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3章 5話 亡くなりし運命達

 こつりこつりと足音をさせながら婆様が歩く。大量に汗を流している者の背を撫で、椅子に座って青い顔をしている村長の肩にぽんと手を置きながら歩いてくると、僕の横に立って僕の頭を撫で肩に手をおいた。 「リト様は先日の夜命を落としかけた」  目を見開き村長同士で顔を見合わせる。しんとしているこの部屋には婆様の声しか聞こえない。 「それを救ったのがここにいるルピドの青年、シヴァである」 「そうだった、としても……」  愕然としたままの村長達の中に一人声を上げた人がいた。エ村の村長の隣に座っているヌ村の長だった。 「ならば、リト様を死なすのかの? リト様は我らにはなくてはならないお方だぞ?」 「……ルピドは……」  こつりこつりと音をさせて婆様がまた歩き始める。 「そうだの。シヴァはルピドだの」  婆様の足音と、僕の嗚咽だけが部屋に響いていた。 「ヴィヌワの者の中で時折不可解な死を遂げる者がいる。それは村長だったり、小さな子供だったり、成人したばかりの者だったり……お主らにその原因が分かるかの?」  立ち止まり皆を見回しまた歩き始めた。 「原因は、運命の番との決別じゃ」  婆様の言葉に皆が息を飲んだ。僕も皆と同じように息を飲み涙も止まってしまった。 「数がそこまで多かった訳ではないからの。わしが産まれて九十年、その間に三人の者が運命に出会い、その命を落としておる。ワ村の先々代の村長様、ニ村の成人したばかりだったヒリ、そして――」 「俺の子供ですね」  声が上がった方を見ると、砦に移り住んでから村長を引き継いだと言うコ村の村長だった。 「あ、名前も申さず失礼しました。俺はコ村の村長をしております、オミと言います。息子の名はミミ。まだ十歳でした」  オミさんの話はこうだった。  十年前のある日、ミミは村の中で耳をぴんと立て何かを探っているようだったと。いきなり走り始め、オミさんが声を掛けても止まることは無く、村の門の外に出てしまった。小さな背を追いかけた先で見たのは、ベーナ族の青年と涙を零し抱き合う姿だったと言う。  そこでオミさんもコ村の皆も抱きしめあう二人を離し、強引に家にミミを連れ帰り「運命の番」だと言うミミの言葉を受け入れず家に閉じ込めた。  その日の夜、泣きすぎて疲れて眠ってしまったミミは朝には冷たくなっていた。そして、ベーナ族の青年は山の森の中で首を吊り自殺したそうだ。 「ベーナの青年の遺体はミミと共に埋めました。子供の言うことだからと信じなかった俺達は村で唯一の子供を死なせてしまいました。コ村はもう老人と俺達四十代の者しかおりません。四十代の者の数も数名です。我らコ村は後は滅びを待つばかり……俺は……俺はもう、これ以上若い者が苦しむ姿を見たくありません。どうか、リト様とシヴァさんの婚姻を許してあげることはできないでしょうか」  ふぅと息を吐いたオミさんが涙を拭って言葉を切った。 「リトもヨトが様子を見に行かなければ死んでいただろう。救うことが出来たのはリトが数々の証拠を残してくれていたからだ」 「……え?」  驚いて思わずキトを見るとくすりと笑って僕の頭を撫でた。 「お前の様子がおかしかったからな。何に悩んでいるのか分からないと言うのに泣いているのを見てはな……でもそのおかげで助ける事が出来た」  僕の頭を撫でていたキトが後ろを振り返る。 「シヴァ、あの時はリトを助けてくれてありがとう」 「い、いえ。助けただなんて……キトさんが認めてくださったから、私もリトさんの傍にいることが出来るんです。こちらこそありがとうございます」  「さて」と言ったキトが顔を正面に戻す。婆様はいつのまにか僕の傍に立っていた。 