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4章 ルベイラ草原 プロローグ 道なき道
いったい何日旅をして来ただろうか。リリは野宿しようと入った洞穴の中で周りを見渡した。ここにいる者の顔は皆疲労が濃く青い。砦を出る決心をしてから幾日か。指を折って数えたがすぐにやめた。数えたところでどうにもならない。北の奥地にあると聞いた安住の地には未だについていない。
「リリ」
「何だ? ネネ」
「砦に帰らない?」
着火の魔道具など便利なものは高価で準備できなかった。焚火をつけていたが、その火はすでにつきようとしている。ほの暗い静寂が支配する洞穴の中で、ネネの声はよく響いた。
「帰ってどうするんだ。今更帰れるわけがない」
旅の途中、十三人だった仲間はもう五人しかいない。魔物に襲われて戦っても敵わず逃げるばかり。囮を買って出た者たちに想いを託されてここまで来ている。今更戻ることなど出来ない。初めに犠牲になったのは誰だったか。ここにいる皆は戦闘経験が豊富にあるわけでもないからと、最初に囮を買って出たのは……。そうだ、セナだ。
「安住の地って本当にあるのかな」
白い髪と白い長い耳の人懐っこく明るい性格のセナの顔が頭に浮かんだがネネの言葉ですぐに消えた。
「ある」
「でも、セナは……」
旅に出ると決めた時、事あるごとに反対して来た。魔物のいない土地など無いと言っていたが、その目で見たのかと問えば口を噤んで何も言わなくなった。北に何があるのか等、皆知らないのだ。護衛の人も言っていたではないか。北は調査されていない箇所が多く何があるのか未だに分からないと。
「僕達、安住の地につけるのかな」
小さな明りが揺れ爆ぜるとネネの顔を照らした。その顔は目が落ち窪み頬は扱け唇はかさついている。持ってきた食糧や水も十分ではなかった為か、ここのところ碌な食事にありつけていなかった。今日やっと野兎を捕まえることが出来腹が満たされた。五人全員で分けたから兎の肉は少量であったが。それに、小川を見つけて水袋を水で満たせることが出来たのは幸運と言っていいだろう。でなかったら、安住の地に着く前に餓死をしていたに違いない。
「つける」
「本当にそうかな? やっぱり帰ろうよ、リリ」
「帰らない! 帰るならお前一人で帰れ!」
興奮して思わず怒鳴ってしまった。周りを見回してみれば、震えながら皆がこっちに顔を向けていた。
「帰り方なんか……分からないだろ」
「……う……」
静かな声で告げるとネネは泣き出してしまった。魔物から逃げる途中、道から反れて逃げてしまった為に帰る道などすでに分からなくなっている。整備されていない草だけが広がる土地。途中で町や村があれば蓄えておいたお金で皆の食糧や水を調達できるはずだったのに、道から逸れたことでそれも出来なくなった。
「俺達は前に進むしかないんだ」
焚火がまたぱちりと爆ぜた。
「今日はもう寝よう。明日も朝からの移動だ。少しでも疲れを癒しておいた方が良い」
持って来た毛布で体を包み横になると、ネネがリリのすぐ傍で同じように毛布を包んで体を横たえた。
「ネネ、大丈夫だ。俺達は必ずつける」
「……うん」
震える背中に手を添えて撫でてやる。
ヴィヌワにしては大柄なネネはその体格とは反対に臆病で泣き虫で性格も大人しい。旅に出たのだって親友であるリリが行くと言ったからだろう。
魔物に村を襲撃され親を亡くした二人は何かと馬が合ってよく一緒にいた。そこにセナが入り他のヴィヌワの子たちが入りキャリロの子たちと仲良くなった。村で狩師の適正が無いと言われたが、ヒキが戦闘訓練をしてくれたおかげで山に狩りに行くことを許された。護衛つきだが。
山での戦闘はリリに自信を与えた。風の矢を放てば思うように飛び魔物を屠ることが出来た。なのに、草原では一番弱いと言われていたホーンラビットにさえ敵わなかった。それが分かってからは逃げるしかなかった。自分よりも強い者が一人、また一人と欠けていく。残ったのは、戦闘があまり得意ではない者たち。
「大丈夫だ。ネネ」
