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Ⅱ 天高く⑥

世界は優しくない。 それは、俺の生きてきた短い時間の中で学んだ真実だ。 「敵機影、急速接近」 「速いな」 第二陣か。 このタイミングで増援できるのは…… 台湾総督府艦隊 (兄上の軍か) 兄上の軍では、これまで通り易々とはいくまい。 「無線を繋げ。艦長と交信する」 兄上が前線に出る事はない。 ここは交渉……否、調略か。できるか、俺に。 「通信不能。妨害電波だ」 「戦うしかないのか、兄上と」 「音緒」 「分かっている!」 アサルトビーム、チャージ率64%か。 チャージMAXまで撃ちたくないが、陣形を崩すには、このタイミングしかない。 「波動スタンバイ、陽子砲と同時発射。標的確認、エネミー照準」 3、2、1 「テェェェェーッ!!」 海面が空に巻き上がった。 敵LOST 「どういう事だっ」 増えている。 アサルトビームと陽子砲の同時攻撃で敵が全滅しない。どういう事だ。 海空両用高速機だ。 レーダーを撹乱された。 海中に潜航させていたのだ。本隊は無傷。 (ドローン戦術!!) 撃ち落とした敵機は全機ドローン。 囮を撃ち落とさせるドローン戦術は兄上の最も得意とするものだ。 「来ます!」 「クッ」 一気に距離を詰められる。高速機部隊だ。波を割り、空に銀翼がひらめく。 爆撃の音が鳴り響く。 メタルコアが限界だ。 《アヴァロン》の装甲を破られる。このままじゃ! ………………ツッ 影が残響した。 『音緒、投降しなさい』 無線が強制送信される。 『悪いようにはしない。お前は私の花嫁だ』 聞き慣れた、あの人の声 幼い頃、頭を撫でてくれた。約束してくれた。 俺を守ってくれた、兄上の…… でも、俺は約束を守らずに…… 『贄堕ち』した俺は、兄上と結婚する。 兄上の子供を産むんだ。 αじゃなくなって 名前をなくして Ωになって 兄上の妻となり、未来の子供達の母となる。 兄上がパートナーなら、きっと悪いようにはしない。言葉は本物だ。 (あなたなら、俺を幸せにしてくれる) でも、俺は………… 籠の中の幸せよりも。 欲しくなってしまったんだ。 籠の中から見る空よりも 本物の空が 「ごめんなさい、兄上」 俺は、俺は……… 「我が儘で、自分勝手で、でも」 「我が儘だよ。お前は」 無線の声が耳朶をくすぐった。 「泣いているのかい?」 声が撫でてくれた。 あの日のように そっと 温もりで 大きな掌のように 俺を撫でてくれた。 「迎えにいくよ」 大切な弟で、愛する花嫁なのだから…… 「後の事はそれから考えよう」 爆撃が止んだ。 地上の砂丘がクレーターになっている。 あと数分、空爆を続けられたら、この機体はもたなかったろう。 結局、俺は兄上の攻撃中止の命令に救われた。 一人じゃ、なにもできなくて。 いつも誰かに助けられて。 誰の役にも立てなくて。 俺は、役立たずのαだから…… 愛する自由がない。 愛される自由も、愛される価値もない。 「ごめん」 お前の名前を呼ぶ事ができない。 「ごめん」 俺は、お前みたいに生きられないんだ。 強くなくて、ごめん。 弱虫でごめん。 俺は、弱虫αなんだ。 お前と見る空が欲しいって望んだけれど。 俺は、やっぱり帰らなくちゃ。 自分のいるべき空の下へ 「お前の命は保障するよ」 せめてもの償いだ。 最後に一緒に見る空が、こんなに煤けた色でごめんな……… 「音緒ッ!!」 なぜ、お前は叫んだんだ? 光の中で。 この光は……… 空を照らし、砂丘に押し寄せる波動がコックピットを揺らす。 軋む。 裂ける。 壊れる。 「大丈夫です。メタルコアは尽きていない。《アヴァロン》なら耐えられます」 警告音が鳴り響く。 サンドモードの《アヴァロン》が砂ごと持っていかれる。 動くのは危険だ。今、機体に余計な負荷はかけられない。 もってくれ、メタルコア。 《アヴァロン》耐えてくれ。 グァゴゴゴゴオォォォオオーッ 音すらなくなった。 目の前に残ったのは、無の世界 光が命をもぎ取った。

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