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3章 15話 稀有な能力

 ふと疑問が頭をよぎった。リトさんの魔力が完全に回復しないのは、あれほどの儀式をしているからではないのか?  「リトさんの魔力が回復しないのは儀式をしているからではないのですか?」  向かいのソファーに座っている二人を見れば何を言われたのか分かっていないようできょとんとしている。 「リトさんの魔力、八割しか回復していないといいましたよね? 魔力が回復しないのは、上位精霊を地に降ろしているのからなのでは?」  私がそう言えばキトさんが今分かったと言う風に相槌を打った。 「精霊降ろしは魔力をさほど使わないし、下級の回復魔法程度ではリトの魔力は減りはしない。リトは息をするかの様に回復魔法を使うからな。それに精霊降ろしの時の魔力は最初に少しだけ使った後は精霊様がお力を貸してくださるから我々が魔力を使うことはない」 「リト様は子供の時から魔法を研磨されていたお方です。制御を誤ることはありません。ただ、緊張し過ぎて儀式が終わるとふらついてしまいますが……こればっかりはリト様が慣れるほかありませんね」 「一番の懸念はリトが上位の回復魔法を使うかどうかだ。下級や中級程度ならリトの魔力量では使ったうちには入らない」  それならばいいか、と相槌を打ったところで二人がまだ何か言いたそうに私を見ていた。 「もしかして……まだ、何かあるのですか?」  ジトさんがそっとキトさんを見てから私に顔を向けて口を開いたけど、音にはなってない。ぱくぱくと口を開閉させたかと思うと口を閉じてしまった。 「我々ヴィヌワの民に伝わっている大きな魔法がある。ヴィヌワの者ならば十歳になった時に教えられる魔法だ。大昔はどのヴィヌワも使うことが出来たそうだが、魔力が衰え始めたころからヴァロにしか使えなくなっている魔法でもある」  ここで一つキトさんが大きく息を吐き出した。 「俺の魔力量では使えない魔法。今は多分、リトしか使えない。ただし、リトでも一生に一度使えるかどうかだ」 「それは、何と言う……」 「神を降ろす魔法だ」 「神を降ろす?」 「正確には精霊様にお願いし、地上に風神様を降ろして頂く魔法になる。再生の魔法よりも最も危険な魔法だ。リトには、この魔法を使って欲しくない。使えばリトの命は燃え尽きてしまうだろう」  低く唸るように言ったキトさんが囁く様に言った言葉に私は息を飲んだ。  「父さんは、じーさんよりも魔力の多い人だった。その父さんでさえもこの魔法を使った時に命を散らしている」 「リト様の様なお子は、産まれてくる際に母親の魔力を奪うのです。魔力を奪われる母体が健康そのもので魔力の多い方でしたらユト様も魔法を使うことはなかったでしょう。ですが、リウ様はお体が弱い方で、耐えうることは出来ませんでした。ユト様がリウ様の魔力補充を行いながらの出産になりました。でも、早々にリウ様の魔力が枯渇寸前になり、ユト様が”神の祈り”を行使したのです。この魔法は一度で魔力を全て使ってしまいます。リト様が産声を上げた時にはもう……」 「その、魔法は……」 「この魔法は、神に一度だけ願いを叶えて頂く魔法だと云われている。俺は父さん以外に使った人は見たことない。だから、どんな効果があるかは使ってみるまでは分からない」  そんな危険な魔法を何故、子に残すのだ。使って欲しくない言いながら、何故リトさんにそれを教えたのだ。腹立たしいと思いながらもリトさんを思うと憂い気持ちしか沸いてこない。  風神に愛されている故の稀有な能力と莫大な魔力。両親の命と引き換えに産まれてきたリトさん。愛らしい容姿と素直な心。きっと両親が今でも健在であったならば、愛されていただろうに……。 「だから、リトを守って欲しい。俺も守るが、俺の力だけでは……」  ふと香った匂いに顔を上げるとキトさんは眉を寄せ苦しそうに私を見ていた。  多分、私を思って話をしてくれたのであろう。匂いの中に申し訳ないという感情と力の無い自分を責めている感情が伝わってくる。 「リトさんは必ず守ります。私の命に代えても」 「このことは他言無用に頼む」  キトさんに頭を下げられ、私は困ってしまいキトさんの横にいるジトさんを見ると、ジトさんも私に向けて頭を下げていた。 「それは、もちろん」 「リト様には神子だと言う事は話さないで頂たい」  リトさんには? 「何故です?」 「リト様は精神的にまだ幼いのです。今のリト様では受け止められるかどうか……。砦に移り住んでこれまでさまざまな事が起こりました。これ以上リト様の心に負担をかけたくないのです」 「リトさんの年齢は十五ですでに成人しているんですよ?」 「そうだとしても……リト様は……」  ここで隠してもいずれリトさんは気づく。現にリトさんはキトさんの言動に疑問を感じていた。公に出来ない能力だとしてもリトさん自身に神子だと言う自覚を持って貰わなくては守る側が困る。守られているのだと言う自覚を。 「私はリトさんに言うべきだと思います」 「だが、リトは……」 「心は幼くても勤勉で聡明な方です。私達がここで隠して言わずともいつか自分で気づかれると思います。それに、リトさんが”僕と言う存在がいなくなるのが怖いってどう言う事だろう?”とおっしゃっていました。キトさんだって言っていたではありませんか」 「俺が? 何を……」 「覚えておられませんか? ヴィヌワの会議の前の日の事です。リトさんに違う役割があると言ったときのことを。あの時は話をはぐらかしていましたけど、リトさんはいつ言ってくれるだろう? と言ってましたよ」 「……ぁ……」  何も知らせず、何も知らず、守り、守られると言うことは難しい。何故守られているのか、誰に守られているのか、何から守るのか。お互いに把握した状態でないと、守ると言うことは難しくなる。  護衛の依頼でもよくあることだ。守られる側が何を誰に守られているのか分からない状態では、依頼を遂行することが難しくなる。 「ヴィヌワの皆が知っているのなら尚更です。私に隠さず話したようにリトさんにも話すべきです」  顔を俯けくしゃりと髪を掴んだキトさんが低い声で唸ったかと思うと、大きく息を吐いてジトさんを見る。見られたジトさんは私に縋るような目で見てきた。 「全て話してしまった方が私も守りやすいですし、リトさんも守られやすいと思います」  小さく息を吐いたキトさんが「分かった」と一言言ってからぴくりと耳を震わせた。   

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