を隠すことだ」
そこからキトとジトが語ったことはとても信じられないことばかりだった。
僕とキトのお母さんであるリウとお父さんであるユトは行商をしている時に出会ったらしい。お母さんはエ村の村長の息子で長男。
行商をするのは村長の家系で長男のみが行っていると言う。ワ村が行商に行くのは隣のニナ村と反対にあるカテ村、それからニナ村の隣で二十キロ先にあるエ村とカテ村の十五キロ先にあるヌ村。
エ村のヴィヌワもヌ村のヴィヌワもヴィア・ヴィヌワしかいない。
お父さんが何回かエ村に行商に行った際、お母さんと出会った。それは、神の思し召しかそれとも悪戯か……。
「ユト様は出会った当初、悩んでおられるようでした。”リウは俺の運命の番だ。初めてこんなに惹かれる人に出会ったのだ。どうすればいい”と泣きながら話される姿がとても痛々しく……ですが、ヴィアとの婚姻は許されておりません。ですので、ワシらワ村の者でユト様を村から出さないようにしておりました。”リウに会わせてほしい”と言うユト様を時には押さえつけて……」
次第にお父さんの元気が無くなっていき、ある日の朝起きてくるはずの時間に起きてこなかった。起こしに行って見たのは細い息を吐き肌が白くなって懇々と眠り続ける姿だったとジトは言う。
「リト、お前の時と同じだ。運命の番は出会った時に強引に離す、もしくは相手を拒絶すれば命を散らしてしまう事になる。だから運命の番は裂いてはならないのだ。それは古の文献に書かれていることだ」
「ゼト様はその古の文献に則り二人が番う事に許可を出したのです。ユト様は次代の村長でしたから、亡くす訳にはいかなかったのです」
エ村の村長の後ろに立っている人を見る。茶色の髪に茶色の長い耳、背はヴァロの様に高くはなく、身長も百六十五あるか無いか位。典型的なヴィア・ヴィヌアだ。
お母さんはエ村の長の長男だったと言う。次代の村長を継ぐのが長男しか駄目なのなら、この人は次男の人なんだろうか?
「お母さんはエ村の村長の長男だったんでしょう? なら――」
「ワシの息子はこのロウだけです。今は……」
「ユト様はワ村の次代です。エ村の次代の長よりも尊重されます。ゼト様はそれを利用しユト様とリウ様を番わせることにしました」
最古のワ村の長は、次代であれ全ての村の長などよりも尊ぶべきの存在なのだと言う。ヴィヌワの婚姻は、その村長が決めるけれども、最後に許可を出すのはワ村の長なのだそうだ。中には、次代の村長でありながら他の村の長に嫁いだ者もいると言う。だけど、種族が同じでないと番う事は出来ないし、村長の能力が無いとされた者だけだ。能力が無いと言うのは生まれつき身体が欠損していたり、知能が低いとされる者、知能はあるけど言葉がしゃべれなかったり、耳が聞こえない者のことだそうだ。
「ワ村の長の嫁がヴィアであることは、許されることではありません。三十二年前、ゼト様が婚姻の許可を出したのは運命の番だからに過ぎないのです。ですので、ゼト様はリウ様の種族の事は隠すことにしたのです」
子供の時からおかしいと思っていた事があった。お父さんの事もお母さんの事も、あまり話してくれない村の人達。
聞いても”ユト様は立派なお方でした”とか”リト様は奥様にお顔が似ておられますよ”とか、具体的なことは聞くことは出来なかった。詳しく話せば僕にお母さんがヴィアだったと言うことがバレるからだったのだろう。
でもそれはいつかバレてしまうのだ。今みたいに。山を降りず、シヴァさんと出会わなかったら、こう言うこともなかったのかな?
「子供の時母さんに聞いたことがあった。何故、色が俺と違うのかと」
くすりと笑ったキトの顔を見る。
「その時の母さんが言ったのは”僕は突然色が変わっちゃったんだ。白色だった髪が茶色になって、耳も茶色になってしまった”と。子供の時はそれを信じていた。だけど、成長すればそれが違うと分かる。村のどの子供も突然色が変わることは無いのだからな」
おかしいと思ったキトはお父さんに問い詰めたのだそうだ。そこで分かったのが、ジトが今僕に話してくれたこと。ただ、僕には話してはいけないと約束させられたそうだ。おじいさんが決めた事だから、と。
だからキトも僕に話すことが出来なかった。
「……」
しんとしてしまった周りを見る。椅子に座っている村長達は少し俯いて顔を青くしている。その後ろに立つ村長達の補佐も同様だ。だけど、村長の補佐の中でも若い年齢の人達はこの事を知らなかったのだろう。視線をきょろきょろと彷徨わせて落ち着きがない。
「だが、それとこれとは話は別だ。リト様の番はルピドであってはならない」
誰も何も発せ無い中、エ村の長が静かな口調で言う。
お父さんとお母さんの婚姻が許されたのはヴィヌアと言う種族だから。
僕は……僕は……
「……ごめん、なさい。それでも……ぼくは……」
シヴァさんと一緒になりたい。
あの胸が引き裂かれるような想いはもうしたくない。ヴィヌワの人達を裏切っているのは分かる。
だけど、それでも……。
「……ぼくは、シヴァさんが、いい……」
ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちていくのが分かる。
出会ったら、番だと分かってしまったら、手放すことなんか出来ない。
「……うらぎって、ごめん、なさい……」
袖で涙を拭うけど、溢れてとまらない。
泣いてないできちんと皆に言わなくてはならないのに……。
「運命の番は裂いてはならない。裂けばリト様は死んでしまうじゃろうの」
かちゃりと音が聞こえてきて顔を上げる。扉を開けて入ってきたのは、薬師の婆様だった。
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