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3章 20話 噂
「ねぇねぇ二人とも。聞いた? あの噂」
「噂?」
探索者ギルドで出されていた依頼を終わらせ、中央通りを悠然と歩いていた。同じ村の出身ではないけど、何かと馬が合い一緒にいる二人がボクの言葉に振り返る。ボクの護衛の人は片眉を上げ、ス村の出身のリリが訝しげにボクを見る。リリの護衛の人は、視線だけを辺りに飛ばしているのを見る限り、周りを警戒しているんだと思う。
「噂って?」
もったいぶるボクに焦れたのか、メ村出身のネネがボクより大きな体で近づいてボクを覗き込んでくる。
「キャリロが言ってたんだけどね」
「キャリロは噂好きだから、それで商売しようと思っているだけだよ。セナ、子供じゃないんだからその位分かるだろ?」
商売上手なキャリロが少しした噂を操って商売をしているのはボクだって知ってる。子供に諭すようなリリの言い方にボクはかちんときた。
「むぅ。じゃぁリリは知らなくていいって言うの? とっておきの噂かもしれないのに?」
挑発するように言えばリリがくだらないという風に鼻で笑った。
「で、その噂って何なの?」
ボクとリリが喧嘩になりそうになると止めるのはネネだ。そのネネが宥めるように言ったその言葉にボクは気分がよくなった。
「えっとね。北の奥の誰もいないところに魔物がいない安住の地があるらしいよ」
「そんのものある訳ない」
低く冷たい言葉を発したのはネネの護衛のリオネラの人。
ボクが昨日キャリロの仲の良い子に聞いた噂。まだ新しいその情報は、キャリロだけのものだったのだろう。だけど内緒だよ、なんて言われなかったし、ただの噂に過ぎないそれはボクの中では一つの面白い話にしかならない。なのに、リオネラの人が真っ向からただの面白い噂を否定する。
「神々が作った台地にそんな場所が本当にあると思うのか?」
「ただの噂じゃん。ボクだってそんなの信じてないよ」
「ただの噂だからと言葉にするのは子供のすることだ」
「ただの噂じゃん! そんなに怒ることでもないでしょ!」
ボクと護衛の人が言い合うのをよそにネネとリリが寄りそうように立ってこそこそと話し合っているのが目に入った。
「お前はそう思うかもしれないが、そうと感じない者も中にはいる。自分の言葉を口に乗せる時は自分の言葉に責任を持て」
「ボクが悪いって言うの!?」
「今、ここで、言うことではない、と言っている」
「何だよ!」
「まぁまぁ、マイク」
ボクと護衛の人に割って入ってきたのは、ボクの護衛をしているルピドのセリスだった。
「今日は大物を捕ったから皆も疲れてるんだ。あんまりカリカリしないで」
「セリス。セナはもう子供でいていい年ではない。甘やかすな」
「甘やかしてる訳じゃないけど……」
「運命ではないから興味がないと?」
「そう言う訳でもないけど?」
「ならば子供の手綱くらいしっかり引いておけ」
吐き捨てるように言ったマイクがボク達から離れネネ達のところに戻っていった。
「何あれ。感じわるっ」
「セナ」
「なにぃ?」
「楽しいからと言ってあんまり噂は流さない方がいいよ。噂は時によっては人に牙を向けてくる。これは僕からの忠告ね」
ボクを護衛しているセリスは、ボクの教育もしてくれている。忠告ねって言ったってことはあまりよくない事なんだと今更になって気がついた。
ボクはまた言ってはいけない事を言ってしまったんだと気づいて、それが怖くなった。
「そんなに怖がることはないよ。だけど、言葉にするときは頭でちゃんと考えてね?」
「……うん」
垂れた耳を持ち上げたセリスが笑ってボクの頭を撫でてくれる。親に撫でられた様で沈んでいた気分が浮上してくる。
「今日はもう帰ろうね。セナ」
「うん」
「間違えたと気づいたら、直していけばいいんだよ」
「うん」
「さぁ、帰ろう?」
セリスに宥めるように背を押され、離れていたリリが「セナ、帰るぞ!」って声をかけてくれる。
「うん! 帰ろ!」
リリに伸ばされた手を取って握ると反対からネネがボクの手を握ってくれる。三人そろって夕日を背にぽかぽかと暖かい気持ちに包まれていたボクは、この時、リリとネネが何を思い、何をしようとしているかなんて知らなかった。
***
どうしよう。どうしよう。
頭の中で巡る言葉はそればかり。
ボクのちょっとした言動でこうなるとは思っていなかった。
ボクはキト様みたいに人を導く力はないし、リト様みたいに賢い訳じゃない。キャリロから聞いた話をただ仲の良いヴィヌワの子に話しただけ。それが、こんなことになるとは思っていなかった。
ボクの浅はかな言動が彼らを追い詰めているのだとしたら……。
キト様がボク達ヴィヌワが草原に出るのはまだ早いって言ったのは、何か考え合ってのことだと思う。それを皆に言っても分かってくれない。
キャリロがしていた噂をボクは何故、何も考えずに皆に言ってしまったのだろう。
こうなる事になると何故思えなかったのだろう。
後悔だけが心の中に募っていく。
「ボクが……ボクがどうにかしなくちゃ!」
ボクが皆を止めなくちゃ。
気持ちだけが急いていた。
焦る気持ちだけで気づかない愚かなボクが気づいた時には、止められない程の波の唸りに飲み込まれていた。
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