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3章 10話 新枕②

 ノックの音にびくりとして振り返る。ドアの外から聞こえてくる訝しむような小さなキトの声に「開いてます」と声をかけたら遠慮なくドアが開いた。  キトの後ろに僕と同じようなローブ姿のシヴァさんにぽーっと見とれてしまう。  贅の限りを尽くして絹蜘蛛の最高級の糸で織られた白布と金糸のその衣装を着たシヴァさんは、小さな時に物語で見たどこかの王子様に見える。廊下にある窓から入る光がシヴァさんの銀髪をきらきらと煌かせ、僕の姿を見た瞬時に常なら冷たく見える瞳を細め優しい笑みを浮かべたその姿はどこからどう見ても本当に、綺麗だ。  いつもの革鎧と剣を佩いた格好も凛々しくて綺麗だと思うけど、今日の格好はもっと綺麗だ。 「リトさん?」 「ひゃ、ひゃいっ!」  ぶふっと噴出したキトがくつくつと笑って「では朝に」と言って出て行った。 「そんなに見られては恥ずかしいですね」  まじまじとシヴァさんの姿を見ていた僕に声がかかる。少しずつ近づいていたシヴァさんにあっと思う間もなく僕はシヴァさんに腕の中にいた。  おそるおそる背中に手をまわしシヴァさんを仰ぎ見る。 「顔が真っ赤ですよ、リトさん」  シヴァさんに指摘されてもっと顔が熱くなるのが分かった。赤くなった顔を見られたくなくてシヴァさんの胸に顔を埋める。 「だって、シヴァさん、綺麗」 「リトさんの方が綺麗ですよ。白い髪も赤い瞳も小さな唇も整った鼻も、そして今の貴方の格好も、全て綺麗です。貴方をこの腕の中に閉じ込める事が出来る日が、くるとは……」  「思ってもいなかった」と言ったシヴァさんの声は震えていた。  シヴァさんの胸に顔を埋めていた僕の頭に何かが降ってきた。そろりと顔を上げてシヴァさんを見て目を見開く。  彼は僕を見降しながら少し切なげな顔をして涙を流していた。   「シヴァさん? 何で泣いてるの?」  泣いてほしくなくて手を伸ばして頬を拭うとシヴァさんが僕の手に手を添えて目を瞑った。 「嬉しいんです。……貴方を初めて見た時からずっとこうしたいと思ってました。貴方を私の腕に閉じ込めて私だけに笑って欲しいと……それが出来ないと気づいたとき、どんなに絶望したことでしょう。でも……貴方は今私の腕の中にいる。それが、とても嬉しいんです」  僕もシヴァさんと同じ気持ちだった。  胸が引き裂かれそうな絶望。それでも惹かれてどうしようもなかった。忘れなければいけないと思いながらも目はいつもシヴァさんを追いかけていた。  歩く所作が綺麗で。魔物と相対する姿がかっこよくて。優しく笑う顔が眩しくて。いつでもシヴァさんに見惚れてた。 「ぼくも、うれしい」  ぎゅっとシヴァさんに抱きつき震えた声を紡ぐとシヴァさんの唇が僕の瞼に落ちた。自分が泣いていると気づいたのはシヴァさんに頬を舐められたから。 「愛してます。リトさん」 「ぼくも、あいして――」  胸に詰まった想いから出た言葉はシヴァさんの口の中に消えていった。   ***  「今日はゆっくりしましょうね」と言ったシヴァさんは僕をベットに寝かせてローブを脱がせた。透けている衣装を見られたくなくて体を隠すとローブを脱いだシヴァさんが「綺麗です」と呟いて僕の横に寝転び肘だけで体重を支え僕の顔にキスを落とす。額に、瞼に、鼻の頭に、頬に。  潤んだ瞳でシヴァさんを見ると何かぼそりと呟いて僕の胸に顔を埋める。シヴァさんの頭に抱きついてその綺麗な銀髪にキスをするとシヴァさんがそろそろと顔を上げる。 「あまり煽らないでいただきたいのですが?」  言っている意味が分からなくて首を傾げるとはぁと盛大に溜息をついた。 「貴方に痛い思いをして欲しくないんです。これでもけっこう我慢しているんですよ?」 「我慢?」  何を我慢することがあるんだろう? 「リトさん。私とリトさんでは体格が違います」 「うん。シヴァさん大きいね」 「体格が違うと言うことは、どこも違うと言うことです」 「?」 「分かっていないようですね。こう言うのもどうかと思うのですけど、体格が違うと言うことはアレの大きさも違うと言うことです」 「アレ? アレって何?」  くわっと目を見開いたシヴァさんがまた大きく息を吐く。 