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3章 17話 神子

 かちゃりと音がしキトとシヴァさんとジトを伴ったヨトが居間に入ってくる。キトとジトの顔は少しだけ青くヨトは体が震えている。  一体何があったんだろう? シヴァさんは険しい顔をしているし……。 「何かあったの?」  壁の時計を見ればヨトが二階に上がってから十分は経っている。  ちらりと僕を見たキトが顎でソファーを指し示し僕に座るように促した。 「俺は朝食の準備をしております」  お辞儀をしたヨトが離れるとキトがソファーに座りジトも離れてキッチンの方に向かっていく。  本当に何があったんだろう? キトとシヴァさんの硬い表情になんだか落ち着かない。  促されるままにシヴァさんと一緒にキトの向かい側のソファーに座るとキトが硬い表情のまま僕に問いかけてくる。 「リト、お前には違う役割があると言っただろ? 覚えているか?」  そうだ。会議の前の日にキトが言っていた事がどうしても気になっていた。神妙に頷いた僕を見たキトが言い辛そうにしていたけど、きゅっと口を結ぶと覚悟を決めたような顔で僕を見た。 「リトは我らヴィヌワにとって崇め奉る風の神子」  キトの言葉にきょとんとしてしまう。  ヴィヌワの神子様はとてもすごい人なのだと聞いた。三千年前に山に移り住んだ時は僕達ヴィヌワとキャリロを先導し道なき道を進み豊かな場所を見つけ衣食住を確保しその命が尽き果てるまでヴィヌワとキャリロの為に尽くして下さったお人。最古のワ村を作ったのもこの方だと云われている。  残っている文献に書かれていた七百年前の神子様は、枯れはじめた山を豊かなる台地に戻し、五百年前の神子様は訪れた流行り病の病原を根絶されたお方。その前に産まれた神子様達は文献が虫食いや文字がかすれて読めなくなってしまっているけど、同様にすごい事を成されたのだろうといわれている。でなかったら文献に残すはずがない。 「信じられないかもしれないがリトは我らの神子だ。リトの上位回復魔法がそれを知らしめている」 「そんなこと、言われても……」  俄かには信じがたい事に視線をきょろきょろと彷徨わせてしまう。 「神子様には神に授けられた能力がある」  かたかたと体が震える。  僕はそんな大層な人ではない。甘やかされて育って何も出来ない無知な子供。それが僕だ。  いっぱい勉強しているって言っても他の人より覚えるのは遅いし、攻撃魔法も出来ないから狩に同行できるかも分からない。ただ他の人より回復魔法が優れている、それだけの事。  口を開けたキトの言葉が怖くて僕はぎゅっと目を瞑った。 「それは、リトの上位回復魔法、再生だ」  無常にも告げられた事に僕は何も言うことが出来ない。 「この再生の魔法は代々神子様にしか与えられる事が無い能力だ。リト以外に使えるものはいない」  目を開けてちらりと横に座っているシヴァさんを見る。僕と目が会うとにこりと微笑んでくれて頷いた。 「シヴァさんは、知って、いたの?」 「先ほどキトさんから聞きました」  さらっと出された回答に、僕は口を噤んだ。僕を見ていたシヴァさんがふっと笑って僕の手を取って握った。 「リトさんの稀有な能力と莫大な魔力の事は聞きました。そして、貴方がどう言う役割をになっているのかも……」 「僕は、そんなんじゃ……」  歴代の神子様は本当にすごいお方ばかりだ。再生の魔法がその神子様だけに受け継がれるものだとしても、僕はそんな大層な人になれる者ではない。  自分のことは自分がよく知っている。何をするにもとろいし、勉強を頑張っているっていってもすぐに覚えれる頭があるわけではない。体だってシヴァさんに出会うまで弱くて家から外に出れないことの方が多かった。そんな僕が神子? 何かの間違いじゃ……。   「リト」  キトに呼ばれて少しだけ俯けていた顔を上げる。これ以上何をキトに言われるのか怖かった。  体が震える。 