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3章 21話 気になること
「ああ。次から次へと……まったく……」
財務館の執務室でキトが椅子に座るなり唸るように吐き捨てる。ヴィヌワ保護区に来てかれこれ四ヶ月になるだろうか。
僕の婚姻の儀も終わり、豊作を願う祭りも終わったと言うのに、次から次へと問題が起こって最近ではキトも僕もシヴァさんも、それにキトの補佐をしている村長達もてんてこまいで、主に僕とキトの世話係りをしているヨトも借り出されているし、ヨトの傍について勉強しているヨルも借り出される事態になっている。
問題がなんとか収まったと思ったらまた次に問題が起こる。未然に防ぐことが出来ればいいけど、キトも僕も未来を見ることなんて出来ない。だから後手に回っているのが現状だ。
ここのところ起こっている問題が何かと言うと、ヴィヌワの一部の十台の子達が、山だけでなく、草原にも狩に行きたいと希望していることだ。
こちらは、ヨハナさんや砦の警備の総隊長をしている人と話して、ヴィヌワが草原に出るのはまだ早いと言うことで意見が一致している。にも関わらず、若者は草原に出たがっている。
僕は山で狩をしたことがあまりないから、狩のことはあまり知らない。キトが言っていたことだけど、山と草原では出てくる魔物や獣が違うから、安易に草原で狩をするのは危険なのだと言っていた。
ゴブリンやオークは山と同じらしいけど、コボルトなんて魔物山では聞いたことがないそうだ。だから、今ヨハナさんに草原での魔物との戦い方を指導してくれる人を探しているらしいのだけど、ヨハナさんが思った通りの人物がなかなか見つからない、らしい。
探索者ギルドでも探してもらってるらしいけど、嫌がる人が多いらしい。山とは違って草原での戦闘経験が無いから、初心者と同じ。その初心者を指導し、なおかつ護衛をしながらなのは大変な労力がいるそうで、依頼を出しても人が見付からないのだそうだ。指導しながら護衛できる人はいるけれど、実力のある人は限られているし、その限られている人達は大抵ヴィヌワやキャリロの重要人物を護衛をしている。
ヴィヌワの若者達が突然草原に出たいと言い出した理由が分からないから、今砦の調査隊の人達が調査をしてくれている。
「早く調査内容分かるといいね。キト」
「そうだな」
頭をぐしゃりと搔いて髪をかき上げるとキトが顔を上げた。ここのところ眠りが浅いらしいキトの目の下にはうっすらと隈が出来ていて、見ているこっちが痛々しい。
僕は立ち上がるとキトの傍に行き、キトの目元を手で覆う。少しでも疲労を取りたいと思って回復魔法を掛けたけど、思ったようにはいかなかった。
「ありがとうリト」
僕の手を取って微笑んだキトが椅子から立ち上がって執務室を出ていく。
僕はその背中を見ながらキトの憂いがなくなるように僕も僕で出来ることをやっていこうと拳をぎゅっと握った。
***
夕方、僕とシヴァさんはヴィヌワ保護区の道をゆっくりと歩いていた。後ろから差す日の光が僕とシヴァさんの影を伸ばしている。そろそろ夏が終わるから最近では日が暮れるのも少し早くなったように感じる。空を見上げてみると不思議な形をした雲が風に流されて北へと進んでいる。
「…………! ……………よ!」
「……るな! …………く!」
空を見上げていた僕の顔を覗き込んできたシヴァさんと目が合った瞬間どこからか聞こえてきた争うような声。
瞬きをして顔を元に戻して声がした方に顔を向けると、セナが誰かと言い争っているようだった。でも、何か違う?
怒ったような感じではなく、何かに焦っているようなセナが、僕とシヴァさんに背を向けているヴィヌワに何か諭すように話している感じに見える。
「どうしたんだろう?」
「言い争い、と言う感じではないですね」
「うん。でも、なんだろ?」
「分かりません。行ってみましょうか」
二人で頷きあって近づいていくと、僕達に背を向けていたヴィヌワが振り返り僕とシヴァさんを目に入れた時、体を少しだけ震わせて口を噤んだ。
「こんばんは、リト様。もう時間が時間なので家に帰った方がよろしいですよ。俺はこれで」
そう言って僕達の横を通り過ぎていった。
あの子。確か、ス村のリリって子だったような?
魔物に村が襲撃されて家族皆を亡くして天涯孤独になったってセナに聞いたっけ。最近セナがリリともう一人の子と狩に山に行くって言ってたのをどこか羨ましく思いながら話を聞いていたからよく覚えてる。
「リト様……」
「セナ。あの子、リリって子だよね?」
「そう、です……」
リリの背を追っていた視線をセナに向けると眉を寄せて泣きそうな顔で僕を見ていた。
「セナさん、もう遅くなります。今日は送るので帰りましょう?」
シヴァさんがセナに声を掛けてもセナは何か考えてるのかそこから微動だにしない。
「セナ?」
僕が声を掛けるとはっと顔を上げて僕を見る。
いったいどうしたんだろう? やっぱり喧嘩でもしたのかな? 喧嘩しちゃったから泣きそうな顔をしているのかな?
「……あの……」
「なぁに? セナ」
僕がセナの声に答えるとセナを顔を俯けてシャツの裾をきゅっと握った。力強く握っているのかシャツの裾に皺が出来ている。
「……リト様は」
「ん?」
「この世のどこかに、魔物がいないところってあると思います?」
「魔物が?」
唐突にされた質問の意味が分からなくて、僕が首を傾げるとセナは手を前に向けてわたわたと振ると「何でもないです!」と言って走っていってしまった。
魔物のいないところなんてあるんだろうか? そんなところ、無いような気がする。魔物は魔素が獣に纏いついて変化したものだと言われている。魔素は空気中のどこにでもあるから、魔物のいないところなんてある訳がない。魔素がなければ僕達人は生きれないし、魔物だって発生しない。
魔素はありとあらゆる生物、植物に関わってくるのだから。
「シヴァさんはそんなところあると思う?」
「無いと思いますよ。魔物のいないところとは、魔素が無い地と言うことですよね。魔素は無かったら私達人は生きていけません。そんな地があるとしたら、そこは生物も植物も生きていけない場所ですから」
「そうだよね」
何でセナはあんな質問をしてきたんだろ?
ヨトに魔物の成り立ちとか色々教わっていると思うから、考えたら分かると思うけど……。
もしかして本当にあるのかな? そんなところ。
「もしあったら、シヴァさんだったら行ってみたいと思う?」
「行きたくありませんね。生物、植物が生きれない場所と言うことは神が見放した大地だと言うことです。そんな場所行こうと思いません」
「僕も行きたくないかな」
「誰も行こうとは思わないと思いますよ」
神様も精霊様も僕達にはなくてはならない存在。
寝る時だって、魔法を行使するときだって、何時如何なる時も神様も精霊様も僕達人に寄り添ってくださる。
神様が見放した大地って、植物も生えてなくて、生き物もいない、土だけが広がる空しい地だ。そんな場所に行きたいと思う人なんて誰もいない。
「リトさん、帰りましょ」
「うん」
何故か気になって、帰る途中何度も先ほどセナがいた場所を振り返って見ていた。
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