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3章 31話 シルヴァリオ
息切れを覚え足が止まる。とろとろと中央通り歩いてどこに行こうかと迷う。今はまだヴィヌワの保護区に帰りたい気分じゃない。こう言う時ってどこに行けばいいんだろう。
「リトさん、あまりフラフラしては危ないですよ」
誰かにぶつかりそうになって避けると頭上から声がかかった。顔をあげて相手を見ると会議室においていったはずのシヴァさんだった。
「シヴァさん…………ふぇっ……」
「リトさん戻りましょう?」
今はまだどこにも戻りたくない。首を横に振って否定するとシヴァさんが僕の頭を優しく撫でてくれた。
「今の気持ちでは戻りたくないですよね。では、私の持ち家に行きましょうか」
シヴァさんに肩を抱かれ僕とシヴァさんはシヴァさんが持っている探索者近くの家に行くことにした。
***
膝を抱えてソファーに座る僕の目の前にシヴァさんが香茶の入ったカップをことりと置いて僕の隣に座った。
「さぁ、香茶をどうぞ。落ち着きますよ」
僕の涙を拭い背中をさすったシヴァさんがカップを持たせてくれ、また背をさすってくれる。
その仕草がどこかキトに似ていた。
小さい時、キトは僕が泣いているといつも背中をさすって慰めてくれた。絵本に出てくる魔物が怖いと言って泣いて、影の中に何か潜んでいるんじゃと思って泣いて、キトの姿が見えないだけで不安になって泣いて、そんな泣き虫の僕をいつもいつもキトは傍にいてあやしてくれた。
そんなことを考えていたからか、僕の口から出た言葉はキトの事だった。
「キトはね、いつもいつも僕の事ばかりなんだ」
「そうですか」
「他の子が遊んでる時も、体の弱い僕のそばにいつもいてくれた」
熱を出していないかと心配してくれて、ご飯をあまり食べれない僕に食べやすいようにと工夫してくれて、不安がって泣いてる僕を慰めてくれて、魔法の事に関しては厳しいけど、覚えの悪い僕にいつも時間をかけて教えてくれた。回復魔法がすぐに使えた時、キトは僕以上に喜んで褒めてくれた。
自分のことは疎かにしてでも僕を見てくれた。僕を大事にしてくれた。僕を愛してくれた。十代と言う多感な時を全て僕に費やして育ててくれたキト。
山は草原とは違うってキト自身が言っていた。そんな危険なところに回復魔法が苦手なキトが行けば、僕は大事なキトを失ってしまうかもしれない。そう思うと怖いんだ。
二年前みたいに、大きな怪我を負って、回復も出来ずに、失ってしまうじゃないかって。
「リトさんはキトさんが心配なんですね」
そんな事をのろのろと話していたらシヴァさんがぽつりと呟いた。
「うん。とっても心配」
「そうですよね。心配ですよね」
「二年前、キトの腕は回復不可能なところまで損傷してたから、薬師の婆様が切断したんだ。脇腹は食い千切られて腸 が見えてて……もう少し傷が深かったら危なかったって……婆様が……」
「そんなに酷かったのですか?」
「……うん。怖かった。キトが死んじゃうって思って怖くて……頑張って治したの」
キトは使うなって言ってたけど。僕はキトが気絶してすぐに上級魔法を使った。回復して起きたキトには怒られたけど……。
あの時みたいに大きな怪我を負えば、今度こそキトは死んでしまう。
人は、簡単に死んでしまう。ちょっとした傷だからと言って回復もせず放置して亡くなった人だっていた。魔物に食い殺された人だっていた。川に落ちて亡くなった人だっていた。家の立て付けが悪くなってるからと屋根に上って落ちて死んだ人だっていた。
僕の魔法を使えば、失った腕や足を生やすことは出来る。だけど、僕の魔法をもってしても僕は人を生き返らせることは出来ない。
「貴方がキトさんを心配していると話したことはありますか?」
不意に聞かれて戸惑う。
「ありますか?」
「な、無い。キトはあの時の話をすると怒るから。二度と上級魔法は使っちゃいけないって」
「そうですか」
そう言ってシヴァさんは黙り込んで何かを考えているのか顔を上げて天井を見ている。何分たったのかそうしていたらシヴァさんが顔を戻して僕を見た。
いつも笑顔のシヴァさんの笑顔が見れなくて少し戸惑う。
「シヴァさん?」
「キトさんはリトさんが心配なんですよ。草原は山みたいに温厚な魔物がいるわけではありません。出てくる全ての魔物が獰猛で狡猾で凶暴です。そんなところに貴方が行けば、戦うことも出来ずに死んでしまう。キトさんは貴方をそんなところに行かせたく無い。キトさんのその気持ち、分かります」
「そんなの! 僕だって!」
「でも、キトさんを心配するリトさんの気持ちも分かります」
凪いだ波のような静かなシヴァさんの気持ちが流れてくる。
「二年前、キトさんを回復する為にほとんどの魔力を使ってキトさんの体を再生されたんですよね。それは、リトさん、貴方がキトさんを想ってのことだと思います。二年前の事でキトさんが怒ってしまっても、心配しているのだと伝えることは大事だと思いますよ。人は口で言わなければ分かりません。どんなに大事で大切に思っていたとしても、口で言わなければ言ってないのと同じです。キトさんに言ってみませんか? そうすれば、キトさんの今の気持ちも変わってくるかもしれません」
「キトの?」
「貴方を心配するあまり、キトさんは貴方を草原に出したく無い。その気持ちが変わるかもしれませんよ」
「……でも」
キトはまた怒るかもしれない。きっとさっき以上に怒る。さっきのキトは見たことない程怒っていた。キトの心を疲れさせるようなことはしたくない。だけど……僕は……
「シルヴァリオ」
「え?」
「貴方にこの言葉を捧げます。ルピドの古い言葉で意味は、勇ましき者、または勇気ある者、です」
その言葉って……。
「貴方がキトさんに伝える勇気が出るように。この言葉を貴方に」
「シヴァさん、その言葉って」
「はい。私の真名です」
ふわりと笑ってくれたシヴァさんの笑顔にだんだんと勇気が出てくる。
「僕、キトに言ってみる。僕もキトの事心配してるんだって。それで、一緒に連れてって欲しいって」
「はい」
大事な大事なシヴァさんだけの真名。それを僕に捧げてくれると言うシヴァさんに僕もにこりと笑って伝える。
「僕はリトゥレス。風の子って意味だよ」
「貴方にぴったりの可愛い名前ですね」
「えへへ」
「貴方にずっと捧げたかったのですが、なかなか二人きりになれる時間がありませんでしたからね。今回伝える事が出来る時間がもててよかったです」
シヴァさんはいつだって僕に勇気をくれる。僕が進みやすい道を時には選んで、時には先に行って待っててくれる。無知で頼りない僕だけど、シヴァさんに頼られる存在になりたい。
シヴァさんだけじゃない。キトにもジトにも、そしてヴィヌワの皆にも。力の無い僕がこんな事を言うのは烏滸がましいかもしれない。でも思ってしまうんだ。
僕をこうして元気付けてくれて勇気をくれるシヴァさんみたいな頼れる存在に。いつか、いつかきっと。
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