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3章 エピローグ 北へ
「リト様、魔物避けの香木は持ちましたか?」
「持った」
「匂い消しはつけてます?」
「付けたよ」
「保存食と薬は鞄に入れましたか?」
「入れたよ」
「着火の魔道具と明りの魔道具は入れてます?」
「それはキトが持つって言ったでしょ? ジト」
「ああ、そうですね。そうでした。……それから――」
「ジト、そのくらいにしておけ。何時間やるつもりだ。これ以上皆を待たせる訳にはいかない」
「……あ、申し訳ありません。キト様香木は?」
「持っている」
「匂い消しと薬と後……」
「ジト」
僕が試験に合格してから四日目の朝、僕とキトとシヴァさんは家の玄関で最後の荷物の確認をして、いざ草原側の門まで行こうとしたらジトに捕まったのだ。心配性のジトはいつもこんな感じだ。少し咳をしただけで、心配して僕を寝室に押し込めて出してくれなかったり……。前に聞いたことがあったっけ。キトが初めて行商に出た時も何度も何度も確認をしてきたって。
「そうは言いましても……やはり心配です。ワシも行きます。少し時間を頂けたら……」
「ジト。俺とリトがいない間誰が保護区を纏める。お前が纏めてくれるから俺は安心して捜索することが出来るのだ」
「ヨトがおります」
「ヨトではまだ無理だ」
「ヨルもおりますし」
「あのなジト。心配してくれるのはありがたいが俺もリトももう子供ではない。ちょっとは子離れしろ」
奥さんを子供と一緒に亡くしたジトは僕とキトを本当の子供のように面倒を見て育ててくれた。
「それに、狩から離れて何年になる。草原に出れば山とは違う魔物が出る。俺にお前もリトも守りながら戦えと言うのか? そんなのは無理だ。出来ない。ジト、諦めてここで待っていてくれ」
はぁとため息を吐いたキトが呆れた顔をしてジトを見て、それから困った様な顔でシヴァさんに顔を向ける。
「すまないな。シヴァ」
「いいえ。私は見ていて面白いですけど?」
「面白い?」
「キトさんが子供扱いされているの初めて見ますから」
シヴァさんのそんな言葉にキトが眉間を揉んだ。
「ジト。大丈夫。僕とキトで皆を連れて戻るから。だから待ってて」
キトに怒られてしゅんとしているジトに声を掛けると泣きそうな顔で僕を見てからキトに顔を移した。
「ワシを連れて行って頂けないのならこれを持って行って下さい。祈りを込めておきましたので」
ジトが懐から取り出したのは、手のひらに収まる小さな袋だった。それを受け取ったキトが頷いてから中身を確認している。
「リト様にもこれを。どうか肌身離さず持っていてください」
ジトから受け取って中身を見ると、一房の髪だった。祈りを込めたと言っていたから風の精霊様にお祈りしたのだろう。白い髪が密かに薄翠色に輝いている。
「旅の安全を祈願するお守りです」
「ありがとう。ジト」
「大切にするね。ジト」
「それからシヴァ様。キト様にもリト様にも一つも傷を付けずに戻して下さい」
「二人は必ず守ります。ジトさん」
「頼みます」
僕達から離れたジトが恭しく頭を垂れ、祈りの体制に入った。
「どうか、無事な姿でここに戻ってきてください。キト様、リト様」
「では行ってくる。ジト、ヴィヌワの者を頼んだぞ」
「行ってくるね」
「はい。どうか、どうかご無事で……」
ジトに背を向け歩き始める。ジトの祈りの声はヴィヌワ保護区を出るまで聞こえていた。
***
門の前にはすでに皆が集まっていた。ヨハナさんとユシュ。それから砦に来る時に会ったメルルとウルル。もう一人知らないベーナの人がいるけど誰だろう?
「遅くなってすまない」
「やあ! キト、リト! 久しぶり~~」
「大丈夫よ。皆今来たとこだから」
「そうか。メルル、ウルル久しいな」
「久しぶり。メルル、ウルル」
「僕、キトとリトとは会えると思ってたんだよね。ほら、僕の言った通りだったでしょ? 兄さん」
「そうだねぇ。だけど会議を盗み聞きしてたんでしょぅ」
「そ、そんなことないよ……」
「それよりヨハナ、その人は?」
ヨハナさんの横に立っているのは種族存続機関兵団で着られている革鎧ではなく、調査隊が着る制服のような感じだ。ヨハナさんとは違って着崩していることもなく、前のボタンをかっちりとと全て留めているところを見ると真面目な人なんだろう。
「彼はアウノ。調査隊の一員よ。捜索には出ないわ」
「アウノです。ではヨハナさん、お伝えしましたから僕はこれで」
「わざわざありがとう。アウノ」
「いいえ。では」
彼はいったい何をしに来たのだろう? 首を傾げる僕を見たヨハナさんが言いにくそうにしていたけど、隣に立っているユシュさんに腕をつつかれるとはぁとため息を吐いて手を腰に置いた。
「大変なことが分かったの」
「大変なこと?」
「ここから北に四十三キロほど行ったホノメの町の薬師から連絡が来てね。怪我を負った子が保護されたそうよ。それもヴィヌワの」
「怪我!?」
ヴィヌワと聞いて僕の耳がぴんと立った。横にいるキトを見るとキトは腕を胸の前で組みヨハナさんの先の言葉を待っている。
「詳しいことはホノメに行ってみないと分からないけど……ただね、薬師が保護したんじゃなくてホノメの町から五十キロ先に一人で住んでいる人が保護したらしいの」
「草原で一人?」
「人里が嫌いで一人で住んでるそうよ」
「それはまた、大胆な方ですね」
「だから、まずはそこに行きましょ。魔馬車を用意できたから早くつくでしょ」
「ホノメの町まで一時間ってところだねぇ」
「早く行こうよ! 怪我した子が待ってる!」
「リトちゃん、まだ魔馬が来てないから」
「でも!」
「リトさん、魔馬が来ればすぐですよ」
ヨハナさんの話を聞いて気が気じゃなかった。怪我を負って保護されたってことは自分で回復できない程の重症なんだ。急いで行って早く治してあげなくちゃ!
「リト、落ち着きなさい」
いきり立つ僕の背をキトが撫でてくれる。優しいその撫で方に僕の気持ちがだんだんと落ち着いてくる。
「とりあえずはホノメの町。町で薬師を拾ってそれから一人で暮らしてるって人のところね」
「ちょうど来たみたいだぞ」
ユシュさんの言葉に顔を上げるとこの中で一番背の高いユシュさんよりも巨体の魔馬がいた。三メートルもの巨体は足も太く胴も立派だ。でも、その巨体とは反対に目は優しい。
魔馬を馬車に繋げたユシュさんがキトを乗せてから僕に手を差し出した。
「リト乗るんだ」
「うん」
差し出された手に手を置いて乗り込み、馬車の窓から外を眺める。
これから僕は北へと旅をする。僕がまだ見ぬ世界は何があるか分からない。見たことない恐ろしい獣や魔物。植物だって何があるか分からない。そんな地を僕はキトとシヴァさんと皆と旅をする。不安がない訳じゃない。
いつだって不安だし怖い。だけど、皆を連れ戻すまで、僕は弱音を吐かない。絶対に。
魔馬車が動き始め門が開く。
僕が見たのは、どこまでも緑が続く広大な草原だった。
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