「この話を聞いても皆リトとシヴァの婚姻を反対するだろうか? 砦に移り住んでいる今、若い者は外に出て狩をするだろう。もしかしたら違う種族の運命と出会ってしまうかもしれない。その時、死なせるのを覚悟で閉じ込める様なおろかな事をするのだろうか? 我らには滅びの道しか残っていないのだろうか?」  コ村の村長は力なさげに俯き、エ村とヌ村の村長は居心地が悪いのか身じろぎをし周りを見回している。そんな中、ラ村の村長の曾孫の世話係りをしているキシが手を上げた。 「あの……僕は、掟を廃止するの、賛成です。ラ村はもう十九人しかいません。こう言っては何ですけど他種族の血を入れるほかないんです。ヴァノはもう十九人しかいなんですから……」 「ルピドやリオネラの血が入ってもいいと言うのか!」 「だってそれしかないじゃないですか。どうやってヴァノを存続させるんですか? エ村の村長様は解決策があるって言うんですか!? そ、それに、スイ様は運命と出会ってしまったんです! それもリオネラの、僕と同じ年の子……今、スイ様の護衛をしてくれている人です。あんなに惹かれあっている二人を引き裂けって言うんですか! 僕には無理です! 出来ません!」 「スイ様はまだ三歳だろう! 分かっていないのだ!」 「いいえ! いいえ! そんな事はありません! スイ様の精神が安定しているのはあの方がいてくれるからです! それでなかったら、とっくに心を病んで死んでいた可能性があったんですから!」  ラ村の魔物襲撃は本当に酷かったと聞いた。目の前で魔物に親を殺された僕と同じ年の子もいたらしい。三歳と言う年齢でそんなものを目の当たりにしたら……。村長を継ぐのはスイ君しか残っておらず、生き残りも僕やキトと同じ年位の人達ばかり。  ヴィヌワは七十歳以上の老人が多く、子供の数も若者の数も少ない。番のいない人と婚姻するとなると番を亡くし独り身になった老人位しかいない。掟を守り、ヴィヌワ同士で婚姻するとしたら種族と言う壁が邪魔をする。 「ヴィヌワはもう他種族の血を入れる以外道は残っていない。それには全ての掟を捨てるしかないのだ。我らヴィヌワの存続か、絶滅か……。絶滅の道を選ぶと言うのなら、俺はヴィヌワを捨てリトとシヴァと共にここを出ていく」  キトの言葉に部屋の中が騒然となる。 「なんと無責任な! ヴィヌワの長を捨てると言うのか!」 「ヴィヌワを捨てるなど許されませんぞ! キト様!」 「誰が我らヴィヌワを纏めるのだ!」 「我らを裏切ると言うのか! それが長のすることか!」  冷めた目で罵倒する老人達を見ていたキトが立ち上がり僕にも立つように促す。 「……キト?」  僕の腕を掴み立たせると後ろに立っているジトに目配せをする。その時、キトが笑ったのが見えた。そして、つかつかと歩き始める。 「どこへ行くと言う! まだ話は終わっておりませんぞ!」  不思議な事にキトが歩き始めてから若い人達もそれにならうように立ち上がり部屋を出て行くものが増えていく。 「お前達! どこへ行く! 待て! 待たないか!」 「絶滅を選ぶと言うのなら、俺はヴィヌワを捨てると言ったはずだ」 「それとこれとは――」 「キト様、我らも共にまいります」  キシがキトにお辞儀をし胸を張って部屋を出て行く。僕はその背を見ているだけしか出来なかった。 「絶滅か存続か、今決めろ。いつまでもぐだぐだと下らないことを論議している暇は無い」 「そ、それは……」 「ではな」  老人達が焦った声色をする中、僕達は部屋を出た。パタンと閉じる扉の音と共に聞こえてきたのは老人達が悲壮に叫ぶ声だった。 「き、キト?」 「ま、見てなさい」  そう言ってにやりと笑ったキトの顔がとても印象的だった。

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