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3章 22話 行方不明

 視線だけ動かして横を見る。穏やかな顔で眠るシヴァさんは、婚姻の儀が終わるまでユシュさんとトールさん、他のヴィヌワの護衛の人と共に護衛館に住んでいたけど、夫婦と言うものは一緒の屋根の下に住むのが当たり前だから婚姻の儀が終わった翌日、大きな鞄一つを持って引越してきた。  寝室で一緒に寝るようになったけど僕の発情期が来ていないからまだ番になっていない。でも、シヴァさんが傍にいるだけでも幸せ。 「えへへ」  シヴァさんの額にかかっている髪をはらって顔を見えやすくすると僕はじっくりと見つめる。銀の髪が朝日に照らされてきらきらと輝き、閉じた瞼に縁取られた睫の奥には深い湖の様な蒼。冷たく見える瞳の色は僕を見ると笑顔に変わる。  いつ見えても綺麗だなー。 「ふふふ」  起きたのかな?  体を揺らして笑っているシヴァさんを見るけど、起きたようには見えない。どうやら夢を見ているみたいだ。 「今日も私がリトさんの寝顔を見ようと思っていたのですけどね。先を越されてしまいました」  ぱちっと瞳を開けて笑顔になったシヴァさんが僕を腕の中に囲いこむ。 「いつも見られてるから今日は頑張って起きたの。おはよう、シヴァさん」 「おはようございます。リトさん」  ちゅっと僕の口にキスをするとシヴァさんが体を起こしてタンスに向かう。その中から僕の服を出すと僕の体を起こしてくれる。 「僕自分で出来る!」 「いいえ。私にさせてください」 「僕、子供じゃないし!」  シヴァさんが持っている服を奪い取ろうと手を伸ばすけど、シヴァさんは片手で僕の体を抱いたまま服を後ろに隠してしまった。  今日こそは自分で服を着るって決めたのに。 「むぅ」 「そうですね。子供ではないですけど、私がしたいのです。させてくれませんか?」 「自分のことはきちんと自分でやることって、キトが言ってたよ?」 「ルピドは番に尽くすことが大好きな種族なのです」 「それは前に聞いた。だけど、僕は自分で着たい」  過保護なキトよりも過保護なシヴァさん。僕が寝ている間に服を着させてくれて、何から何まで世話をしてくれる。だけど、いいことばかりじゃない。このまま甘えてしまったら僕は何も出来ない人になってしまう。それだけはいやだ。 「分かりました。では今日はお互いに服を着せあうと言うのはどうでしょう?」 「服を着せあう?」 「そうです。リトさんの服は私が着せて私の服はリトさんが着せる。きっと楽しいですよ」 「面白そう! やる!」  立ち上がってシヴァさんの服が入ったタンスを開ける。今日はシヴァさんはお休みじゃないから鎧下かな。何色の鎧下がいいだろう。黒い色が多い鎧下だけど、今日は僕がシヴァさんに買ってあげた蒼の鎧下にしよう。月狼団の鎧は皆お揃いの鎧だけど、団長と副団長の鎧の色は違う。団長さんの鎧は赤で副団長であるシヴァさんの鎧は青。それにあわせた青色の鎧下はシヴァさんに似合うと思って買ったものだ。   「今日はこれね」  僕が持っている鎧下を見たシヴァさんがにっこり笑って頷いた。 ***  お互いに服を着せあうと言っても、鎧下をシヴァさんに着せたら僕の仕事は終わってしまった。革でできた鎧と言ってもシヴァさんの鎧は金属が多く使ってあるから僕ではもてない。だから鎧だけはシヴァさんが自分で着けてしまった。もっと筋肉をつけたら僕でもシヴァさんに鎧を着けることが出来るようになるかな? なるといいな。  そんな事を思いながらシヴァさんと手を繋いで階下に向かう。  とんとんと階段を下りて居間に入ると誰もいなかった。 「あれ? 誰もいないね」 「本当ですね。朝食も出来ていない様ですし……何かあったのでしょうか?」  