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3章 24話 紹介
ヨハナさんが応接室に戻ってきたのは一時間ほどたってからだった。息を切らせて戻ってきたヨハナさんがテーブルに置いてあった冷めてしまった花茶をがぶがぶと飲む。
「遅かったな。ヨハナ」
ヨハナさんが腰に手をあててふぅと大きく息を吐くと少しだけ咳をした。
「遅くなってごめんなさいね。ちょっとゴタゴタしちゃって。……それよりね、大変なことが分かったの。キャリロの若者も何人か行方が分からなくなっている子がいたの」
「キャリロも?」
「ええ。こっちは比較的早くに分かったから警備隊が捜査隊をつくってすでに捜索にあたってるらしいんだけど……十歳から十三歳の子の行方が分からないって。ヴィヌワの方はどうかしら?」
「ヴィヌワは十三歳から十七歳の若者の行方が分からない」
「……そう。そのことでね? 種族会議を開くことになったの」
「種族会議?」
「砦内にいる全種族の長と砦の主要機関の長が集まって会議を開くのよ。キトちゃんとリトちゃんにはヴィヌワの代表として出て欲しいの」
「それは、構わないが」
「会議は役一時間後に始まるわ。それまでまだ時間があるからご飯でも食べてましょうか。晩御飯は食べた?」
「いや、まだだ」
ヨハナさんとキトの二人の会話を聞きながら僕はセナ達ヴィヌワの子が心配だった。昨日の夜には姿を見たのに今日の朝には行方が分からなくなっていた九人。
窓に顔を向けて見れば、遠くに見える通りに行きかう人の影が伸び辺りは夕日色に染まっている。
いつだったかキトが言っていた。行方が分からなくなった者を探す時は、すぐに捜索隊を編成し捜索をするのが良く、捜索も速ければ早い程見つかる確率が高いと。こんなに悠長にしていていいのかな?
そろりとシヴァさんに顔を向けるとシヴァさんが僕の視線に気づいて微笑んでくれる。その笑顔を見ても僕の気持ちは沈んだまま浮いてこなかった。
***
ご飯を食べ終えた僕達は会議が開かれると言っていた種族存続機関の会議室に来ていた。この種族存続機関の建物は僕とシヴァさんが婚姻の儀をしたときの庭の建物で中に入るのはこれが初めてだ。
石の壁で作られた会議室の中はとても広くヴィヌワの会議館の会議室と広さが全然違う。縦長の丸いテーブルと何百と並べられた椅子。その椅子に座って体を少しだけ動かすとぎっと小さく音が鳴った。
「集まったようね」
僕の隣に座ったヨハナさんが席についている人達の顔を眺めて独りごちた。
ぞくぞくと集まってきた人達の種族は様々で、服装も皆違う。シャツとズボンと言う簡素な服の人もいれば、金属で出来た鎧を身に包む人。動きやすそうな革鎧の人もいるし、ゆったりとしたローブを着ている人もいる。
「今日は長だけのようね。第二兵団が出てくるなんて珍しい……」
また呟いて僕達に顔を向けて微笑むと真向かいの席に座っている人に視線を向けた。
「キトちゃんリトちゃん、皆を紹介するわね。こちらは種族存続機関総長兼ベーナ族の族長トナーさん。種族存続機関のとても偉い人よ」
トナーさんと呼ばれた人は蜂蜜色をした耳と髪の優しそうな壮年のベーナの男性。ゆったりとしたローブに胸には種族存続機関の紋章がつけられている。
そのトナーさんは僕とキトににこりと笑うと一言「よろしく」と言って胸に手を置いてお辞儀をした。
「こちらは種族存続機関兵団の第一兵団総団長グージさん」
グージさんと呼ばれた黒い耳と黒い短髪のベーナ族の人に顔を向けるとむすっと顔をしたまま腕を組んで僕達をじろりと睨みつけてきた。
