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3章 19話 銀細工工房シリカ

「それで? 今日は何を買いに来たんだ?」 「今日この店に来たのはこの髪飾りの石を外して欲しいからです」  エイクさんとシヴァさんが話している間に僕はきょろきょろ回りを見る。  玄関を開けて入った瞬間に外と中の世界が変わった。ドアはどう見ても砦で一般的とされているドアで、入ったら廊下があるんだろうって思っていたけど、全然違った。  ドアを開けて入ったらすぐに広々とした部屋が広がっていて、ドアの横には雑多なものが置かれたカウンター。そのカウンターでお金の清算をするだろう、硬貨を計算する為の計算具が置いてある。カウンターの奥にはガラスケースの乗った台。ガラスケースの中には煌びやかに光る鉱石と銀細工。   「石を外すだって!? 冗談じゃないぜ! これを作ったのに何ヶ月掛かった思ってやがる!」 「私とキトさんが来た時に説明したはずですよ? 覚えてます?」 「ああん? 説明だぁ?」  荒々しい声に顔を戻すとエイクさんが顔を真っ赤にさせて怒っていた。 「ええ。婚姻の儀が終わった時に石を外し銀を腕輪にしてほしいと言ったはずです」 「そうだった、か?」 「ごめんなさいね? この人銀細工の事意外興味ないの」  顔を真っ赤にして怒っているエイクさんの隣でゆったりと構え笑顔のままのマイナさんがのんびりとした感じに話す。 「あなた。あなたは、工房に戻って仕事してくださいな。話は私がつけておきますので」 「あ。おい! マイナ! 離せ!」 「はいはい。いい子でね?」 「おい! おーい!」  そう言って強引にエイクさんを立たせ、腕を掴むとそのままずるずるとエイクさんを引きずって民家の奥に行ってしまった。  僕とシヴァさんと顔を見合わせるとくすりと笑った。 *** 「髪飾りの鉱石を外して何に使うの?」  戻ってきたマイナさんが僕の顔を見て尋ねてくる。その顔はニコニコと笑っているんだけど、なんだか少しだけ怖い感じがする。 「あの……えっと……僕の今つけている髪紐にその石を付け直すの」 「…わいい」  マイナさんの呟いた言葉はとても小さくて聞こえない。 「え? マイナさん、何?」 「いえ、何でもないの。髪紐って、成人の証の髪紐?」 「うん。ヴィヌワはね、婚姻をしたら髪紐を相手の目の色の石に変えるの」 「そうなの。分かりました。その依頼、謹んでお受けします。腕輪はどちらのものかしら?」 「腕輪はシヴァさんがつけるの」 「そう。腕輪にするのに色々な模様を施すことが出来るんだけど、どれになさる?」  カウンターのところにあった本を持ってきたマイナさんがぺらぺらとページを捲り、腕輪がたくさん描かれてあるページになるとそこで止めて本を僕とシヴァさんが見やすいように広げて見せてくれる。 「シヴァさんどれがいいと思う?」 「そうですね。剣を持つのであまりごついのは扱いにくいですね」  腕輪が沢山載っているページにはごつごつとした腕輪から、細く薄い腕輪まで様々な腕輪が掲載してある。 「この細いのは?」  僕が指を指しシヴァさんを見るとシヴァさんは困ったように笑っていた。僕が指差した腕輪は、ポポロ鳥のようなものが描かれているシンプルな画だ。 「それは、ちょっと……」 「大人の男性がつけるには少し子供っぽいかしらね?」  マイナさんの言葉に顔を上げてマイナさんを見た後にシヴァさんを見るとやっぱり困ったように笑っている。子供っぽいかな? とってもかわいいのに……。   「それに、剣を持つ人からしたらそれは少し太いわね」  太い?  顔を元に戻して本を見ると、確かにマイナさんが指摘したように他の細い腕輪よりも太い。 「じゃ、これはどう?」  細い腕輪を指し示してシヴァさんを見るとまた困ったように笑っている。 「それもちょっと子供っぽいわね」  僕が指し示したのは猫の親子が並んで歩いている画が描いてある腕輪だ。細くてかわいいからいいと思ったのに……。 「太さは丁度いいと思うんですけどね。いささか私には可愛すぎるかと……」 「可愛すぎる?」 「私には可愛いのは似合わないかな、と……」  それもそうか。こんなに綺麗なシヴァさんには可愛いのは確かに似合わない気がする。僕がつけるんじゃないし、シヴァさんのイメージにあったぴったりのものを付けて欲しいな。  あーだこーだとシヴァさんと話して決めた腕輪は僕の瞳と同じ色の赤石を一つだけつけたとてもシンプルな腕輪になった。 ***  銀細工工房を出るとすでに夕暮れになっていた。砦のありとあらゆる所が夕日の色に赤く染まり、一日の終わりを知らせている。 「遅くなっちゃったね」 「そうですね。帰りましょうか」 「うん」  時間があったらシヴァさんと中央通りの露天や店を見て回ろうと来る途中で話していたけど、これは今日は無理そうだな。  空を見上げてため息をついた僕の横でシヴァさんがくすりと笑って僕の手を握ってくれる。 「時間が空いた時にでも、一緒に見て回りましょ?」 「そうだね」 「今度のお楽しみ、と言うことで」 「うんっ!」  顔を正面に向けた時、誰かとぶつかりそうになって慌てて避ける。僕にぶつかりそうになったヴィヌワの人は急いでいるのか、一目散に砦の中央通りを歩いている。  ヴィア・ヴィヌワは多いから、背中だけでは誰だか分からない。でもどこか見たことある背格好なんだけどな。誰だっけ。 「危ない!」  シヴァさんの声に振り返ると同時に誰かが僕にぶつかり、僕はシヴァさんが腕を掴んでくれていた為倒れることは無かったけど、ぶつかってきた相手は尻餅をついて小さな声で唸っている。 「セナ? 大丈夫?」 「リト様」  僕にぶつかってきた相手は、僕の一つ年上の従兄弟のセナだった。 「申し訳ございません。リト様」 「それはいいけど、何かあった? 急いでるようだけど」 「いえ、特には……あの、ボク、もう行きますね。リト様は気をつけて帰って!」  シヴァさんに助け起こしてもらったセナが当たりをきょろきょろと見回すと、そのまま背を向けて走っていってしまった。 「どうしたんだろ。セナ」 「さぁ、探索者ギルドから出てきたみたいでしたので、依頼のことで何かあったのかもしれませんね」  ヴィヌワの若者は探索者ギルドの依頼を受けて依頼をこなしてお金を稼いでいる者が多い。セナも狩師としての適正が高く、最近では護衛の人達や、ヴィヌワの同じ若者と一緒に探索者ギルドの依頼をこなしている。  首を傾げ、セナが走りさっていった方向を見るけど、もうセナの背中を見つけることは出来なかった。

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