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4章 4話 大岩の中で暮らす人
整備されてない踏み固められただけの道を歩く。
町を出た僕達は、馬車には乗らずにそのまま歩きで一人で暮らしているという人のところへと向かっていた。その人が住んでいる場所は人が住める場所ではないらしく、歩きでしか行けないのだとロササさんが言っていた。
僕の胸ほどある草に覆われ人が一人通るのがやっとな道は、反れた瞬間魔物に襲われるから絶対反れるようなことがあってはいけないとロササさんに注意された。ホノメの町の周りは警備隊の人が警備をしていて第二兵団の人が町近辺の魔物の間引きの為に駐屯しているから比較的安全だけど、僕達が向かっている場所は、警備隊もいなければ第二兵団の人たちもいない魔物だけの世界。
そんな危険な場所に一人で生活しているって、いったいどんな人なのだろう? さっきのロササさんの悲し気な顔が頭にチラついて根掘り葉掘りと聞くことなんて出来ない。
「ロササさん、ヴィヌワの子が保護されたのはいつの事かしら?」
「保護したのは五日前のことらしい。俺も詳しく聞かされた訳じゃないから知らんが、五日前にバエクが住んでるところの近くで魔物が騒いでいるのが聞こえて、行ったらその子を見つけたそうだ」
「そうなの」
「あ、一人で暮らしているもんはバエクって名だ」
「そう」
「いつもは町にも寄り付かんあいつが町まで来てな。怪我している子がいるから診てくれって言うもんだから行ったんだが……。そろそろ着く、後はバエクに聞いてくれ」
「分かったわ」
僕とキトに一瞬だけ顔を向けたロササさんが唇を噛んでから前を向いて歩き始める。その背中を見た僕の胸がなんだかざわつく。こんなことあんまり考えたくないけど、もしかして保護された子って、もう、神様の御許に旅立とうとしているんじゃ……。
「リトさん? 行きましょう?」
立ち止まってしまった僕にシヴァさんが優しく声を掛けてくれ、宥めるように僕の背を撫でてくれる。きゅっと唇を噛んで僕も皆の後を追った。
***
草が突然途切れ僕の目の前に現れたのは十メートルはあるだろう巨大な岩だった。岩の周りには僕もキトも見たことない実をつけた木が乱雑に生え、石で出来た柵に囲まれたそこにはちらほらと畑も見える。どう見ても人が住むには相応しくない場所だけども、芋の蔓と葉に覆われた畑を見る限り人が住んでいるのは間違いないだろう。
「ここだ」
「ここって、岩しかないじゃない」
「この岩の中にあいつが住んでるんだ」
「岩の中に? 変な人ね」
「バエクがこの岩を拳で砕いて穴を開けたんだ。それからずっとここに住みついちまった。何度町に暮らせと言っても聞かん」
拳で岩を砕く? すごい怪力の持ち主なんだな。僕はそんな芸当できないから力があるのが羨ましい。
「獣性が強い人はすさまじいわね。って、リトちゃん。普通の人は拳で岩を砕くなんて出来ないからね」
きょとんと首を傾げた僕にヨハナさんが言った。
「あなた、口に出ていたわよ?」
「どんな種族の人か知らないけど、リオネラやルピドって力が強いんでしょう?」
「あのね、幾ら彼らの力が強いって言っても岩なんて砕ける訳がないわ」
「そうなんだ」
「そうなの。そんなのが出来るのって極一握りの人よ」
「一握り?」
「そう。獣性の強い人でない限り、岩を砕くなんて無理よ」
さっきも獣性の強いって言ってたな。獣性が強いって何だろう? 聞いちゃいけない気がするけどすごく気になる。
「ヨハナさん、獣性が強いって――」
「あれ? 薬師様? 今日来るって言ってましたっけ?」
ヨハナさんに質問しようと僕が声を上げたら突然後ろから声が掛かった。振り返って見てみると、狼の顔をした人が大きな大木を肩に担いで立っていた。
