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3章 14話 風神に愛されし子
一つ咳払いをしたキトさんが組んでいた腕をといて頭をぽりぽりと掻く。
「リトの様な魔法を使える者はヴィヌワの中でもリト以外いない。三千年前からこれまでリトみたいな能力を持って産まれた者は数百年に一度と古い文献に書かれてある」
「リト様の前に能力を持って産まれた方は五百年前、その前は七百年前でございます。それ以前は文献が古すぎる為、文字がかすれて読めませんでした」
「……」
「そしてもっとも特徴的なのが、莫大な魔力だ。リトはじーさんよりも遥かに多い魔力を持っている」
キトさんとジトさんの話は信じられないことばかりだ。リトさんの魔力ははっきり言って無いに等しいと思っていた。ルピドの中でも私は魔力感知に長けている。その私がリトさんの魔力を感知できないのだから。
「リトさんの魔力は無いに等しいと思っていたのですが……」
不意にキトさんが髪紐を解き手の上に乗せた瞬間、背中に冷や汗が流れた。部屋全体が圧迫感に包まれ息をするのも苦しい。
「我々が成人の証として使っているこの髪紐の赤石に魔力の放出を抑える魔法陣が刻まれている。リトの髪紐が毛先まであるのは、俺やジトみたいな長さでは魔力の放出を抑えることが出来ないからだ」
そう言えばリトさんの髪紐の長さは他のヴィヌワの者よりも長い。リトさんのは腰の下まである髪と同じ長さの髪紐をしているのに対して、キトさんは胸くらいの長さでジトさんは肩位の長さしかない。他のヴィヌワの者はだいたいジトさんと変わらない位だろうか。
「リトはな、その莫大な魔力を使って再生の魔法を行使する。ただ、この魔法はとても危険な物だ。俺達が魔力を一割使えばすむ魔法でもリトの魔法は一回で魔力を四割も使う。無理をすればすぐに魔力枯渇を起こして倒れてしまうだろう」
一回の魔法で四割も使う……? それは自分の命を削っているようなものではないだろうか?
「そして再生の魔法が使える者は攻撃魔法は使えない。攻撃魔法を幾ら教えても、リトは魔法を構築することが出来なかった。能力を神から授かった時の代償だと言い伝えられているが真実かどうかは分からない」
「それでは身を守ることが出来ないではありませんか。リトさんはいつもキトさんみたいな魔弓師になりたいとおっしゃっています。的に矢を射っている姿をよく見ますけど……攻撃魔法が使えないのであれば……風の、矢は……」
「リトのは唯の木の矢だ」
キトさんの言葉に項垂れてしまった。いつか自分も皆と一緒に狩に出て皆に恩返しをしたいと言っていたリトさん。弓の精度を上げても風の攻撃魔法が使えないのでは狩に行っても足手まといになる。ただの獣ならいいだろう。だけど魔物だとそう言う訳にもいかない。唯の木の矢では魔物には効果がない。
何故ならば、魔物は魔素を身に纏った獣だからだ。魔素を纏った獣は魔法で攻撃しないと弱らせることも倒すことも出来ない。弱い魔物ならまだ木の矢でもどうにかなるかもしれないが、強い固体の魔物には攻撃魔法は必要不可欠だ。
弓の精度が上がったとキトさんに言われて嬉しいと喜んでいたリトさんの顔がちらつく。
「リトさんには、それは……」
「リトには言ってあるしあの子自身にも自覚はある。だが、砦で上位の回復魔法を使うなと言ってある」
「上位の回復魔法?」
「あの子の能力の事をワ村の皆がそう言っているだけだ」
「そう、ですか……。ですが、何故使ってはいけないのです? その魔法があれば探索者ギルドのチームから引っ張りだこですよ」
私の言葉にキトさんが黙り込んでしまった。キトさんの横にいるジトさんを見るとジトさんは心底困ったと言う表情をしている。
「リト様はお母上に似てとてもお優しい方です。キト様のお許しが出れば魔法を使ってしまうでしょう。……数日前、腕の無いリオネラの方を見かけた時、リト様が魔法を使っていいかと聞いてきましたが、ワシは使ってはいけないと言いました。その時は納得していない顔をしていましたが……」
「ヴィヌワの者が皆リトみたいに再生の魔法を使うことが出来るのであれば使ってもいいだろう。だがな、再生の魔法が使えるのはリトしかいない。腕をなくした者、足をなくした者全員に魔法を使ってやればそれはそれでいいのだろう。だけどな、たった一人しかいないのに、魔法を行使し続けてみろ。リトは早々に死んでしまう。じーさんの様に……。それに、そんな魔法が使えると知られてみろ。独占したいと企む輩が出てくる。そう言う輩がどういう行動に出ると思う」
人は良い人ばかりではない。己に力があるにも関わらず、その手を悪の手に染め、残虐非道な犯罪を犯す者もいる。力が無いからと堕落した者、人の弱みに付け込んで人を騙す者。あげれば切が無い程だ。
リトさんの能力は稀な能力だ。キトさんの言う通り、公言しない方がいいだろう。自分で自分の身を守れないのであれば尚更……。私が全員からリトさんを守れればいいけれど、私より強い者は多い。
「そうですね。リトさんの能力は公にしない方がいいでしょう」
首を横に振って答えるのがやっとだった。
「シヴァ様。二年前、キト様が大怪我を負われリト様が再生の魔法を使った事がございます」
「……」
ジトさんの静かな声に顔を上げる。ジトさんの横にいるキトさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「腕は辛うじて付いている状態で右脇腹は魔物に食いつかれた所為か臓物が見えていました。そんなキト様の状態を見たリト様は、錯乱した様子で魔法を行使し続け魔力が足りなくなり、キト様の体を再生されてから倒れてしまいました」
「……」
「リト様はその時にほとんどの魔力を使っており、二年たった今でも完全に魔力が回復していないのです。今やっと八割回復したと言うところでしょうか……。そんな状態のリト様が次に上位魔法を使えば完全に枯渇してしまう。魔力が枯渇してしまえばリト様は神の御許に旅立たれる。ワシらはそれが怖いのです。リト様はヴィヌワの民、皆の希望」
「希望?」
首を横に振ったキトさんが小さく溜息を吐いて答えてくれる。
「風の神アヴァディーン様に愛されている神子は幾つもの奇跡を起こすお方だと云われている。リトは風の神に愛されしヴィヌワの神子。そして風の精霊は神の眷属。リトが執り行う儀式で風が強く舞うのはリトが風神様と風精霊様に愛されているからだ」
トールがいつだったか、御魂送りを見に行ったと聞いたとき私も見に行きたかった。ヴィヌワの葬儀は原始的だが、幻想的な光景が多いと聞いて見に行きたかった。トールが言っていた。その時の光景が未だに忘れられないと。何十と空に登っていった優しい光。暖かい光に包まれた魂が空に送られる光景は涙を流すほど感動したと言っていた。
リトさんが風の神子であるのであれば、トールが見たと言う光景は……
「御魂送りのとき、空にいくつもの光が登っていったのは……」
「見ていたのか? 普通のヴィヌワの神官ではあれは出来ない。上位の精霊を地に降ろし、幾人もの御魂をお送り出来るのはリトだけだ」
「風の神様に愛されているリト様だからこそ出来るのです。ただの神官では一人の魂を送るので精一杯なのですから」
それを奇跡と言わず、何と言うのだろう?
私の伴侶になった方は……
ぶるりと体が震える。恐ろしいと言う感情ではない。そう、これは喜び。尊敬に値する人が私の伴侶であることが嬉しい、そう思った。
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