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4章 6話 完治していない怪我
岩の中に戻ると部屋の中はシンとしていた。机の上に置かれたカップから湯気が出て揺れている。僕はシヴァさんの隣に座るとシヴァさんの顔を見上げた。
僕の顔を見て悲しそうに笑ったシヴァさんはここにいる皆を代表して先ほどの話を僕とキトに分かりやすく教えてくれたのだろう。僕達が草原で捜索をすればいろいろな町や村を訪れることになるかもしれない。この先のことなんて分からないけど、砦や草原の色々な現状を知っておいた方がいいと思って僕達に教えてくれたのだ。きっと。
「シヴァさんありがとう」
「え?」
「僕達に教えてくれて。僕もキトも砦や草原のことは全然知らないから」
「いいえ。逆に貴方たちに不安になることを言ったような気がしてなりません」
「僕は聞けて良かったよ。草原の良いところも悪いところも聞いておいた方が僕達にとっては良いって思って教えてくれたんでしょ」
「……どうでしょうか」
僕から視線を外して俯いてしまったシヴァさんを下から覗き込む。困ったような顔をして笑ったシヴァさんの鼻に鼻をこすりつける。前にシヴァさんに教えてもらったルピドの愛情表現。くすくすと笑ったシヴァさんがお返しにと僕にもしてくれる。
「そこでいちゃつかないでくれる?」
呆れた顔をしたヨハナさんの声に回りを見ると皆呆れたような顔をして僕とシヴァさんを見ていた。
***
「じゃあバエクさん、皆が落ち着いた事だし保護した子の事を話してくれる?」
それぞれ席に着き周りを見渡したヨハナさんがこほんと咳をしバエクさんを見て促す。それを見たバエクさんは一つ頷くと話し始めた。
「保護したのは五日前のことです。僕が庭で畑仕事をしてたら魔物たちが騒いでいるのが聞こえてきたんです」
ちらっとバエクさんがロササさんを見るけど、ロササさんは胸の前で腕を組んで目を瞑っている。それを目に入れたバエクさんが諦めた様にそっとため息を吐くと続きを話す。
「ここらへんの魔物はほとんどがコボルトで大半は僕を恐れて騒ぐようなことはしません。だからおかしいと思ってそこに行ったんです。そうしたら――」
「保護した子を見つけたわけね? それで?」
「コボルトを追い払って亡くなっているのならきちんと弔ってあげないとと思って近づいて抱き上げたら、その子は息を微かにしてたんです。だから僕は急いでホノメの町に行って薬師様を連れてきて診てもらいました」
「その子の名前は? 今すぐに会えるかしら? 砦を出た経緯を聞かないといけないの」
ヨハナさんの声にバエクさんがロササを見ると、ロササは目を開けていてバエクさんと視線を交わすと今度はロササさんが徐に閉じていた口を開けた。
「会わすのは出来る。が、話を聞くことは無理だろうよ」
「何故かしら?」
「怪我はあらかた治ったし怪我による熱も引いた。だが目を覚まさないんだ。だから話をすることは無理だろう。四日前に意識を一回回復したんだがな、そこから眠りに入って未だ目を覚まさない」
「目を覚まさない?」
「重症患者で稀にあることだ。治療に必要だからと足や腕を切断されたものはな、無意識に心を閉じて生きることを拒絶し目を覚まさないことがあるんだ。人ってのはな、寝てても周りの音を聞いてるもんだ。特にヴィヌワは耳がいい。俺とバエクが話しているのを聞いて絶望してしまったのかもしれん」
ふぅと息を吐いたロササさんがゆっくりと立ち上がって今いる部屋とは別の部屋に通じているであろう箇所の布を見て指を指した。
「嘘だと思うなら見ればいい。あの子はあっちのベッドに寝かせてある」
スタスタと歩いて布を持ち上げた先に見えた大きなベット。ベットの脇には木で出来た椅子に、サイドテーブルには何冊か積み上げられた本。ベットに横たわっているのであろう人物はここからでは見えないけど、胸あたりが上下に動いているから生きているのは間違いない。
「ほら、来いよ」
ロササさんに促されてベットのある部屋に着いて入り僕は目を大きく見開いた。
「セナっ」
「っ」
ベットに横たわっていたのは僕の従兄弟であるセナだった。僕の後から入ってきたキトの息を飲む声が聞こえすぐにキトがセナの元に駆け寄りセナの体を起こして抱きしめる。僕も慌ててセナに駆け寄るとキトに抱きしめられているセナを見て驚愕した。
青ざめた顔をしているセナの両耳は無く、毛布が掛けてある右足は膝から下が、左足は腿の半分あたりから膨らみが無い。
「セナ、迎えに来たぞ。帰ろうな」
「おい、今動かすな」
セナの頬を撫でたキトがふと視線をセナの足に持っていく。
「傷はあらかた治ったと言ったがまだ完治した訳じゃない。だから動かすな」
ロササさんにそう言われてキトが毛布を捲った。そこに現れたのは、血は止まっているものの中途半端な皮膚と肉の癒着した脚だった。回復魔法を途中で止めてしまったんだろうか? 普通は回復魔法をすれば、切断した部分は綺麗な皮膚に覆われるはずなのに……。
「なんで、こんな……」
「分からん。四日前に一回意識が回復したと言っただろ? その時からだ、回復魔法を受け付けなくなったのは」
「回復魔法を受け付けない?」
「そんなことある訳ないだろ」
セナを抱きしめていたキトが咆えるように言ってロササさんに厳しい顔を向けている。
このままでいればきっとセナは命を落としてしまう。そう思った僕は手をセナの傷口に近づけて回復魔法を唱えた。
「……なんで?」
だと言うのにいくら魔力を込めても穴の開いた水袋に水を入れた時のように魔力だけが漏れていく。
「言っただろ。拒絶していると」
「そんな……」
このままでは駄目だ。絶対に駄目なんだ。セナが死ぬだなんて。そんな事……。
『風の精霊様、風の精霊様――んぐ』
「駄目だリト!」
上級回復魔法を唱えようとしたところでキトに口を手で覆われて止められた。
「山から下りる時に言ったはずだ。それは使ってはいけないと」
口にあるキトの手を掴んではがしてキトを睨みつける。
「でも!」
「俺と約束しただろ、リト」
「約束した。けど、このまま放って置けって言うの?!」
セナは家から出れない病弱な僕の元にちょくちょく来ては僕と一緒になって本を読んだりして一緒に過ごしてくれた。大切な幼馴染であり、大切な僕の友達。
「そんな事など言ってないだろ? だが、ここで使うことを許すことは出来ない」
「なんで!」
周りを見回したキトが大きくため息を吐いて小さな声で詠唱をして結界を張った。
「悪いが、シヴァとリト以外ここから出てくれ」
「わたし達には話せないと言うことかしら?」
「そうだ」
「分かったわ。今はここを出るけど、いつか必ず話してもらうからね」
キトが張った結界を見たヨハナさんが渋い顔をしてそう言うとこの部屋から皆を連れて出ていく。皆が出て行ったのを見ていたキトが僕に顔を向けるとまた大きく溜息を吐いた。
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