80 / 84

4章 3話 ホノメの町の薬師

 門で門番さんに馬車の中を検分されてから僕達はホノメの町の中に入った。通りは人が多く歩いているからか、馬車の速度は来た時とは違ってとてもゆっくりと進んでいく。  建てられている建物も人の着ている服もどこか違う。砦では色とりどりの服を着ている人が多かったけど、ここでは麻でできた簡素な服を着ている人が多いみたいだ。建物も岩で出来た頑丈なものではなく、木で出来た暖かみのある家。  通りに面しているのは大体がなんらかの店がなのだろう。人々の声や様々な音。そして、美味しそうな匂い。活気のある通りに僕の心がわくわくと踊る。 「ユシュ。薬師と連絡を取るからどこか停めれそうなところがあったら馬車を停めてちょうだい」 「分かった」  御者台に座ったユシュさんに馬車から顔を覗かせて言ったヨハナさんの言葉に僕は気持ちを引き締めた。そうだ。僕達は遊びに来ているのではない。ヴィヌワやキャリロの行方不明者の捜索に来たのだ。 「いや、やっぱりご飯を先に食べましょ。どうやらリトちゃんが緊張しているようだから」  僕をちらりと見たヨハナさんがそんな事を言うけど、保護された子の怪我が気になる。自己回復が出来ないほどの怪我を負っていたら命が危ない。 「ヨハナさん!」 「リトちゃん。薬師が診たのなら怪我は治っているはずよ。保護してくれた人も傍にいて見てくれていると思うわ。それに、保護された子を診た薬師はこの町でも一番腕のある優秀な薬師よ。だから安心して」 「でも」 「リト。落ち着きなさい。薬師が診たのなら大丈夫だ」  キトが僕の背中を撫でてくれるけど、僕の中の不安が消えない。 「リトさん大丈夫ですよ。ロササ先生程の薬師が診て下さっているのならきっと治って元気な姿を見せてくれるはずです」  シヴァさんも僕の背中や頭を撫でて宥めてくれる。皆がこう言っているのだからきっと保護された子も大丈夫、なのだろう。なのに、この不安はいったいどこからくるのだろう……? 「ロササさんなの!? すごいじゃん! あの人はキャリロの中でも一番回復魔法が上手いんだ!」  ウルルの言葉でも気持ちが浮上しないまま馬車が店の前で停まった。美味しそうな匂いがするのに僕の気持ちは沈んだままだった。 ***  昼食を終わらせ馬車には乗らずにそのまま通りを歩く。薬師が住む場所は馬車では入れない狭い道に面したところにあるらしい。だから歩いていくことになった。  ヨハナさんがいろいろ町の事を教えてくれるけど僕は保護されたと言う子のことばかりを考えていた。誰かはまだ分からないけど、ヴィヌワであったら怪我をしていても自分である程度は回復出来る。軽い裂傷や骨の罅程度だったら自己回復が出来るはずなんだ。僕も魔法を習い始めた時キトに自己回復が出来るようにと厳しく教えられた。何かがあって、キトか他の人が傍にいない状態で怪我をしてしまっても生きながらえることが出来るように。泣いても逃げて隠れてもキトは教える手を絶対緩めることはなかった。キトは僕だけではなく、村の子供にも厳しく教えていた。ナノはまだ教えてもらってなかったけど。他の村もだいたいそうだって言っていたから、ヴィヌワの子だったら自分で自分を回復することは出来るんだ。なのに、怪我をして保護されたってことは……。 「リト。まだ考えているのか?」 「……うん」 「どのようにして保護されたか分からない今の状況で考えても仕方ない」 「そう、だけど……」 「覚悟だけはしておきなさい」 「覚悟?」 「お前が思っている以上に残酷な現実があると言うことを」  ぴくりとも表情が動かないキトの顔を見て僕の耳が寝てしまう。砦に行く時にキトが言っていた言葉。”獣人族の死体、魔物の死体、亜人族に陵辱されているヴィヌワやキャリロ”。  保護された子は、もしかして、もう……。 「分かったな。リト」 「……はい」  ぴくりと耳を揺らしたキトが顔を前に向けた。キトの視線に釣られるように顔を上げるとロササ治療所と描いた看板が掲げられている家の入り口からヨハナさんとユシュさんが出てきたところだった。 *** 「ロササさんこんにちは。二人を紹介するわね。ヴィヌワの族長をしているキトちゃんとその弟のリトちゃんよ。キトちゃんリトちゃん、この人がこの町で一番の腕をしているロササ薬師よ」 「初めましてだな。俺はここで四十年治療所を構えているロササと言う」 「俺はワ村のキト」 「ワ村のリトです。初めまして」 「ロササさん、他の連中は紹介しなくてもいいわね?」 「ああ。皆知っているから紹介はこのヴィヌワの二人でいい」  紹介された薬師のロササさんはキャリロにしては背の高い人だった。白髪交じりの茶色の髪に、顔にはいくつか皺が刻まれている。  治療所の中はとても狭く、机の上には乳鉢と乳棒、天井には乾燥しているのだろう薬草。雑然としているけど、治療所の中は綺麗に整頓されて清潔が保たれている。 「ワ村? ワ村と言うと最古の村ではなかったか?」 「そうだ」 「ヴィヌワの者がすべて移住したというのは本当だったのか……」 「そうだ」 「山は……」 「ロササさん今は近況を話している場合ではないの。悪いけど、すぐにでも保護された子のところに行きたいのだけど」 「あ、ああ。すまん。案内しよう。こっちだ」  すたすたと歩き始めたロササさんの後ろを慌てて着いていく。お年を召しているように見えたけど、背中が曲がっている様には見えないし歩く速度も速い。 「保護した者は人里が嫌いなやつでな。……あいつの顔を見ても何も言わないでやって欲しい。あいつはあの顔のせいで村を追い出されたんだ」 「獣性が強いのね」 「そうだ。差別というものはどこにでもあるもんだが、俺はあの子ほど悲しい思いをした子は知らんよ。だから顔を見ても何も言わないでやってくれ」  獣性が強い? どう言うことだろう?  聞きたいけど、なんとなく聞くのを躊躇う。悲しそうに眉を寄せて話すロササさんの顔が僕の心の中に残った。

ともだちにシェアしよう!