ベーナの中でも大きく、背は僕の二・五倍はあるんじゃなかろうか。腕もどこも逞しく太い。
びくりとした僕を見て更に顔をしかめてしまった。キトが僕の横でぺこりとお辞儀をするのを見て僕も慌ててお辞儀をする。
「で、こっちが種族存続機関兵団の第二兵団総団長キナセさん」
キナセさんと呼ばれた人を見て驚いた。男性の方だと思っていたけどどことなく違う。白い耳と髪の中性的な顔立ちのベーナ族。金属で出来た鎧に覆われている体は腰がくびれていて男性的な体格には見えない。
この人女の人だ。他の人は皆男性なのに。
「キナセよ。よろしくね、坊や」
声も高く、僕達とは違う。驚いてぽかんと口を開けたままでいるとキトが小さく「よろしく」と言っていた。
「キナセさんはベーナ族の女性にしては珍しくとても勇猛な人なのよ」
「でなかったら第二兵団を纏められやしないわ」とぼそっとヨハナさんが言った。
ベーナ族の女性は戦いを好まず、ふくよかな人が多い。女性がふくよかであればある程美人とされていてどのベーナの女性も食べることを厭わない。逆に痩せている女性は不美人らしい。顔の造詣は関係ないのだとか。その中でも戦いに身を置く第二兵団の総団長をしているキナセさんはとても珍しい存在なのだ。
「こちらは警備隊総隊長オーリさん」
オーリさんは茶色の耳に茶髪のベーナ族の男性で、浅黒い革鎧に包まれた体はグージさん程ではないけど大きい。目元の皺を緩ませて笑う顔は優しい。顔は厳ついけど。
「それからこちらが職人ギルドのギルドマスターエイクさん」
初めてではない名前を聞いて顔を向けると、銀細工工房シリカの店主が僕を見て目を見開いて驚いていた。その視線から察せられるのはなんで僕がここに? と言ったところだろうか。
「坊主、お前……」
「二人は知り合いなの?」
ヨハナさんの問いに頷いて先日行ったやりとりを告げるとヨハナさんがふーんと言ってエイクさんの横にいるキャリロの人に顔を向ける。
「知り合いなら紹介なんていらなかったかしら。……で、エイクさんの隣にいるのが商人ギルドのギルドマスターポメメさん」
ヨハナさんの視線を追った先にいたのはまだ子供と言ってもおかしくない程小さなキャリロだった。頭にある大きな耳は山では見たことない白い色をしていて髪も白く、目はキャリロが持っている翠の瞳だ。
毛糸で出来た白いポンチョを着ている彼の頭の耳の間には赤い小さな帽子が乗っている。
「商人ギルドのギルドマスターとキャリロの族長をしているポメメです。あ、こう見えてもきちんと大人ですので。こう言う見た目だから侮ってくれる輩が多くて助かってますけどね」
肩を竦めて見せる彼はおどけているように見えたけど、背筋が少しだけ寒くなった。
「では次ね。彼は探索者ギルドのギルドマスターのアレクさん。何か困ったことがあって依頼したいことがあったら彼にお願いするといいわ」
ポメメさんの隣に座るのは黒い耳と黒い髪の眼光鋭いアロ・リオネラ だ。金色の瞳が怪しい光を放った気がして思わず唾を飲み込んだ。
「そして、キトちゃんとリトちゃん。ヴィヌワを纏めているのはキトちゃんよ」
ヨハナさんに紹介されてぺこりとお辞儀をすると「ルピドと番になったと言う?」と言う声が聞こえてきて顔を上げてる。
「ルピドと番になったのはリトちゃんの方よ」
ポメメさんの問いにすばやく答えたヨハナさんが僕の後ろにいるシヴァさんを見てにこりと笑った。
「さ、紹介は終わったから会議に入りましょ」
皆を見回したトナーさんがパンパンと手を叩く。その音が会議の始まりだった。
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