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4章 5話 獣性
誰も一言も発さない中、静寂を破ったのはシヴァさんだった。
「獣性の強いものは、村や町で差別の対象になることがあります。今では法が改訂されて獣性の強い者を差別してはならないとありますが、この法律が出来たのは二十年前の話です。なので、未だに砦から遠いところでは差別する者もいるのです」
「差別? なんで?」
「それは、彼らの姿と力にあります」
姿と力? シヴァさんに向けていた顔をそっとバエクさんに向けて見ると、バエクさんは唇を噛み締めて今にも泣きそうな顔をしていた。
「リトさんは彼ら獣性の強い者がどんな姿で産まれてくるか知っていますか?」
シヴァさんの言葉に顔をシヴァさんに戻し首を横に振ると説明してくれる。
「我々獣人はこのままの姿で産まれてきますよね?」
「うん」
僕達獣人は産まれてくるとき種族の特徴である耳と尾を持って産まれてくる。三歳までその姿で過ごし三歳を越えたら親や親族に獣の姿になれるように獣化を習うのだ。ヴィヌワはそうやって獣化を覚え、五歳になって魔法を習い始める。ヴィヌワ以外の他の種族のことは分からないけど。
「ヴィヌワの方たちがどうかは分かりませんが、我々ルピドは獣人の姿で産まれ二歳になるまえに獣化を親に習い始めると共に魔法も習い始めます。でも彼ら獣性の強い者は違うんです。獣性の強い者は獣の姿で産まれ親に習っていないのに獣形態から人形態へと姿を変えるのです。獣の顔のまま……。極めつけは彼らの生まれ持った力でしょうか。彼らは親に習わずとも単独で魔物を狩ることが出来る。それも三歳にもなっていない子供が」
それの何が悪いのだろう?
「そんな子供を見て母親は愛情が持てないのだそうです。彼らは総じて力が強く知能が高い。魔力はあまり持っていませんが、魔力が無くても補える程の力があります。だから、人はそんな彼らを恐れるのです」
「恐れる? 獣の姿で産まれたと言うだけでか?」
「そうです。恐怖と言う感情は人を愚かな道へと歩ませてしまうものです」
「馬鹿らしい」
吐き捨てるように言ったキトが不愉快だと言う感じに顔を顰める。
「お前達ルピドやリオネラは力が全てだと言うではないか? だと言うのに母が子を恐れるのか? 産まれ持った力があるのなら誇ることだろう」
「そう、ですが……」
「それに、リトが初めて獣化した時可愛いかったぞ? ラタタやモララだってそうだ。キャリロの獣の姿はとても可愛かった」
シヴァさんがはぁと小さくため息を吐く。
「ヴィヌワやキャリロは生まれ持って力があると言っても親を殺す程の力ではないでしょう? ルピドやリオネラの獣性の強い者の子供は違います。親をも殺すほどの力を持って産まれてくるのです」
「だから差別をすると言うのか?」
「そういう者もいる、と言うことです」
「下らない。本当に下らない」
そう言うとキトは怒った顔をしたまま岩から出て行ってしまった。悲しみや苦しみ、怒りと言う感情は人の心を摩耗させ疲弊させる。僕はキトの心を疲弊させるような事はしたくない。立ち上がってキトを追いかけようとしたらシヴァさんが声をかけてきた。
「リトさん?」
「僕、キトの所にいく」
「ええ、行ってあげてください」
「うん」
悲しそうに笑ったシヴァさんには申し訳ないと思ったけど、僕はシヴァさんも大切だけどキトも大切なのだ。どちらかしか助けられないと言う時はシヴァさんの手を取るかもしれないけど、今はそう言う時ではない。それに、いつも心を荒げないキトが心を荒げるのがとても気になる。揺れる布を見て僕はキトの後を追いかけた。
***
「キト」
岩を出てすぐのところでキトの姿を見つけた。膝を抱えて座り頭を膝に預けているキトの姿は初めて見る。いつもは頼りになるその背中は今はとても頼りない。僕はキトの横に座るとキトの肩に頭を預けた。
キトが何を思っているのかなんて僕には分からない。キトは弱音を吐くことは絶対ないから。ワ村では次代の長になるからとワ村の皆から尊敬されて敬われていたキト。砦に来てもキトはヴィヌワの族長として動いている。いつだって皆の事を思って行動しているキトが誰にも弱音を吐けないのは分かっている。ジトにもヨトにも誰にも。僕にだって思っている事を言うことはないだろう。
「リトは」
「うん?」
「リトはさっきの話を聞いて何を思った?」
だから、こんな小さく切ないキトの声は初めて聞いた。
「差別がなくなればいいって思った。先祖帰りだからって差別をするのは間違ってる。僕達、人と変わらない。そうでしょう?」
「そうだな。……モララとラタタが村を捨てて彷徨っていたのはキャリロに差別されていたからだろうか? キャリロと言う種族も皆そうなのだろうか?」
「分かんない。僕は村から出たことないし」
「ハナナから暮らしを聞いただけだから俺にも分からない」
山を彷徨い歩いていたモララとラタタ。ラタタはまだ小さくて獣のままの姿だった。保護した時には敵意をむき出しにして襲ってきたと村の人に聞いた。獣の顔に人の体のモララもラタタも僕達ヴィヌワに慣れるのに相当な年月が掛かった。今は僕達ヴィヌワと共に過ごす事を厭わないけど、砦に住み始めてから調薬室に籠ってしまった。部屋の中にいるだけなのは体に悪いからと言って薬師の婆様が外に連れ出そうとするけど拒絶して出てこない。
僕達と出会う前、モララとラタタは謂れの無い差別を受けてきたのかもしれない。先祖帰りに産まれてきたからと唯それだけのことで。だから僕達ヴィヌワに対してもなかなか心を開いてくれなかったのだろう。
「ラタタやモララは俺達と出会う前きっと苦しい思いをしてきたのだろうな」
「そうだろうね。でも……」
「でも?」
「いつかそう言う差別はなくなるって僕は信じてるよ」
キトの肩から頭を上げて言うとキトが大きく目を見開いた後その目を細めて笑った。
砦に移り住んだばかりの頃、ヴィヌワの老人たちはルピドやリオネラを偏見の目でみていたけど、接しているうちに段々と態度を変えていった。僕達の歴史の中ではルピドやリオネラはいつでも悪者だった。だけど、今は違う。砦に来て接することで僕達はルピドやリオネラがどんな種族なのか知った。
種族が違うから風習や考え方だって捉えからだって何もかも違う。だけど、人は種族の垣根を越えてお互いを尊重し歩み寄ることが出来るのだ。
「リトの言う通りだな」
「二十年前に法律が変わったってシヴァさん言ってたからきっとこれからだよ」
「そうだな。俺もそう信じよう」
「うん!」
顔をあげて僕にむけて笑ったキトには憂いの感情は見えない。
「さて戻るか。保護された者のことを聞かねば」
「うん」
僕達は立ち上がって手を繋いで岩の中に戻った。
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