「リトは今までのままでいい」  キトの言葉に顔を全て上げて見るとにこりとキトが笑った。 「リトには知らせなかったが、書類の印を押せる者はヴィヌワの最高位の者でなければ駄目なのだ。俺達村長は神子を支え補佐するためだけにいる。リトは今まで立派に神子の務めを果たしてきているだろ? だからそのままでいいんだ」  印を押しているだけが神子の務めじゃないと思う。偉大なる歴代の神子はヴィヌワの民を守る為に尽力してくださった。  僕もそうでなければならないのではないだろうか?   なのにキトはそのままで良いと言う。 「神子様に健やかなる時を過ごしていただく為に俺達村長はいる。リトはただそこにいるだけで良いんだ」  それは駄目な気がする。神子様は偉大な方々ばかりでヴィヌワの民を守り導いてくださった方だ。何もしなくて良いって言われても何もしない訳にはいかないと思う。  キトがヴィヌワの民の事を思って色々していることを知っている。キトだけに苦労をかけるわけにはいかない。僕はワ村の産まれなのだから。  きゅっと口を噛み締めたらキトが困ったように笑った。 「リトさん」  シヴァさんに呼ばれて顔を横にいるシヴァさんに向けるとふわりと笑って僕の手をなでた。 「この今の平和な時に神子と言うものが何を成すべきかは分かりませんが、キトさんが言ったようにリトさんはリトさんのままで良いと私も思います。今までの神子がどのような方だったか知りませんが、さぞや立派な方達だったのでしょう。でも、気負う必要はありません。知っていますか? ヴィヌワの人達は貴方が笑っているのを見るだけで癒されているのを」 「癒されてる?」 「上位回復魔法で体を再生することが出来るのはリトさんだけですよね」  こくりと頷いた僕にシヴァさんが言った次の言葉に僕はぽかんと口を開けた。 「体についた傷だけではなく、貴方は皆の心も癒しているんですよ。だから、貴方は変わる必要も、気負う必要もないんです」  くすりと笑ったシヴァさんが僕の頭を撫でた。  心も癒す?  「貴方の優しい気持ちが貴方の周りの者達の心を癒しているんです」 「僕が?」 「そうですよ。貴方に癒されているのはヴィヌワの人達だけではありません。私もその一人ですし、ユシュもヨハナもトールも団長もそうです。……だけど、貴方のその能力は、他の種族からしたら喉から手が出るほど欲しいものです。犯罪に手を染めてまで欲しいものなのですよ。なので、ヴィヌワの方達は知っているかもしれませんが、他の種族の方には言わない方がいいです」  僕が、皆の心を癒す……。  顔を上げて見ているだけの僕の頬を撫でるとシヴァさんが僕の手をぎゅっと握った。  何が何やらで分からない事も多いけど、自分の立場を、役割を、知れていいと思った。甘やかされて育った僕は世の中のことをあまり知らない。だけど、これからは僕は僕なりに頑張っていこうと思う。  大切にされていることも、皆から愛されている事も知っている。僕が神子だと言うことはまだ信じることは出来ないけど、ヴィヌワの皆の為に、砦の人達の為に、僕が出来ることをしていこう。  これからの未来は、五種族皆で生きていくのだから。 「そして、貴方をの守りを強化せねばなりません。護衛は今までの人数を変えるのは他の種族の方に何か感づかれてしまう可能性があるので護衛の人数は変えることは出来ません。出来たら、ヴィヌワの方達で警護の強化をお願いしたいのですが……」 「ラ村の若者がここ警備しているから警備の方はなんとかなる」 「そうでしたね。ならば、護衛は今まで通り、と言うことで」  「リト? 聞いているのか?」  シヴァさんとキトが何か話していたけど、僕は今考えてたことに囚われて何も聞いていなかった。 「あ、うん」 「聞いているのならいいが……」 「僕、頑張るっ」  やれやれと首を横に振る二人に僕は首を傾げた。

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