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幕間 そのころのヨト親子
キト様とリト様を見送り、まだ地面に蹲りお祈りをしているジト様を見る。必死に祈っている姿は鬼気迫る様で少し怖い。
「行こうヨル。財務館での仕事がある」
「ジト様はいいの? 父さん」
「いいんだ。一日放っておけば明日には元のジト様に戻ってくれるだろ。キト様とリト様が戻られた時に少しでも休んで頂けるように書類をこなしておきたい」
「はい、父さん」
父さんと歩き始めて振り返るとジト様はまだ神に祈っていた。
***
ペンが動かし書類に文字を書いているジト様をそろりと見る。昨日とは違って書類を捌くジト様は今まで以上に仕事をこなしている。こう言ってはなんだけど、今日のジト様はいつもと違って迫力があって怖い。睨むように見ている書類はまるで天敵を相手しているみたいだ。
「ヨル、手を動かしなさい。今日にはこの書類を終わらせておきたい」
「はい、父さん」
書類に目を向けペンで書き込み始めるけど、どうしても周りが気になってしまう。よくサボる村長達が静かに書類に目を向けているのもいつもと違うし、そこかしこで話が上がっているのに今日はその声も聞こえない。鼻歌なんか歌って書類に書き込みを入れているのは父さんだけだ。
「あの、父さん」
「なんだ? ヨル。分からないところでもあるのか?」
「いえ、それはないけど……」
僕に顔を向けて優しく笑う父さんは気づいていないのだろうか? 周りのこの雰囲気を。
「あの、いつもと違うから、なんだかしづらくて……」
「ああ」
なんだそんなことかと言った感じで笑って父さんが頷きジト様に目を向ける。
「ジト様はだいたいこんな感じだ。キト様が行商に行った後はだいたいこんな感じになる。俺は慣れているから何とも思わんが……。そうか、他の者は気になるか」
周りを見渡した父さんがうんうんと頷くとジト様が座る席に歩み寄る。
「ジト様、もうそろそろ休憩を入れませんか? 俺は腹がすきました」
もうそんな時間だったのかと壁掛け時計を見ると昼はとうに過ぎていた。
「お前達だけで食べてきなさい。ワシはここに残って仕事をしておる」
「そうですか。じゃ、俺達だけで行ってきます。何か食べたいものはあります?」
「特にない」
「食べないのは体によくないので、何か見繕って買ってきますよ」
父さんがそう言うと周りの村長達はほっとしたように息を吐いた。
***
仕事の息抜きにと言って砦の中央通りに来たら父さんは早速露店で売られている串焼きやパン等を買い込み始める。僕はその隣で父さんを見ていた。
仕事をしている父さんはカッコいいと思う。温厚で争いを好まないから村の外に出るのは好きではないと言っていたけど、ルピドに連れられて砦に来た時の父さんは、道中僕達子供を守ってくれた。ルピドがそばにいると思っただけで怖がっていた僕とセナをその背中で隠して守ってくれた。狩師の適正が無いと言われた僕とは反対で狩も上手いし仕事も出来る。そんな父さんを僕は尊敬している。
僕も父さんみたいに早くキト様の補佐に入りたいけど、まだまだだ。
それはいいとして、僕は気になっている事を聞くことにした。
「あの、父さん」
「なんだ?」
「ジト様大丈夫かな? 無理して仕事してたら倒れちゃうんじゃ……」
「大丈夫だろ。何もいま始まったことじゃない。あの方は昔からああだ。だから気にする必要はない。ただちょっと、周りのことを気にしてくれ、とは思うがな」
ちょっとどころじゃないと思う。だいぶ気にしてほしい。
「飯を買って持って行って口に放り込んでやれば食べるし、机のそばの棚にでも飲み物を置いておけば勝手に飲む」
「でも今回キト様の行商ではないよ? いつ帰ってくるか分からい。……もしかして眠らないかも」
「ふむ。そうなったら、眠りを呼ぶ魔法を使って強引に寝かせればいいんだ。大丈夫。問題無い」
こういう時の父さんは豪胆だ。ジト様が雑に扱われている気がするけど、父さんが大丈夫って言っているから大丈夫なのだろう。多分……
「それよりヨル。お前、誰かイイ人はいないのか?」
「いいひと?」
「お前が婚姻をしたいと思う人だ」
またはじまった……。
リト様がシヴァ様と婚姻をして以来、父さんは暇があれば僕に相手はいないのかと聞いてくる。僕にそんな相手はいないし、良いと想う人もいない。僕はキト様みたいにお綺麗な顔をしていないし、リト様みたいに可愛いらしい顔でもない。父さんに似て僕は平凡な顔立ちだ。ヴィヌワの中にいたら埋没してしまうくらい平凡だ。そんな僕にそんな相手が出来るわけもない。だから僕は決まって言うことがある。それがこれだ。
「キト様もまだ婚姻なされてないのに、僕が先に出来るわけないよ」
「キト様は気にするなとおっしゃられただろ? だから気にするな。いい人がいたら言いなさい」
「だから僕にそんな相手いないよ。僕は綺麗じゃないし可愛くもないし……」
「あのなヨル。人は顔ではない。心だ。父さんだってこんな平凡な顔に産まれたが母さんと婚姻できただろ?」
「母さんはゼト様が決めてくださったんじゃないか」
「そうかもしれないが、母さんは俺を愛してくれているぞ? 母さんはな、父さんの心を好きになったのだと言っている。だから人は顔ではないのだ。ヨル」
「……」
「お前も二十四でいい歳だ。本当に誰かイイ人はいないのか?」
「いないよ」
「お前の護衛のリオネラはどうだ? 彼は真面目で働き者だ。顔は怖いが……」
掟が廃止されてから婚姻は本人が自由にしていいってなったけど、護衛の人まで引き合いに出されてため息を吐いた。今も彼は傍で護衛をしているのだから何もいるときに聞いてこなくても……。
「父さん彼は婚姻しているよ」
「そうなのか……。お前にあっていると思ったんだがな。そうだヨル。お前、砦コンと言うものに行ってみないか?」
「砦コン?」
「独身のものだけを集めて出会いの場を提供している催しがあるそうだ。今度のはいつだったか、父さんちょっと忘れたけど、行くなら調べておく。どうだ?」
どうだって言われても……。
「そんなところに行ったって僕みたいな平凡な顔を誰が見るの」
「父さんと違ってお前は十分かわいい顔をしていると思うぞ。そりゃ、キト様とリト様と比べたら劣ってしまうが……。父さんは可愛いと思う」
それは親の欲目と言うやつだ。
「だから恥ずかしがってないで砦コンに行かないか?」
「はぁ……父さん、僕は婚姻する気はないよ」
「何でだ? 一生独身でいるつもりか? あれか? 今若い子の間で流行ってる運命の番を待っているのか? 父さん、待っているのはよくないと思うぞ」
「そんなのが流行っているの?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「知らない」
「お前はいつもじーさん連中に囲まれているからな。流行りに疎いのも仕方ないか」
「僕はね、キト様の補佐の仕事を覚えるのに手いっぱいなの。まだまだ覚えなくちゃいけないことがあるから婚姻なんて考えれない」
「お前は真面目だからなー……。まぁ、いい。父さんに任せておきなさい」
父さんの任せておきなさいと言う言葉に嫌な予感がして否を唱えるはずだったのに、買った物が入った籠を持って父さんがさくさくとどこかに行ってしまって何も言うことが出来なかった。
その数日後、強制参加で出た砦コンで僕が僕の運命と出会うのは、また別のお話。
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