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3章 23話 砦内

「ヒキ参りました。キト様、何用でございますか?」  急いで来たらしいヒキは息を整えてから顔を上げてキトの前に跪く。ヒキは五十三歳だけど、まだ若者には負けんと言って狩を現役でしている者だ。二の腕は僕の何倍も太く、ヴィヌワにしては珍しい程の筋骨粒々な体躯。若い時に負った頬の傷は回復魔法で治さず、おじーさんを守った証で名誉の傷だと誇りにしている。 「来たかヒキ。ヴィヌワの若者が何人か行方不明になっている。人数と名前がまだ把握出来ていない。その人数と名前の捜査をしてくれ」 「私よりもメノが適任かと思われますが?」 「メノには捜索隊の指揮をしてもらう。ヒキ、お前は他の村の若者と交流をしていただろう?」  狩の適正が無いと言われていた若者の中で、それでも探索者ギルドに登録をしたいと言った子達に弓を教え、山で戦闘経験を積ませていたのは主にヒキだ。メノやガダは護衛館の門で門番をしていたから、そこまで若者と交流があったわけじゃない。   「若者達のことを一番知っているのはヒキ、お前だ。メノやガダでは思うように行かないだろう。ヒキ、頼まれてくれるか?」 「畏まりました。今すぐに」  恭しく頭を垂れ立ち上げって踵を返して歩いていく背中はとても頼もしい。ヒキの背中を見送ってキトを見れば、ジトが持ってきた花茶を飲んでいた。  いつの間に用意されたのか、僕の目の前にも花茶の入ったカップが置いてある。  あうう。僕、何でこんなに気が利かないんだろう。  自分の馬鹿さ加減に呆れ、小さくため息を吐いた。 ***  太陽の位置はだいぶ下にまで下りてきている。夕暮れが迫る中、メノ率いる捜索隊が探しているがまだ皆の行方は分かっていない。  ヒキが調べて分かったのは、ス村のリリ、ケイ、ラス、カナの四名。メ村のネネ、アキ、ヤサの三名。ナ村のハス一名、そしてワ村のセナ。十三歳から十七歳の若者九名の行方が分からなくなっていると言うことが分かった。  この十台の子達は皆仲が良く、何かにつけて一緒に狩に行ったり遊んだりしていた子達。そして、草原で狩をしたいと希望していた子達でもある。 「何か事件に巻き込まれた可能性もあるわね。あたしは警備隊の総隊長にこの事を伝えてくるわ。ヴィヌワは単独で動いたりしないで? 探しに出ているヴィヌワの捜索隊は戻してちょうだい。あたし達と連携して捜索した方が早いから」  出張から帰ってきたばかりで頼るのは、と言っていたキトを説き伏せヨハナさんのいる調査隊詰め所の応接室で若い子達の事を相談したら返ってきた返事がこれだった。  朝から探して夕になるのに、見つからない子達に僕達ヴィヌワは焦っていた。子供はヴィヌワの宝だ。その宝が靴と鞄を持って消えた。意志がある行動だとしても、誰にも告げずにいなくなると言うことはあって欲しくない。 「……そうだな」  キトはヴィヌワが過ごしやすくなるようにと奔走している。  食材が足りないと他の村の者が言えば、保護区内でも育てることが出来る野菜を植え、山に生息するポポロ鳥を捕まえ飼育小屋を建て飼育し、育てたことのない麦をベーナから育て方を習って育てている。  それが起動に乗ったかと思えば今度は、山に住んでいたヴィヌワが全て移住してきたことで住む家が少ないと言われて家を建て。  家の次は服が足りなくなり、服が足りたら、職にあぶれたものが出始め、キトの采配で職に困る者もいなくなってきた。  見えない終わりがやっと見えるようになったと思ったら今度は九人の行方不明者。疲れた体を休むことも出来ないまま、護衛を連れてキトとヨハナさんのところに来たのだ。 「ところで、捜索に出せる人数ヴィヌワは何人出せそう? 調査隊は今動ける者はざっと見繕って二百ってところかしら」 「捜索に出せるのは……だいたい三十位だな」 「第一兵団にも出てもらいましょ。こちらは警備隊の総隊長と兵団団長に話をしないと捜索隊がどの位の人数になるか分からないからとりあえずは、総隊長と団長に話をしましょ。ユシュ、団長に繋ぎをとってもらえる? あたしはこれから総隊長のところに行って話してくるから。キトちゃんとリトちゃんはここで待ってて?」 「分かった」  ヨハナさんのテキパキとした指示にユシュさんがドアを抜けて出て行くとヨハナさんも応接室を出ていった。 「調査隊に二百人って、なんだかすごいことになってきたね」 「この砦をくまなく探すとしたら少ない数だと思いますよ」 「少ない?」 「山沿いにあるこの砦は現段階で大体二万キロになります」 「二万キロ……」 「砦の端はまだ建設途中で完成はしていません。草原を囲む様に作っているので、直線距離に直すと三十二万八千キロになるのではないかと言われています」 「砦建設はベーナが土魔法で大きな岩を作りだしキャリロの水魔法で岩を裁断。人の手で接着用の泥を塗ってロープで吊り上げ運び、形を整えるやりかたで建設しているらしい。図書館の本に書いてあった」 「風魔法で運べばいいのに……」 「ヴィヌワは今までいなかったからな。でも、今は探索者ギルドの依頼書に建設現場で風魔法を使って岩を運ぶ依頼があるらしいぞ」 「そうなんだ」 「ヴィヌワの皆さんが砦に来たことで建設も早くなったと聞きましたよ。……話がそれましたけど、とにかく、二万キロになるこの砦を捜索するには二百と言う人数は本当に少ないのです」  ヴィヌワの村とは違い、この砦は本当に大きい。中央通りを端から端に歩くだけで役四時間はかかるし、山沿いに作っているから砦の終わりが見えない。  これだけ広いと探す人もいっぱいじゃないと確かに大変そうだ。 「多分、ですけど。警備隊の者が主な捜索隊になりそうですね。調査隊の総数は千人。兵団は二万人。それに比べて警備隊は一億人います。どの位の数になるか分かりませんが、予想としては捜索隊は一万近くなるからもしれませんね」 「ふーん。警備隊ってどんな事してるの?」 「警備隊は砦内の犯罪を取り締まったり、各居住区の門で警備をしたり様々ですね。あとは、犯行現場を調査するのも警備隊ですね」 「調査って、調査隊の仕事じゃないの?」 「調査隊は山や草原種族等の調査をする機関なので犯罪現場を調査することはありませんよ」 「へぇ」 「ヨハナから貰った本に主要機関の事が書いてあったのだが……リト、もしかして見てないのか?」 「……えーっと……えへへ……」  シヴァさんが説明している間にキトの顔がだんだんとむすっとしていくのを間近で見ていた。誤魔化すように笑うとキトがむっとした顔のまま「家に帰ったらお説教だ」と言われて項垂れた。  

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