「……うん」
大丈夫だと言える根拠などどこにもなかった。が、思いだけで突き進んできた。だから、大丈夫。
自分よりも大きな体格のネネを抱きしめてやる。歩き疲れたネネはすぐにでも寝息を立て始めた。リリも目を瞑る。明日にはきっと良い風が吹く。
***
「おやおや、また焚火の番をせずに寝るんだ」
洞穴の入り口から中を覗きこんで独りごちる。白い髪と三角の小さな耳。褐色の顔にあるその目は金色に光って怪しい色をさせているブロ・リオネラ 。
「そろそろかな、僕の出番は」
オロ・イルに言われて契約通りに見守って来た。心が疲弊している時が一番付け入りやすい。魔物との戦闘になった時にでも助ければいいだろう。明日も朝から移動と言っていたから、結界魔法でここに結界を張っておけば魔物が入ってくる心配は無い。
「これでよし」
結界を張って歩き始める。傍にいるのがバレた時の理由など考えていない。だから、離れたところで寝る。洞穴の入り口が見えるところで座り寝る準備を始める。
「さて、僕も寝るかな。明日からは僕が案内するから大丈夫だよ。子ウサギちゃん達」
含みある笑い方をして地面に横になる。楽しみだなーと小さく呟いて。
***
「逃げろ! 皆散るんだ!」
大きな声でリリががなる。翌朝洞穴を出たリリ達は、北へと進んでいた。警戒して進んでいたにも関わらず、魔物の群れと遭遇した。
「リリ! 危ない!」
突き飛ばされて尻餅をついたが慌てて突き飛ばした相手を見上げる。焦った顔のネネの背中の向こうには山でも見たことない、二本足で歩く犬の顔を持った魔物。
「ネネ! 後ろ!」
その魔物が今にでも二人に食らいつこうとしていた。もう死ぬのだとリリは思わず目を瞑ってしまった。だが、幾らたっても恐れていた痛みは来ず、逆に聞こえてきた魔物の苦し気な咆哮。
〖ぐぎゃるううううう〗
「あ、あれ?」
そっと目を開けて見ると夥しい血を流して倒れている魔物がいた。肩から腰あたりまで斜めに真っ二つに割れた魔物はもう息はしていないのだろう。
一体だれがと周りの様子を伺うと、大きくはないがリオネラの青年が魔物の群れを屠っている。一匹、一匹と数を減らしていく魔物たちの姿に安堵の息を吐く。
戦闘自体はそう長くはなかった。長剣を持ったリオネラの青年は、剣を鞘に収めるとリリ達ヴィヌワに近づいてくる。
だが、白い髪のリオネラ等砦で見たことはない。警戒して相手を見ていたリリだったが、助け起こしてくれたネネの声で慌ててお辞儀をする。何にせよ、窮地を助けてくれたのだ。
「助けてくれてありがとうございました。僕達もう駄目かと……」
「ありがとうございました」
「いやいや、気にしないで。それより、そんな軽装で旅かい? 草原は危険だよ。いったいどこまでいくの?」
笑った顔はとても優しい。それに、怪我をした者の応急処置までしてくれた。深い傷では無い為自分の回復魔法でもなんとか回復出来る。
「俺達は、その……」
「僕達北に安住の地があるって聞いてここまで来たんです! 僕達そこに行きたくて」
「ああ、あるよ。僕はそこから来たし」
ぽんと手を叩いた青年がにこやかに笑って言ってくれた言葉に皆で抱き合って喜ぶ。
「な! あっただろ! ネネ!」
「本当にあったんだね!」
「やったー! 俺達は行けるんだ!」
「よかった! よかったよ!」
「行ける! 行けるぞ!」
「喜んでいるところ悪いけど、君たちの格好では到底たどり着けないよ」
喜んだのもつかの間、釘を刺されて皆黙る。
「でも、僕が連れてってあげる。大丈夫。僕の強さはさっき見たでしょ」
こんなに優しい人が嘘をつくなど有り得ない。警戒していた心はすぐに信頼へと変わる。
旅の道中失ってきた仲間たち。想いを託されてここまで来た。神様は俺達を見放さなかった。リリはそう思い、すぐに決めた。
「お願いします! 俺達を連れてってください!」
「任せて」
にやりとした怪しい笑みは、気のせいだと見ない振りをした。
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