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3章 27話 消えた匂い

 ヨハナの母親が持ってきてくれた料理はどれも美味しそうなものばかりだ。乳白色をしたスープには大きな肉や野菜がごろごろと入っていて見目も色鮮やかだ。メインの肉はこんがりと狐色に焼かれていて添えられたパンはリトが大好きな胡桃のパンによく似ている。 「しっかり食べてお昼からもお仕事頑張るのよ。皆さんもおかわりは沢山ありますから遠慮しないでおかわりしてくださいね」  にこにこと笑ってからそう言うと盆を持って店の方に戻っていった。 「さ、遠慮しないで食べて頂戴」  ヨハナの言葉に手をつけて思わず呻いた。これほど美味しい料理は砦に来ても食べたことが無い。乳白色のスープは魔牛の乳を使って作られているのかコクがあり入っている肉や野菜は甘みが引き出されている。山羊の乳を使ったヴィヌワのスープとは違いとても濃厚だ。特に使われている肉と芋が美味い。 「ふふふ うちのスープ美味しいでしょ? これ目当てにくるお客さんが多いのよ。なんせポポロ鳥を使っているからね」 「ポポロ鳥は高級品なんじゃなかったか?」 「うちはね、独自のルートでポポロ鳥を仕入れているから安く提供できるの。って言っても他の定食屋よりは高くなっちゃうけど」 「この胡桃のパン美味しいね、ヨハナさん」 「それはね、ヴィヌワのパンを模して作って改良したものよ」 「ヴィヌワの?」 「そう。うち、ヴィヌワの料理を母が研究してるのよ。ヴィヌワの作る物は素朴な味わいの物が多いでしょ。あたし、それが好きなんだけど、砦の人の口にはなかなか合わなくてね。それを砦の人達の口に合うように改良したのが母なの」 「お料理が好きなんだね。ヨハナさんのお母さん」 「そうね。料理が大好きで、ちょっと困ることもあるけど……」  ぽりぽりと米神を掻いたヨハナが苦く笑う。 「義母はただの料理バカだ」  ぼそりと言ったユシュの言葉に「その通りね」とヨハナがくすくすと笑った。 ***  腹も満たされ食後の茶を頂いているときシヴァがぽつりと呟いた。 「もしかしたらルピドの嗅覚も役に立たないかもしれません」  シヴァの言葉に和んでいた雰囲気が一気に変わる。ヨハナは居住まいを正しユシュはピクリと耳を震わせて片眉を上げ訝しげにシヴァを見る。 「さっきキトさんが言ってましたよね。音が拾えないと」 「そうなの? そういえば……僕あんまり遠くは無理だから近くの音を拾うようにしてたけど、風の音が煩くて音を拾うのが難しかった」 「まるで嵐の時のような音が耳に入ってどうしようもない」 「ルピドはヴィヌワと違って匂いを辿って捜索をしてたんでしょ? 関係ないじゃない」 「それがですね。捜索を開始する際、ヴィヌワの方の持ち物の匂いを嗅がせてもらいましたよね。その匂いがしないんです」 「匂いがしない?」 「保護区の中では嗅ぎ取れますけど、中央通りに出ると匂いが無くなります」 「それは、おかしいわね」 「突然匂いを遮断されたと言うか、忽然と無くなった、と言うか……なんて言えばいいのか……」 「もしかしたらヴィヌワは匂い消しを使っているのかもしれん」 「それを使っていたとしても我々ルピドやリオネラから匂いを隠すことは出来ませんよ。特にルピドは雷魔法を使って鼻を刺激し嗅いだ香りを増幅させて捜索しているので逃れることは出来ません」 「強力な匂い消しの薬が発明されたとかじゃない?」 「そうだとしても、人の匂いがいきなり中央通りに出たらしなくなる、なんてありますか? 何か、おかしいんです」  そう言ったきりシヴァは顔を俯けて考え込んでしまった。 「ここにいる人だけなのかしら? 他の捜索隊はどうなのかしら。気になるわね」 「精霊様が探すなって言ってるのかな……」  リトの言葉にどきりとする。我々の味方である風の精霊様が邪魔をするなんて考えたくはないが……だが、ヴィヌワの聴覚もルピドの嗅覚も何の役に立たないのでは考えてしまっても仕方ない。 「何の為に? 風の精霊はヴィヌワを愛しているんでしょ? そのヴィヌワの行方が分からないのに精霊が探させないなんてあるはずないでしょ?」 「そうだけど……」 「ユシュ、何か通信はきてる?」 「いや、着てない。が、通信の魔道具の調子が悪い」 「魔道具が? 壊れたのかしら」 「ここで話しても仕方ないことだ。捜索隊本部に話を聞きにいかないか?」  皿を下げるヨハナの母がリビングに入ってきたのを合図に皆立ち上がった。 ***  種族存続機関の建物に戻り捜索隊本部に顔を出すとどこもかしこも人で溢れていた。いったい幾らの人数がここにいるのか分からないが、騒然としている。 「ヨハナ」  ヨハナに声がかかり振り返ってみれば、知らないシニス・ルピドの男が立っていた。ヨハナより少し低いくらいだが、俺よりも上背があって体もがっしりとしており、革鎧から見えている腕には何本もの傷がある。歴戦の戦士だと伺える風貌だが、顔は優しげで美しい。 「あ、隊長。お疲れ様です」 「何か分かったことがあったか?」 「分かったこと?」 「山の調査が切がいいところで戻れって言われて戻されてよ。捜索隊の中に混じれってトナーに言われて捜索をしてたんだがな。鼻が利かない。んで、鼻が利かない理由が分からねぇから何か分かるかもしれねぇってこっちに戻ってきたらちょうどいいところにヨハナ、お前ぇがいたってわけだ」 「それが、あたしにも分かってないの。キトちゃんとリトちゃんの聴覚もだめだって言うし」 「ヴィヌワの耳もか……」  ちらりとこちらを見た隊長と呼ばれた者がリトを見て「ちっちぇ」と呟いた。

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