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3章 32話 伝えたい事
会議はとっくに終わっているのか僕とシヴァさんが戻った時には和やかに皆で話をしているみたいだった。シヴァさんの背中に隠れて会議室の中を覗いてキトをこっそり見るとキトが僕に笑いかけてくれた。
「リト」
賑やかな会議室の中なのにキトの声だけを僕の耳は捉えた。
「リトさん、お話するんでしょう?」
シヴァさんに背中を押されて前に出されると隠れる所が無くなって困ってしまう。後ろにいるシヴァさんを振り返るとシヴァさんが家にいた時のように笑ってくれた。
そうだ。僕はキトときちんと話をしないと。何の為にここに戻ってきたのか分からない。話せばキトは分かってくれる。
「あの、あのね、キト……あの…」
「どうした? リト」
僕の傍にきたキトが僕を覗き込んで優しく笑ってくれる。
「僕ね、僕もキトが心配なの。二年前のこと覚えてる? あの時のキトは……」
「覚えている。死にそうだった俺に回復魔法をかけてくれたな。こうして俺は今も生きている。リトのおかげだ」
「……僕、怖いんだ」
俯いた僕の手を取ったキトが少し揺すって先を促す。
「キトは山以上に草原は危険だって言うでしょ?」
「山の魔物とは違う魔物が出る。俺が見たこともない魔物が」
「回復魔法が苦手なキトが草原に一人で行ったら、僕はキトを失ってしまうかもしれない。そう思うと……怖いんだ」
耐えられなかった涙がぽたりとキトの手に落ちた。
「二年前みたいに大怪我を負ったら誰がキトを回復するの? あの時みたいにキトが……キトが……」
「そうか。……そうだな」
勇気を貰っただろ。僕! キトが今までずっと僕の傍にいて、体も、心すらも守ってくれていたように僕もキトを守りたいって言わなくちゃ!
「足手まといにならないように頑張るから! 重荷にはならないようにするから! お願いだから、僕も、草原に連れてってよ! キトを守らせてよ! キトが今まで僕を守ってくれていた様に!」
ぐっと顔を上げてキトを見るとその目は少しだけ潤んでいて、そして僕の頭を優しく撫でた。
「お前は、もう子供では無いのだな」
少し切なそうに眉を下げたキトの呟きはとても小さなものだった。
「キト?」
「リト、俺と砦に来る前に俺が言ったことを覚えているか?」
「来る前?」
「そうだ。食事をしながら二人で話したな? 覚えているか?」
「山は危険だって。長旅になるって。それからじょ――」
「それではない。その先に言ったことだ」
「キトの側から離れない。逸れたら近くに隠れてキトを待ってる。教えられる事に根を上げない」
「そうだリト。決して俺の傍を離れてはいけない。シヴァや他の皆がいるから逸れる事にはならないだろうが……。俺の傍でなくとも必ず誰かの傍にいること。それから、これから言う事が一番大事なことだ。俺はお前に狩を教える。何があっても根をあげてはいけない」
僕の目を見て言うキトはいつもと違って気迫がある。まるで魔物と戦う時のキトみたいで少し怖い。だけどここで目を逸らしてはいけない。僕の本能がそう言っている。
「俺はお前が泣こうが喚こうが甘やかさない。お前が魔弓で魔物の眉間を貫けるようになるまで、絶対に教える手を緩めない」
誰かが唾を飲んだのかごくりと言う音が会議室に響いた。
「俺が言ったことが守れるか? リト。守れないのであればお前は連れては行けない。砦の外は甘い世界ではない」
「守れる!」
「シヴァ。この子に狩を教えている間何も言うな。お前達と俺達では戦い方が違う」
僕から目線をあげてシヴァさんを見ているのだろう。凄みのあるキトがシヴァさんを射抜くような目で見ていた。
「私は何も言いません。貴方が言ったように草原は山とは違い甘い世界ではありません。一つでも間違えれば死ぬのは私ですから」
「ならいい」
話が終わったのかキトが顔を戻し僕を見ると頬に流れた僕の涙を拭ってくれた。その顔は先ほどの気迫はなくいつものキトに戻っていた。
