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4章 1話 ルベイラ草原

「この草原はルベイラ草原って言うのよ。昔、全ての神様がこの地を作りあたし達に日々の糧を与えた。ルベイラはベーナの昔の言葉で豊穣って言う意味。そこからとったと言われているわ」 「そうなんだ」  がたがたと音をさせて馬車が走る中、僕はヨハナさんから草原のことを聞いていた。ヨハナさんが話してくれる内容は興味深いことが多く為になる。魔物のことだって本には載っていないことなど教えてくれて面白い。戦闘中にゴブリンが大きなおならをして音に驚いた他のゴブリンが音のせいで一目散になって逃げていった話はとても面白かった。でも、そのおかげでゴブリンは音にも反応することが分かったそうだ。それまでゴブリンやオークやトロールなどの亜人は魔力感知と視覚だけで襲ってくると言われていたらしい。 「ルベイラって言う言葉は他にも意味があるのよ」 「どんなの?」 「ルベイラって言うのは良い旅ができますようにって言う意味もあるのさ!」  それまで静かにして寝ていたウルルがぴょんと飛び起きてどさりと座り大きな声で話すからびっくりした。近くに座っているんだからそんなに大きな声を出さなくても聞こえてくるのに。 「ウルルいきなりびっくりするじゃない」 「あははー ごめんごめん」  悪びれなく謝罪するウルルに向けてため息を吐く。ウルルは何故だか声を大きくして話す癖があるみたいだ。 「リト君、ごめんねぇ。僕からも謝っておくよぉ。昔から注意しても直さないんだぁ」  メルルにも謝られたけど、こっちも大して気にしていないらしい。なんとも似たような兄弟だ。 「旅か……」  そんな時だった。キトがぽつりと呟いたのは。 「俺も子供の時、旅をしたいと思っていたな」  窓から空を見上げて言うキトの声は何故だか隣に座っているのに、遠くから聞こえてくるようだった。 「キトが旅?」 「冒険家の絵本があっただろ? あの冒険家のように俺も旅をしてみたいと思ったことがあった」 「僕は怖かったよ」  小さな子供が読むどこにでもある絵本。一人のヴィヌワの青年が世界を旅して色んな精霊や仲間と共に戦い、愛する人を救うと言う冒険譚。僕のお父さんも読んでいたとおじいさんが言っていた絵本は擦り切れて読めない箇所がいくつもあった。載っている魔物の絵が怖くて僕はすぐに読むのをやめたけど。 「そうだな。リトはあれを出すと魔物が怖いと言ってよく泣いていたな」  くすりと笑って僕の頭を撫でたキトが顔をまた窓に向ける。 「期せずして旅をすることになったが……いつか――」  言葉を切ったキトの先の言葉が気になったけど、キトから緊張したような雰囲気が伝わってくる。そしてキトが窓から体を乗り出した。 「キトちゃん! 危ないわ!」 「前方五キロ先、犬型の魔物。数は……十、いや、十一か」 「え?」  五キロ先の音? 言い淀むことなく言うキトの言葉はその場の現状を伝えているのだろう。ぴくぴくと動くキトの耳が物語っている。 「リト。よく見ていろ」 「はい!」  にやりと笑って言ったキトの顔は魔物と相対するときの顔で少し怖い。だけど、しっかり見ていないと。僕の師匠であるキトの戦い方を。僕もすぐに風音を使って五キロ先の音を拾うとする。だけど、周りの音が大きく聞こえて耳が痛い。でも、ここでやめては駄目だ。僕は弱音を吐かないって誓っただろ!  馬車の壁に立てかけていた魔弓を取ったキトが窓から体を乗り出したまま構え、風の矢を形成しはじめる。いつ見てもキトの風の矢は綺麗だ。  魔弓の周りが淡い緑の光に包まれ、それからその光が矢へと形を変えていく。キトの得意な風の矢は、最大で二十本形成することが出来る。ワ村でもこれが出来るのはキトだけ。 「リトちゃん! 乗り出してはだめよ! 危ないから!」  ヨハナさんに注意されたけど、それどころではない。キトが矢を放つ前に見たいと思った僕は体を反対の窓から乗り出して前方を見た。シヴァさんが僕の体を支えていてくれるから絶対落ちない。大丈夫。  キトから放たれた矢はいくつもの光の筋を作りながら飛んで行った。ここから五キロ先なんて見ることは出来ないから、音を拾うことが出来れば…… 「よし」  反対から聞こえてきたキトの安心したような声に僕は自分自身がやるせなかった。攻撃魔法も使えない、結界魔法だって苦手で、攻撃と関係ない魔法だって習得するのが遅い。風音で音が聞こえていたらきっとキトが全ての魔物を屠った音が聞こえているはずなのに……。  比較的風音は簡単な魔法の部類に入る。その簡単な魔法が出来ない自分が歯痒い。 「リト」 「……はい」  頭にぽんと手を置かれて顔を上げるとキトが優しく笑って僕の握った拳を解いていく。 「前に言っただろ? 回数と練習を重ねて上手くなっていくものだと。リトもすぐ出来るようになる。だから自分を責めるな。自分を責める暇があるなら練習をしなさい。いいね?」 「はい」 「リト。風音の練習をしようか」 「はい」  ぎっと音をさせてキトが座り僕を呼ぶ。元のところに座って僕はキトに風音のコツを習い始めた。  僕とキトのやりとりをぽかんとした顔して見ていた皆が、キトが屠った魔物が道の真ん中で倒れているのを見て驚愕するのはすぐの事だった。

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