***
「そうですか、砦から……。遠いところをよくお越しくださいました。このようなところなので町のような持て成しは出来ませんが、どうぞ中へ」
ここに来た経緯を説明し終えた僕達をバエクだと名乗った人が岩の中にと招き入れてくれる。岩の入り口らしきところには、布が掛けられているだけでドアのようなものは何もない。
布を押し上げて待っているバエクさんの傍まで来て岩の中を覗く。棚やら机やら椅子が置かれてあり、棚にはグラスや皿などの食器や鍋などが収めらている。食器類がきちんと大きさ順に揃えて並べられてところを見るととても几帳面な人なのだろう。
「どうぞ」
拳で砕いて繰り抜いたと聞いた中はとても広かった。無骨ながらも整理整頓されているし、埃が溜まっていることもない。岩の中だから熱いのではないかと思ってたけどそんなこともない。熱くもなく、寒くもない心地よい温度。布が掛けられただけの入り口から入ってきたそよ風がどこかへと流れているから、換気もしてあるのだろう。
「バエクさん、保護された子のことを詳しく聞きたいのだけど。いいかしら?」
「はい」
「その子の名前は? 今会うことは可能かしら?」
ヨハナさんの言葉に僕はきょろきょろと周りを見ていた視線をバエクさんに向ける。
「立ち話もなんだ。座ったらどうだ? バエク、話してやってくれ。俺は茶を入れてくる」
「いえ、僕が……」
「保護したのはお前だ。保護した時の状況を詳しく知っているのはお前しかいないんだ」
「そうですけど……」
「いい機会だ。人と接することに慣れろ」
俯いて僕達に一切目を合わせようとしないバエクさん。恥ずかしがりやさんなんだろうか? そっと近づけば後退り距離を置く。ふるりと体を震わせているバエクさんは何故か怯えているように見えた。山で彷徨い歩いていたところをワ村で保護し、今ではワ村の一員になったキャリロの兄弟ラタタとモララ。初めて会った時、僕達に怯えてなかなか心を許してくれなかった二人。何故かバエクさんが二人の姿と重なった。
「僕達は怖くないよ。怯えないで」
「え?」
「大丈夫。危害を加える気はないから」
「リトさん?」
背中の金具に装着している魔弓を取ってキトに渡して両手を上げて敵意はないと示しながら近づく。びくりと体をわななかせバエクさんが僕から一歩また距離を取った。
「あんまり近づかないで下さい。僕は獣性が強いから……。それに、この顔怖いでしょ」
「獣性が強い? もしかして、先祖帰りのこと?」
顔を伏せて悲しそうな目をしているバエクさんを見て聞いたことない言葉の意味がようやっと分かった。獣の顔に人の体を持つ彼らの事をヴィヌワの中では先祖帰りと言うけど、草原や砦では獣性が強いと言うのだと。
「先祖帰り?」
「ヴィヌワは獣の顔と人の体を持った人の事を先祖帰りって言うの。僕からしたら力があるのは羨ましい」
「羨ましい……?」
彼ら先祖帰りの人は、力がとても強くて頼りになる。もう亡くなっていないけど、星読みの大婆様が先祖帰りの人だった。大型の魔物が村近くに現れた時率先して狩りに出かけ、その力で多大なる糧を村に与え貢献してくれた。強く優しく知性も僕達以上に高い大婆様は僕達ヴィヌワの憧れだった。僕が十一歳になった時に亡くなった星読みの大婆様は亡くなる前日まで僕の事を気にかけてくれた。そして、ヴィヌワの中では先祖帰りは大婆様が最後の一人だった。今でも惜しい人を亡くしたと嘆くヴィヌワの者は多い。
「あー、なるほど。先祖帰りの者をお前達は獣性が強いと言うのだな」
「星読みの大婆様も先祖帰りの人だったんだ。もう亡くなっていないけど……」
「惜しい人亡くした。彼は我らヴィヌワの誇りだ」
「誇り?」
耳を寝かせていう僕とキトの言葉に皆が目を瞬かせている。どうしたんだろうと首を傾げてシヴァさんを見るととシヴァさんは困ったような顔で笑っていた。
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