「リト。草原に向かうのは一週間後だ」
「あの……」
「何だ?」
「僕、行っていいの?」
「ああ」
こくりと頷いてくれたキトに嬉しくなって飛びついた。
シヴァさんが言った通りにキトと話をしてよかった。
「ありがとう! キト!」
「ああ、そうだ。リト、草原の本を三冊渡すから三日で覚えなさい。戦闘は実戦で覚えてもらう」
「はい!」
周りが「え?」とか「うそだろ?」とか「キトさんは鬼ですね」って言っているのが聞こえてきたけど、僕はそれが気にならないほど嬉しかった。
そして鞄からキトが取り出した三冊を見て僕は愕然とするのだった。
***
「マッドドッグ」
「マッドドッグ。四足歩行の犬のような魔物」
「特徴は?」
「鋭く伸びた犬歯を持つマッドドッグ。強靭な顎の力の破壊力は草原随一。噛んだら千切れるまで獲物を離さない」
「弱点は?」
「えーっと、弱点は、弱点は……」
隣に座っているシヴァさんを見るけど、キトが僕にくれた山の魔物図鑑を読んでいてこっちを見る気配はまったくない。
「えと……」
「リト。これが最後の問題だぞ? 他は全部覚えたのにこれだけ覚えてないのでは、やはり草原には連れていけないな」
「火に弱く、えっと……焚火の火や着火の魔道具でも火を恐れて逃げる。だけど、闘争本能が強く戦闘態勢に入ったら火が見えても一目散に獲物を狙いに行く。って書いてあったかな」
「では戦闘方法は?」
「戦闘方法は、剣だと魔道具で剣に火をつけ切り付ける。魔弓だと……特別な矢を用いて目を狙う」
「目を狙う理由は? 特別な矢とは?」
「体毛が多く矢では弾かれることがあるから。特別な矢は火の魔法が付与されている矢」
「正解」
「やったー! これで僕、草原に行ける?」
「そうだな」
ソファーの上でぽよんぽよんと跳ねて喜ぶ僕の頭をキトが近くに来て撫でてくれた。
「よく覚えたな。リト、偉いぞ」
「えへへ」
あの日から三日の夜。僕はキトから出された問に答える形で試験を受けた。これが合格出来なかったら草原には連れていけないと言われて僕はこの三日必死に覚えたのだ。
キトから渡された草原の魔物図鑑と獣図鑑は山の魔物図鑑や獣図鑑よりも分厚く、五センチもの厚さだった。載っている魔物だって山とは違い魔物図鑑や砦に来るまでに見た魔物とは比べることも出来ない程だった。ホーンラビット一つとっても全然違う。山のホーンラビットは体も小さく温厚で僕達人を見たら逃げ出すこともあるけど、草原のホーンラビットは角が二本ある上に人を見たら突進して襲ってくるのだ。ゴブリンやオーク等の亜人は山と変わらないけど。
「ルピドのマッドドッグとの戦闘方法は、剣に雷魔法を付与させ戦います」
「ほう」
「そうなの?」
「火魔法に弱いのに雷?」
「雷魔法は痺れさせることもできますから」
「では痺れている間に倒すのか?」
「そうですよ。雷魔法の行使が上手な人は一撃で倒す人もいます」
ぱたんと図鑑を閉じて顔を上げて言ったシヴァさんの声にいち早く反応したのはキトだった。
「さてリト」
「はい」
「全問正解で合格だ」
「はい!」
「戦闘は実戦をして経験を積んだ方がいいから草原に出る四日後からだ。厳しく教えるからちゃんと付いてこれるように戦闘方法の本を隅から隅まで読んでおきなさい。それと明日から草原に出る間、一日も欠かさず魔弓を的に撃つこと」
「はい!」
にこりと笑って言ったキトに満面の笑みで答える。隣のシヴァさんを伺うように見るとまた魔物図鑑を見ていた。真剣な表情をして読んでいるシヴァさんの邪魔をしては悪いと思った僕は早速キトに渡されていた戦闘方法の本を読むことにした。
僕はキトとシヴァさんとヨハナさん達と四日後、草原に出る。遊びで行くのでは無い。行方の分からないヴィヌワの子やキャリロの子を探しに行くのだ。無事だといいと願う。神様どうか、皆をお守りください。
風が微かに僕の頬を撫でていった。
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