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3章 6話 ヴィヌワの未来
あの会議から二日。とても不思議な事が起こった。
反対していた老人や村長達が掟を廃止することに賛成したのだ。何が起きたのか分からなかった僕はキトに教えてもらった。
キト曰く、掟を守るよりもヴィヌワを纏める者とヴィヌワの若者達の離反、僕と言う存在がいなくなることの方が怖いのだそうだ。だから、賛成するしかなかったのだろうと言っていた。キトの言ってる事はまだ難しいことが多くて分からない部分もあるけど、キトがこれでヴィヌワが一つになったと喜んでいた。
キトから話を聞いていて疑問に思った事が一つ。僕と言う存在がいなくなるのが怖いってどう言う事だろう?
「リト? 聞いているのか?」
「あ、はい?」
「聞いていなかったんだな」
「……ごめんなさい」
はぁとため息を吐いたキトが困った顔をして笑う。
「お前の婚姻の儀なのだぞ? しっかり聞いておきなさい。シヴァ、お前は大丈夫だよな?」
「大丈夫です。全て頭に叩き込みました」
僕達が住む家のリビングで今は僕とシヴァさんの婚姻の儀の話を聞いていた。まだ発情期が来てなくて番にはなれないけど、婚姻だけはしておこうって事になったのだ。
僕とシヴァさんの衣装の関係もあるから婚姻の儀をするのは一ヵ月先になるけど、婚姻の儀の準備だけはしっかりとしておかないといけないらしい。
今はその一ヵ月先の婚姻の儀にヴィヌワの皆はお祭り騒ぎで準備を進めてくれている。場所はすでに決まっていて砦の中央通りにある種族存続機関の大きな庭でするらしい。
なんでそんなところでするのかと聞いたら、ヨハナさんがヴィヌワとルピドの婚姻だから大々的にやってほしいと頼まれたそうだ。
「キト様、新枕の衣装の生地を持ってまいりました。見て頂けますか?」
「ん、分かった」
かちゃりと音がしてドアから入ってきたのは薄く白い布を持ったジトだった。
「んー、少し質が悪いな」
「砦で扱われている布の中で一番のものだそうです」
布を広げて見ているキトが顔を顰める。広げられている大きな布は今僕が着ている麻の服よりも薄く、持っているキトの手が透けて見えるほどだ。
「この生地で新枕の衣装を作るのはどうだろうな。他には無かったのか?」
「他の布はこれより質が悪くなってしまいます」
「ふむ。……リトの婚姻だ。妥協は出来ない。ここから近いヴィヌワの村はどこだ?」
「ここからですと……山の麓にあるア村でございましょうか?」
「そこに絹蜘蛛の布を取りに行くか」
「それがいいでしょうね」
おもむろにキトが立ち上がりジトとリビングを出ていく。僕は扉が閉まるのを待ってシヴァさんを見上げる。僕と目が合うとにこりと微笑んで僕の手を取り握った。
「ねぇシヴァさん」
「何でしょう?」
「キトが話してた僕と言う存在がいなくなるのが怖いってどう言う意味だと思う?」
「うーん」と首を傾げ眉を八の字にしてシヴァさんが僕を見る。
「私には分かりかねます。ただ、種族の中で決め事や掟を無くすと言うのはキトさん自身相当な葛藤があったと思います。老人達の大半が反対している中で信念を曲げずにやり遂げることはとても難しいことです」
「……キト、最後、脅してるみたいに見えた。ヴィヌワを纏められる人がキトだけだとしても、あんなやり方はあまりよくないんじゃないかな?」
「キトさんに恨みを持っている人がいるかもしれない、と?」
「いないとも限らないでしょう?」
「為政者は時として自身の心とそぐわぬ決断をしなければならない時があります。それで人の恨みを買ってしまうこともありますが、確固たる信念を持って成せば近い未来ヴィヌワの皆に認められていくことになるでしょう」
「僕には難しいよ。シヴァさん」
シヴァさんの言うことは僕には難しい。けど、キトが色々ヴィヌワの事を考えて変えようとしているのは分かる。山が安全じゃなくなって、山から降りてはならないと言っていたキトが砦に早くも順応し、色々な決め事とかベーナやルピドやリオネラやキャリロの人達と協力してヴィヌワの住むこの保護区をよりよい場所にしようとしている。
小さいな頃にキトに読んでもらった本の中で昔は五種族全てが仲良く草原に住んでいたと書いてあった。キトはその本の通りに他の種族と仲良く暮らしていこうとしているんだ。
「難しいかもしれませんが、キトさんのなさる事に私は全力で協力するつもりですよ」
「僕も!」
「私達でキトさんを支えましょうね」
「うん!」
僕達二人は目を合わせて頷いた。
***
ジトとヨトと護衛を伴い家を出てヴィヌワ保護区の通りを歩く。通りすぎる家々の庭や道から老人達が不快な顔をしてこそこそと話しているのが目に付く。強引な手段で掟を廃止したの良くないことだとは俺自身も分かっている。
だが、ヴィヌワの未来を今以上に良くする為にはこう言う手段を取らざるおえなかったとも言える。これからの時代は古い考えを持っている老人達ではなく、数の少ない若者達の時代なのだ。
砦に移り住んでからこれまで、若者達に鬱々とした空気はなく生き生きとして目を輝かせ活発に動いている。そうすれば必然的に出会ってしまう。運命ではなくとも、種族が違った者同士で惹かれ合う者が。駄目だと言われれば言われるほど反抗したくなるのも人と言うものだ。
そんな事をつらつらと考えているとヨトが声をかけてきた。
「キト様、ア村に行くのはキト様でなくてもよろしいのでは?」
「リトの新枕の衣装だぞ? 他の者に任せられる訳がないだろう。絹蜘蛛の糸でも最上級のものでなければ」
「はぁ……息抜きがしたいだけなのでは? 未処理の書類が貯まってますし」
「分かっているなら言うな。そうだ帰りにキノリの実もいくつか持って帰ろう」
「塩苔も取って帰りますか?」
「それがいいな、そうしよう。あ、そうだ。婚姻の儀の為にポポロ鳥も連れて帰ろう」
「分かりました。ならやはり我々だけでは数が少ないように思います。セナにも声をかけてきますので少々お待ちください」
なにやらぶつぶつ言いながらヨトが離れていく背を見ながら俺はくすりと笑った。
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