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4章 2話 戦闘

 車体を軋ませて馬車が止まった。あれから数分経って着いた場所には案の定キトが屠ったと思われる魔物が頭を貫かれて倒れていた。脳髄がそこかしこに飛び散りぴくりとも動かない骸たち。 「これは、すごいわね」 「なんだ、これは……」 「すっごっ! 兄さんにあれ出来る?」 「メイスでぼこぼこにするのは得意だけど、あれは無理かな」 「キトさんは皆を驚かせる達人ですね」  顔を顰めたヨハナさんが魔物の死体に近づいてから座りまじまじと見ている。他の人たちは唖然とした表情で口をあんぐりと開けていた。 「ここから入ってここから出ていったんだわ」  ヨハナさんが右側頭部から左側頭部に指を流し教えてくれるけど、僕は見ていることが出来なくて顔を背けた。 「ふむ。グレイウルフか。図鑑より少し大きく見えるが」 「図鑑のは等身大を載せているわけではないし、それぞれの個体で大きさは違ってくるわ。このグレイウルフは上位になる一歩手前ね」  魔物は長く生きれば生きるほどより強い個体へと変わっていく。そしてその変わっていくのを進化と言うのだとヨハナさんが教えてくれた。砦の学者の人たちが何故進化するのか研究しているらしいけど、未だに解明されてないことも多いそうだ。 「そうなる前に倒せてよかったけど……。キトちゃん、先行して倒すのはあまりお勧めしないわ」 「なぜ? ――ああ、そういうことか」  ぴくりと耳を揺らしたキトが背中の金具に留めていた魔弓を外しながら辺りを伺う。 「山ではこういうことはあまりないでしょうけど、草原の魔物は倒された魔物の血の臭いで集まってくるの」  そう言ってヨハナさんが魔道具であるアイテムバックから大きな二本の槌を持って構えた。他の皆もそれぞれ武器を持って構え辺りに視線を飛ばしている。 「左から五。右から三。後ろから六」 「さて、貴方ばかりにいいところを取られてられないわね。やるわよ。ユシュ」 「ああ」 「シヴァさん、リトちゃんをお願いね。キトちゃんはあたし達の援護を。メルルちゃんとウルルちゃんは……」 「僕達は僕達で勝手にやるよぉ」 「ヨハナ! どっちが多く狩るか競争だよ!」  ユシュさんが手に持った大きな盾を構えて咆哮を放ったのが戦闘開始の合図だった。 「あははは あははははは」  戦闘が始まったと言うのに僕は怖くてただ見ることしかできなかった。魔物が怖いのは怖い。だけどそれ以上に怖いのは戦闘をしている皆だ。 「おらおらおらおら! 死にさらせ!」  ウルルはメイスを振るいながら笑っているし、メルルはいつもと違って怖い顔でメイスで魔物をぼこぼこに殴っているし。 「どっせーい。一丁上がりってな」  ヨハナさんはいつもと違って(おとこ)らしいし、キトはにたりと笑って魔弓で魔物を屠っていくし、ユシュさんはいつも通りに見えるけど、その目はやっぱりぎらぎらと怪しく輝いている。なんでこうも皆好戦的なんだろう……。 「シヴァさん、僕怖い」 「大丈夫ですよ。そのうち慣れます。……多分」  僕の隣で視線を回りに飛ばしていたシヴァさんが僕に顔を向けて笑みを作ると頭をぽりぽりと掻きながらため息を吐いた。 ***  戦闘自体はそんなに掛かってないように思う。後から現れた魔物も数匹いたけど、現れた瞬間皆が競うようにぼこぼこにしていた。  止めどなく溢れる出る血は大地を赤く染め、立ち込める鉄錆の臭いに思わず顔を顰めてしまう。 「さて、魔物の死体を燃やしましょうか」  バックから着火の魔道具を出しながら言ったヨハナさんの言葉に僕が首を傾げると隣にいるシヴァさんが教えてくれる。 「草原では、魔物の死体は解体した後に焼くことになっています。魔物の死体をそのまま放置しているとアンデットになってしまう恐れがあるんです。アンデットになってしまったら倒すのが大変になります。そうしない為にも焼くんですよ」 「アンデットって、図鑑に載ってた骨とか腐った死体の魔物?」  図鑑には腐乱した動く死体と骨になって動く死体がアンデットなのだと載っていた。人も魔物も獣も御魂送りをされなければ腐った死体として動くようになる。活動時間は大概夜が多く、昼は日陰に隠れて夜になるのを待っている。そして弱点は火魔法。火魔法で焼けばそのうち動かなくなると書いてあった。  「そうです。アンデットになってしまったら我々の魔法では倒すのに骨が折れます。リオネラがいたらそうではないんですけど。私たちのパーティーには火魔法が使えるリオネラはいませんから」 「魔道具で武器に火をつけて戦闘しても厳しいの?」 「武器に火をつける魔道具では無理ですよ。相当な火力でないとアンデットを倒すことは出来ません」 「……そっか」    山ではアンデットなんて魔物はいないとキトが教えてくれた。そしてその理由も。僕達ヴィヌワは魔物であろうと獣であろうと戦闘後には必ず御魂送りをする。生きとし生ける者のすべての魂は御魂送りでお送りし、次の生へと旅立って頂く。神様が作ったと言われている魂は神様の御許で安らかなる眠りにつく。それは人だけではなく、獣でも魔物でも変わりはない。  ヴィヌワが御魂送りをするからアンデットなる魔物が現れることが無いのだろうとキトが言っていた。 「キト、御魂送りする?」 「いや、今回はやめておこう。先を急ぎたい」  キトの耳が警戒している様にぴくぴくと揺れる。 「そうね。今日は解体はしないで燃やしてしまいましょ。あまり時間もないわ」  空を見上げて言ったヨハナさんに釣られて空を見上げる。東から登っていた太陽はすでに真上近くまで登っていた。 *** 「見えてきた!」  戦闘が終わって戦闘場所の処理をしてから数十分後。僕たちは魔馬車に乗って旅を再開していた。戦闘した地点からホノメの町までは後数キロだとヨハナさんが言っていた通りで、窓から外を見ていた僕の目に頑丈な石の柵に囲まれた町が映った。 「ホノメの町はベーナが多いのよ。ここでは主に麦が作られているわ。他にも野菜や肉。言わば砦の台所と言ったところね」 「台所?」 「見える? リトちゃん」  ヨハナさんが指を向けている方向に顔を向けるととても大きな湖があった。 「あの湖のおかげで野菜や麦が栽培出来て魔牛の飼育が出来るのよ」  きらきらと湖面が光を反射し、そよ風が流れて草を揺らしている。湖の周りには図鑑で見たモーモーと言う魔牛が何百匹と草を食み、寛いでいる姿が見てとれた。魔牛の周りには革鎧を着て歩くベーナの人達。 「この町がこんなに豊なのはあの湖のおかげ。さ、リトちゃん座って。そろそろ町に着くわ」  がたがたと馬車が揺れ、町の門に近づいていく。門にはいくつもの魔馬車が止まって列を作っていた。

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