「アレと言うのはペニスです。小さな体の貴方にどんな負担もかけたくないんです。発情期でもない時に貴方の中に私のペニスを入れると傷をつけてしまう可能性もあります。だから、我慢しているんです」 「?」  はぁぁと溜息を吐くとシヴァさんが横たえていた体を起こし、僕の背中に手を添えると僕の体も起こしてくる。 「……少し性教育が必要ですね」 「何? シヴァさん」  小さく言った言葉が聞き取れなくて聞き返すと困った顔で笑った。  居住まいを正したシヴァさんがベットから降りて立ち上がると脱いだローブを近くにあるソファーに掛けて僕に顔をむける。 「少しお話をしましょう」 「うん」  二人でソファーに座ってシヴァさんにぴったりとくっつく。適度な距離で接することってキトに言われていたから今まではくっつく事もできなかったけど、今はシヴァさんと二人きりだからそれも出来る。  嬉しくて笑うとシヴァさんがまた困ったように笑った。 「さて、何から話ましょうか……リトさんは、新枕の事をなんて聞いているのですか?」  シヴァさんの言葉に僕は衣装に着替える前にキトに言われた事を思い返した。   「今日の新枕でシヴァさんと契って夫婦になるってキトが言ってたよ?」 「まぁ、そうですね」  うーんと唸ったシヴァさんが何かぶつぶつ言っていたけど、ばっと顔を上げると僕を見た。 「契ると言う意味がどう言う意味か分かりますか?」 「性行為のことだよね」 「それはどんな事をするか聞いていますか?」  キトから性行為については砦に来る前から教えられている。女役が男役の男根を体の中に迎え入れる行為。  僕達ヴィヌワは発情期の一週間前から排泄をしなくなり、発情期にはお尻の穴からすべりをよくする為の分泌液が出てフェロモンの匂いが強くなる。フェロモンの匂いが強くなることで男役の発情を促すのだとキトが言っていた。  そして発情期になったら男役の男根を女役のお尻にいれて子種を腸の奥にある器官に注いでもらう。発情期の間中ずっと性行為を繰り返す。そうすると、子供がお腹の中に宿るのだ。発情期の期間は人によって違うらしくて、三日で終わる人もいれば十日もかかる人がいるらしい。  そんな事をざっくりとシヴァさんに説明するとほんのりと頬を染めた。 「その通り、なのですが。……発情期でない時にお尻の穴からすべりをよくする為の分泌液が出ると思いますか?」 「出るんじゃないの?」 「いいえ、出ません。分泌液が出ないから潤滑油を使ってすべりをよくするんです。体を傷つけない為に潤滑油を使うんですよ。それにリトさんはこの前初めて発情期が来たそうですね。発情期が安定するまではあまり性行為はしない方がいいんですよ。特にキャリロやヴィヌワは」 「何で?」 「通常お尻の穴と言うものは排泄をする為の器官です。性行為をする為の器官ではありません。ですがキャリロやヴィヌワは発情期中に限り、性行為をする為の器官に変わると言われています。発情期が安定していないと言うことは、子供を宿す体にまだなっていない、と言うことです」 「でも、今日子種を体の奥に入れてもらいなさいってキトが……」 「リトさんの体に私のフェロモンの匂いをつけるためですね」  僕みたいに子供のような体では駄目って言うことなのかな……。  しゅんとした僕の頭をシヴァさんが撫でて額にキスをする。 「匂いをつけるのに、必ずしも性行為が必要、と言うことはないんですよ。こうやって傍にいるだけで匂いがつきますし、抱きしめあってるだけでも匂いがつきます。私は貴方を傷つけたくありません。きっと私のペニスは貴方の体を傷つけてしまう。私はそれが嫌なのです。だから今日は触れ合うだけにしましょう?」  僕はシヴァさんと早く番になりたい。夫婦になりたい。新枕をするってキトに言われてとても嬉しかったんだ。シヴァさんと夫婦になれると言うことが。  僕がまだ子供だと言うのは砦にきてから自覚した。キトみたいに色気なんてないし、勉強だっていっぱいしなくちゃいけないし。だけど…… 「でも僕、シヴァさんと一つになりたい」  僕の言葉にシヴァさんがごくりと喉を鳴らした。

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