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3章 30話 二人だけの兄弟
「駄目だリト」
キトのいつもと違った迫力に怯みそうになるけど、拳を握って叱咤する。砦で待っているより皆をこの目でこの鼻でこの体で探したい。砦で皆の安否に戦々恐々となったまま待っていることなんて出来ない。
僕は神子だ。
「絶対行く!」
「遊びでいくのではないのだ! リト!」
「知ってるよ! でも皆が心配なんだ!」
「駄目だと言っている! リトに何が出来る! 戦う術も無い! 獣を捌く時でさえ震えていると言うのに! 獣も魔物も出る! そんな危険なところに行かせられるわけがないだろう!」
立ち上がったキトに腕を掴まれて諭される。だけどここで引けば絶対連れて行って貰えない! そんなのはだめだ! 嫌な予感がするんだ!
「だからだよ! 怪我をしている子がいるかもしれない!」
「だからなんだ! 自業自得だ! 俺は草原には出るなと言った! それを聞かずに出たのはあいつらだ!」
ここで引いたらキトを、草原に出た子皆を失うんじゃないかって怖いんだ。だから、絶対に行く!
なのに……
「お前は神子だ! ヴィヌワの神子だ! 今ここで失って良い命ではない!」
「じゃあ他の子は良いって言うの!?」
「お前の命と無謀な者の命を一緒にするな! いいかリト! いい子にして待っていろ!」
何で、何でキトは分かってくれないの!? 僕の命も他の命も皆同じだ。神子だとか神子じゃないとか関係ない! 誰の命も尊いものだと教えてくれたのはキトじゃないか! 僕の魔法は絶対役に立つ!
こんなことは言いたくないけど
「キトは回復魔法苦手でしょ! 僕が行けば――」
「だからどうした? 俺はお前が言う通り回復魔法が苦手だ。だが攻撃はヴィヌワ一だ」
守られてばかりで弱い僕。こんな僕でも皆を守りたいって思うんだ! 弱い僕を皆が守ってくれたように僕も皆を守りたい。……それに、呼ばれている気がするんだ。
「僕だって、僕だって、ワ村のヴィヌワだッ!」
「……ぁ……」
キトなら分かってくれると思っていたのに!
体が勝手に動いていた。キトが怯んだ隙に掴まれた腕を振り払い僕は会議室を出て走りだした。
***
「私はリトさんを追いかけます。会議の話は後で聞かせてください、キトさん」
シヴァに声を掛けられて自分の手を見つめる。言うことを聞かないリトが歯がゆくて思わず手が出そうになった。リトの腕を掴んだのはよかった。でなかったら叩いていただろう。
握った手が僅かに震えている。反抗することのなかったリトが反抗するだなんて……。
「キトちゃん、リトちゃんはもう十五歳よ。自分の思う通りやらせてあげなさいよ。手塩にかけて貴方が育てたから心配なのは分かるけど……いつまでも子供は子供のままではないわ」
「そんなのじゃない」
あの子を失えばヴィヌワは立ち行かなくなる。
いや、そんなのは建前だ。二人しかいない兄弟だ。父さんも母さんもじーさんももういない。二人だけの、兄弟だ。
山と草原では出てくる獣も魔物も違う。俺でさえ対処できるか分からないのに。そんな危険な場所にリトを連れていく? そんなことは出来ない。
「リトは、攻撃魔法が使えない」
「だからなんだ? ルピドの者で攻撃魔法が使えなくとも戦っている者はいる」
「子供を甘やかせるのはヴィヌワの悪いところだと思います、僕は。彼は十五歳、成人しているのでしょう? 立派な大人です。大人として扱うべきです。いい子にして待っていろ、なんて子供に言ってるようでしたよ。だから彼は腹をたてたのでは?」
そんなことでリトがあんなに激昂することがあるだろうか? いや、ない。あの子は……
「回復魔法しか使えないんだ……」
「なら皆で守ればいいじゃない。何をそんなにためらっているの? 神子がどうとか言ってたけどそれと関係あるの?」
「回復魔法が得意なんですか? それはいいことです! メルルとウルルは回復魔法が苦手でしてね。どちらかといえばメイスで殴るのが得意です」
「ポメメさんちょっと静かにして」
すでに自分が神子だと自覚していると言うのか? だから、皆を連れ戻すと?
「キト、貴方の背中を見て育ったリトはまっすぐに育っている。弓の一本で屠ってやろうとしている様を見たか? リトが弓を手に掛けているのをいつ見た? リトは弓が上達してきている。あの子の腕を信じてやれ」
ユシュの静かな声に顔を上げその場にいる全員を見渡す。
心底不思議だと言う顔をしている皆に俺はここで自分の気持ちを吐露してしまった。
「俺では守れない、かもしれない……」
「キトちゃん、それが本音? あたし達は草原で戦っているから草原のスペシャリストよ。貴方もリトちゃんもしっかり守る。それがあたし達の仕事。ユシュは兵団の護衛任務の中ではぴか一の腕をしているしタンクとしては優秀よ。ユシュを出すんでしょ? グージさん」
「あ、ああ」
「この通り大丈夫。貴方一人で守ると思わないで。あたし達も全力で守る。それに、草原の事が分からないならこれから勉強していけばいいことよ。捜索の途中でもあたしが教えてあげるわ。だから怖くないわよ」
怖い? 俺は怖いのか?
「誰でも初めての場所は怖いわ。あたしも初めて山に行くときは怖かったもの」
怖いのは怖い。だが俺はリトを失うのが怖いのだ。戦うことが怖いのではない。
「キトちゃん。リトちゃんは自分の殻を自分で破ろうとしている雛なのよ。それを妨げないであげて。でないと空を飛べない鳥になってしまうわ」
ふいにシヴァの言葉が頭に浮かんだ。”リトさんの心が子供なのは貴方達の所為ではないのですか?”リトの能力を初めてシヴァに話したときに言われた言葉。
「俺は……」
「リトちゃんを連れていってあげて? 後からこっそり連いてこられても困るし」
「……あ、ああ、そうだ。そうだな」
あの子を信じよう。神子だとかはこの際どうでもいい。あの子の可能性を信じよう。それが育てた俺にしてやれることだ。
「さて、お話もまとまったようですし、捜索隊の出発日時も決めてしまいましょうか」
「草原の魔物図鑑は見たかしら? キトちゃん」
「見た。頭に全て入っている」
「そう。なら後は戦闘だけかしら? 戦闘方法の本を渡すから呼んでおいてくれる?」
「それも読んだ」
「ならリトちゃんにも読むように伝えておいて」
「分かった」
「ってことでトナーさん、一週間後ってのはどうかしら?」
「一週間後、ですか……ま、そこは警備隊に頑張ってもらいましょう。オーリ、聞いている通りです。今日にでも草原へ警備隊の捜索隊を向かわせてください」
「まじかよ~~~……」
頭をぐしゃぐしゃと掻き毟るオーリを皆が笑って見ていた。
俺は顔を窓に向けて外を見る。荒れていた風はやみいつの間にか日の光が空の天辺にまで上っていた。
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