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3章 8話 婚姻の儀②

 種族存続機関の庭につき、魔方陣と祭壇のある場所までつくと僕は降ろされた。  ヴィヌワ保護区からここに来るまでに多種多様な種族の人が僕とシヴァさんが通る道沿いにずらっと並んでいた。それは中央通りだけでなく、どこの保護区の門も開いていてそこから覗いている人の姿もあった。  特にルピドやリオネラは何かに期待しているような顔で僕達二人が通り過ぎるのを見ていたのが印象的だった。ヨハナさんが言っていた事が今ここでようやく分かる。  キャリロやヴィヌワと違ってルピドとリオネラはそれなりに人が多いけど、三十億いると言われているベーナ族よりも格段に少ない。ルピドは五万人だしリオネラは八万人。シヴァさんに教えてもらったルピドと言う種族は運命の番ではないと伴侶にしないから五万人からなかなか増えていないそうだ。他種族との婚姻を認めたヴィヌワに、男なのに子供を産むことが出来る僕達に、期待しているんだ。自身の種族の数を増やすことが出来るのだ言う事に。ヴィヌワは子供を産む道具ではない。だけど、ヴィヌワも形振りかまっていられない。  キトは時代が変わると言っていた。これからの時代は、種族の垣根を越えて未来を紡いでいく時代なのだと。  手を取ってゆっくりと歩き出したシヴァさんと共に僕も歩幅を合わせてゆっくりと歩く。 「魔方陣の真ん中まで進み、膝を立てて座りなさい」  若草色の神官服を着たキトに言われて二人で魔方陣まで進み膝をつき目を瞑り祈りの姿勢をとる。この日の為にワ村から持って来られた聖杖を掲げたキトが精霊降しの舞と詠唱を始める。  僕達二人の周りを風がゆっくりと流れたゆたう。 「向かいあって座り、この短刀で指に傷をつけて下さい。後は教えられた通りに」  ジトに言われ、目を開けて向かい合わせに座って渡された短刀で小指の腹に小さく傷をつけて教えられた通りにシヴァさんと指を絡ませるように手を握り合う。  僕の傷は右の小指の腹、シヴァさんは左の小指の腹。お互いの血を塗りこめる様にして握り合った手からぽたりと血が地面に落ちた。  風が舞い踊る中、シヴァさんを仰ぎ見る。 「シヴァさん、愛してる」 「私も、愛しております。リトさん」  シヴァさんの潤んだ瞳。悲しいと言う感情ではなく、嬉しいと言う感情が伝わってきて僕も嬉しくなって笑う。  キトが詠唱をする度に風がどんどん強くなっていく。 「何時如何なる時も貴方と共に」 「いつまでも一緒だよ。ずーっとずっと」  二人で笑いあった瞬間いっそう風が強くなってごぅっと音をさせて空に風が突き抜けていく。風がやみシヴァさんを見るために顔を上げていた僕が見たのはキラキラと雪の結晶の様な何かが降ってくる光景。 「二人の婚姻を精霊様がお認めになられた。これより二人は夫婦となる」  淡い光を発しているそれは僕やシヴァさんの肩や髪に落ちると消えていく。 「二人を引き裂く者には天罰が下されよう」  キトがそう言った時、地響きを思わせる程の歓声。そこには種族など一切関係ない姿があった。ヴィヌワとリオネラで手を取り合って喜んでいる者。ベーナとキャリロで肩を組む者。万歳をしている人々。 《……………、………――か?》  体を正面に戻し立ち上がって礼をした時、誰かの声が聞こえた気がした。 ***  幸せそうに笑いあう二人を見ながら俺とジトは少し離れたところで祝いの酒を飲んでいた。 「本当に、良かったの?」  声がかかり振り返って見れば、酒の入ったグラスを持ったヨハナが立っていた。 「ああ」 「あたし、二人の婚姻の儀を見世物にする様なやり方には反対すると思っていたのよ。貴方は」  俺より頭二個分大きなヨハナを見上げると、泣きそうな顔をしている。 「時代を変えるには必要な事だ」  見世物と言っているが、他の種族に俺達ヴィヌワが歩み寄ったと言うことを見せるにはこれしか無い。ヨハナ自身打算や計算もあっただろう。だが、一番はリトを利用していると言う罪悪感。  調査隊や種族存続機関の者にも言われているだろうに。種族を守る為にはどんな手段も使えと。  九千にも満たないヴィヌワの血を残すにはもう他の種族に頼るしかない。リトや俺達を利用しようと種族存続機関が思っているように、俺も他の種族を利用しているに過ぎない。 「お前は優しいな」 「はい? あたしが? 優しい?」  この青年はきっと優しすぎるのだ。俺が種族存続機関の調査隊の者だったら”話し合いでどうにかするから待ってくれ”なんて言いはしないだろう。頑固で閉鎖的な種族がいるならば、絶滅するまで放置するかとっとと捕まえて砦に強制移住させるかだ。ヨハナはそれが出来ない程に優しいのだろう。だが、こう言うヨハナの性格は好感がもてる。 「優しいより、甘い、か?」 「何よ。どう言う事?」 「そのままでいろと言っているんじゃないか?」  ヨハナの後ろからのそりと現れたユシュが言う。俺とユシュを交互に見たヨハナがむっと唇を尖らせるがいかつい顔をしているからか可愛くない。 「何よ? どう言う事? ……ふんっ まぁいいわ。貴方が気にしてないなら」 「ああ、気にするな」  俺を見ていたヨハナがリトとシヴァがいる方向に顔を向ける。 「ふふ 幸せそうでなによりね」  俺も顔を戻すとリトとシヴァの姿を見てくすりと笑う。リトはヴィヌワの皆に囲まれ、シヴァはルピドの者に揶揄われながらも幸せそうにリトと手を繋ぎ微笑んでいる。 「リトが幸せならそれでいいさ」 「リトちゃんの為に全部やったって言うわけ?」 「ま、そうでもあるしそうでも無い」 「どっちよ」 「ヴィヌワの為だ」  まだ見ぬ未来に想いを馳せる。  困難な道はあるだろう。険しい坂がいくつもあるだろう。躓きこけてしまう事もあるだろう。平坦で順風な道ばかりではないだろう。だが、それを乗り越えた先の未来は決して悪いものではない。  止んでいた風が北へと流れるのを感じながら俺は手の中でぬるくなってしまった酒を飲み干した。  

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