がらんとした居間を見渡してキッチンに向かうと準備をしている途中でどこかに行ったのか、まな板と包丁と共にパンやハムなどが並んでいる。 「どうしたんだろう」 「キトさんもいないのでしょうか? ちょっとキトさんの部屋に見に行ってきます。リトさんは朝食を作ってもらっていてもいいですか?」  「分かった。任せて」  料理はまだまだだけど、ヨトの手伝いでよく朝食は作っていたから簡単なものであれば僕でも出来るようになってきた。シヴァさんが階段を登っていくのを見守ってから僕はキッチンに立って保冷庫から新鮮なトマトとレタスを取り出した。  昨日の夜ヨトが作ったのであろうスープを温めている間にレタスを千切って、包丁でトマトを薄切りにして……キュウリも入れて、それから――  そんな事を考えていた時だった。  玄関ががちゃりと開いたと思ったらドタドタと大きな足音をさせて居間にキトとジトが入ってきた。僕を一瞥してソファーに座る。青い顔をしているキトの目の下の隈は酷く、あまり寝れていないようだ。 「すぐにでも捜索隊を編成しよう。ジト、メヌとガダを主にして捜索を任せられそうなヴィヌワの選出を」 「畏まりました」 「それからヒキをここに呼ぶように」 「ヒキはヨトが呼びに行っております」 「そうか。……ああ、まったく……」  二人の不穏な雰囲気に僕の背が粟立つ。キッチンから出てソファーに向かうとちょうどシヴァさんも二階から降りてきたところだった。 「キトさん、何かあったのですか?」 「……」  ジトと顔を見合わせたキトがソファーに座った僕とシヴァさんを見ると大きく息を吐いて手で顔を覆った。 「ヴィヌワの若者何人かの行方が分からない」  キトに言われた事に目を見開き思わず立ち上がる。 「探しにいかなくちゃ!」 「捜索隊の編成はこれからする。リト、お前はセナが戻ってきたときの為にここにいてくれ」 「セナさんが? 何故?」 「セナも行方が分からない」  立ち上がった僕の服の裾をシヴァさんに引っ張られて座ってしまった。隣のシヴァさんを見ると首を横に振る。 「いついなくなったのか分からないのですか?」 「昨日の夜、寝ると言って部屋に上がったそうだ。それがだいたい八時。階下に下りた形跡は無かったそうだが、靴と鞄がセナの部屋から消えている」 「と、言うことは、八時以降に部屋から出てどこかに行った、と言うことですね」  キトはさっき”セナも”って言った。ってことは、他の子も行方が分からない? 「ねぇキト。さっき”セナも”って言ってたけど、他にも行方の分からない子がいるの?」  僕の質問に顔を覆っていた手をどけたキトが僕を見て頷いた。  そう言えば、昨日のセナの様子がおかしかった。リリと言い争っていた様に見えたのと何か関係があるのだろうか……?  「昨日のセナ、様子が変だった」 「様子が変?」 「リリと何か話しているみたいだったの。喧嘩しているのかな? ってその時は思ったんだけど……」  横にいるシヴァさんをちらっと見るとシヴァさんは何か考えているのか遠い目をして顔を上に上げている。 「そういえば……魔物のいないところがあるのかと聞かれましたね」 「魔物のいない?」 「何でもないと言ってすぐに私達から離れていかれましたので、深く聞くことは出来ませんでした」 「……そうか」  髪をぐしゃっと掴んだキトがソファーに深く座って大きなため息を吐く。 「そのリリもいないのだ。他の村の者も何人かいなくなっているらしい。どこの村のものか把握していないが……」 「ヒキがきたらすぐにでも分かるかと」  ジトの言葉にまた大きくはぁと息を吐いたキトの顔が青く、これまでに見たことが無い程疲れているようだった。

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