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3章 33話 保護された子
「皆逃げて!」
風を纏い弓を引き絞り魔力を乗せて風の矢を放つ。俊敏な動きを見せる魔物にはどの風の矢も当たらないけど、ボクは力の限りに闘っていた。山での戦闘経験は少ないけど、狩には自信があったし、友達の中ではボクが一番の魔弓の腕をしてたから。
どんなことがあったとしてもボクが皆を守ってみせる。だから――
「早くにげてーーー!」
「セナッ!」
「いいから皆逃げて! ボクが相手をしている間に! 早くっ!」
囮を買って出たのはボク。
ボクの命で皆が助かるならそれでよかった。
噂を引き込んだのはボク。
これは、ボクの罪滅ぼし。
「ああああああああああ」
噛み付かれた足から血が吹き出し、覆いかぶさってきた魔物に耳を食いちぎられた。
皆はちゃんと逃げ出せたかな。
「……みん、な……」
父さん母さん兄さん痛いよ。
キト様リト様、ごめんなさい。
リリ、ネネ、ケイ、ラス、カナ、アキ、ヤサ、ハス。
どうか愚かなボクを許してください。
「……に……げ……て……」
一人一人の顔がボクの頭の中を過ぎっていく。
魔物に食いつかれ、ぐちゃぐちゃになった足をボクはただ淡々と見ていた。死の間際に冷静に見ている自分自身が不思議だった。
初めにあった恐怖が段々と薄れていく。感じていた痛みが、無くなっていく。
ボクの命の灯は後どのくらいなのだろう。
皆が逃げれる位の囮にはなれただろうか。
《グルオオオオオオ》
更なる魔物の咆哮にボクは目を瞑った。
――どうか皆が無事に安住の地につきますように。
***
「薬師様、この子もちますかね?」
「ここまで酷いのは初めて見た。どうなるか分からん」
ぼそぼそと聞こえてきた声にボクの意識が浮上する。
食われた箇所がずきずきと痛み熱を持っている。
「薬師様! この子動きましたよ! 見ました!?」
「俺の目の前に寝かせてるんだから見えてるだろうが。それより静かにしろ」
暖かい何かがボクの足に流れてくる。それは、どこか覚えのある感覚だった。
「やはりだめか……」
「あの?」
「損傷が酷すぎだ。足は切るしかない」
「そんな! 歩くことができなくなるじゃないですか!」
「切断するしかない。しなければこの子の足は腐って落ちる。腐った足は他の所も腐らせる。そうしない為にも切断するしかないんだ」
「そんな……」
「器具を準備してくるからこの子を見ていてくれ」
「……分かり、ました」
かたんと音がして静かに足音が遠ざかっていく。
「僕がもっと早くに見つけてたら君の足を切断することもなかったね。ごめんね」
優しく撫でられて泣きそうになった。
「痛いよね。でもきっと良くなるから。だから、頑張るんだよ」
温かい布で顔を拭われたところでボクの意識は闇に溶け込んだ。
***
「どうだ? 目は覚めたか?」
「薬師様、それが……」
「今日も目覚めないか」
「はい」
またぼそぼそと聞こえた声にボクの瞼がぴくりと痙攣した。
ボクを助けてくれた人の姿は見たことないけど、時折話しかけてくれ、体を拭ってくれる。
「熱は下がったし傷も治ってきてるから目覚めてもいいはずなんだがな」
「もしかして、臓物まで食べられてしまったんでしょうか」
「いや、腹には傷はなかったから臓物まで食われてはおらんだろ」
「だといいんですけど……」
「そうだ。栄養はちゃんととらせてるか?」
「はい。ここらへんで取れるチコリの実を擦って液状にして口に入れてるんで」
「おいおい。チコリの実って高級品じゃないか」
「ここらへんじゃ腐る程取れますから」
「ま、そうだが……」
「栄養価が高いのをって言ったのは薬師様ですよ」
「そうだな」
「早く目を覚ましてくれませんかね?」
「こればっかりは、俺にも分からん」
「耳が無いんじゃ種族も分かりませんし……尾も見当たらないんです」
「尻のあたりに血は流れてなかっただろ?」
「そうなんですけどね。体を拭くのに服を脱がせても尾の先が無いんですよ」
「昔に切られたか、食われたか……可哀想にな。ちょっと見てみるか」
ごそごそと音がしてボクの体が反転する。
「おい! こいつヴィヌワだぞ!」
「え?」
「この尾の形状はヴィヌワだ! なんで気づかないんだ! お前は!」
「そう言われても……僕はヴィヌワは見たことないですし……」
「お前な……学校で習っただろうが!」
「僕、ほとんど寝てたんで……」
盛大なため息が聞こえてきて静かになった。
「砦に連絡しないとな」
「砦に?」
「ヴィヌワを見かけたら連絡しろとのお達しだ」
「何でです?」
「砦で何人かヴィヌワの行方不明者が出てるそうだ。その一人かもしれない」
「ええ?! 大変だ!」
「おい、水鏡を出せ」
「そんなもの無いです」
「何で無いんだよ!」
「僕、魔道具嫌いなんです」
がしがしとどこかを掻いている音が聞こえてきた。
「どうすっか……」
「って、砦にヴィヌワがいるんですか?」
「~~~~~~かーーーっ!! なんでお前はそんなに世情に疎いんだ!」
「気ままな一人暮らしですから」
「人里に住めと言ってるだろ!」
「僕はここが好きなんです」
「お前な。往診にくる俺のことも考えろ! ここに来るまで何時間かかると思ってる!」
「三時間?」
「五時間だ! お前と違って俺の足は短いんだよ!」
「足だけじゃないですよね。背もですよね」
「キャリロをバカにしてんのか!」
「そんなことは無いですけど?」
「……くっ!」
ボクは罪を贖えなかったのだ。
「あ!」
「なんだ!」
「見ました? 今この子少し動きましたよ。こう、ぴくって! ぴくって!」
「何をのんきなこと言ってるんだ。それより砦に連絡だ! いいか、バエク。俺は町に戻って砦に連絡を入れてくる。俺が戻ってくるまでにお前は旅支度を済ませておけ」
「え? 何故?」
「保護したものが最後まで責任を持つ! これ常識な!」
「そうかもですけど……この子今動かせる状態じゃないと思うんです」
「ほう。お前にしてはまともな事を言うんだな」
「さすがの僕も今の状態で動かしたら危ないのは分かりますよ」
「お前は獣性が強いからな。勘で言ったか?」
「あ、僕の顔を見て言いましたね? 傷つきます」
「とりあえず俺は砦に連絡を入れてくる」
「分かりました。僕はこの子にご飯をたべさせます」
「あん?」
「お昼です」
「もうそんな時間か。連絡を入れたら戻ってくる。飯を食ってな」
「いっぱい食べてきてくださいね。でないと背、伸びませんよ」
大きな音をさせてばたんと扉が閉まるとボクを助けてくれた人がボクが寝ている傍にきた。
「早くよくならないとね。そのためにはご飯を食べないと」
優しく声をかけてくれるのに、ボクはその声に答えることはできない。
皆は大丈夫だっただろうか? 逃げ切れただろうか? 安住の地についただろうか? その事ばかりが頭の中を占める。
心の奥の声がボクに言う。何でお前は生きているんだと。
ボクが皆を危険な目に合わせた。
ただの噂だからと軽んじたのはボク。
何故、と後悔してももう遅い。
なんで、ボクは生きているのだろう。
何か言われた気がしたけど、ボクの耳には何も入ってこなくなった。
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