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その12
十月二十四日。晴輝のツアーも、ついに最終日を迎えた。いつもとは明らかに違う高揚感の中で、ライブが進んでいく。
晴輝は夢中で歌った。激しいロック調の曲の時には、キーボードを壊すかと思うぐらいの勢いで弾きまくった。翔一郎さんのギターも隆宣さんのドラムも、今日はいつもよりも強く身体に響いてくる。
あっという間だった。ステージ袖にいた俺は、最後の曲が終わっても、しばらくぼんやり突っ立っていた。
袖で薄闇の中、スタッフに囲まれ、満足そうな穏やかな笑みで汗を拭いている晴輝。一つ息をついてから、ゆっくり近づく。
「晴輝、あと少しだね」
いい言葉が見つからなくて、気持ちも唇もとまどってる。
「うん。静也、最後の曲ちゃんと聴いてくれよな」
晴輝は身体を寄せてきてそうささやくと、まぶしく笑って背を向けた。
「じゃあ、行きます!」
スタッフの声に、翔一郎さんと隆宣さんに両脇を挟まれ、ステージに出て行く晴輝。袖から見ると、泣いてる女の子が何人か目に入ってきた。今は俺にも、泣く気持ちが分かる。
アンコールの三曲を終え、ステージには晴輝だけが残る。驚いた。いつもと段取りが違う。いつもそばについてる俺すら知らなかったって、どういうことだ?
驚きは会場を埋め尽くす客も同じようで、ざわめき、期待に満ちた顔でステージを見つめる。
一人ぽつりとスポットライトに照られた晴輝。微笑みを浮かべ、じっと客が静まるのを待っているようにも、ざわめきを味わって聞いているようにも見えた。
すぐに客も、そんな晴輝に気づいた。まるで合図でもあったかのように、ざわめきがぴたりと静寂に変わる。
「今日は、本当にどうもありがとう。最終日に来てくれたみんなに、プレゼントがあります」
ゆっくり、噛みしめるように言う晴輝。狭い会場の壁を震えさせそうな拍手と歓声にも、緊張した面持ちを崩さない。
「さっき詞が完成したばかりの曲、聴いて下さい。タイトルは『君のぬくもり』です」
晴輝はささやくようにそう言うと、キーボードに指を置いた。うつむいて、祈ってでもいるみたいに、しばらく動かなかった。
鋭くてきれいな横顔。頬を流れていく汗がライトに照らされ、流星になる。たくさん人がいるのに、物音一つ立てない。晴輝と一緒に祈るかのようだ。
俺もただひたすら、晴輝を見つめることしかできない。
やがて晴輝は顔を上げ、歌い出した。そこにそっと、キーボードの音が重なる。
高くてよく伸びる、やさしいやさしい声。
引きこまれる。せつなく、でも力強く抱きしめられる。
誰もが呼吸さえ忘れて立ち尽くし、晴輝を見つめ、聴きいる。
曲が進むにつれ、俺の鼓動はどんどん早くなっていく。苦しくて、痛くて、思わず胸を押さえた。
まさか。まさか、これって……。
緑の街で 君と初めて二人きりで歩いた
君の声 君の匂い 君のぬくもり
傷ついた僕を包んでくれた
君のぬくもりは僕の勇気
だからずっとそばにいて
いつまでも手を繋いでいて
君のぬくもりは僕の勇気
仙台の街の情景。手首に感じた晴輝のぬくもり。つらそうだった横顔。そして笑顔。
あざやかによみがえり、心を押し上げる。
晴輝がそっと、キーボードから手を離す。曲は、終わった。
一瞬遅れて、感動で輝いてる客の笑顔と拍手が会場を満たす。何度も客席に頭を下げ、手を振る、晴輝の達成感にあふれた笑顔。
袖に戻ってきた晴輝を拍手で迎える輪から少し離れ、俺は呆然としていた。みんな同じように輝いた笑顔で、晴輝を囲んでいる。大石さんが、感極まって泣いている。
「静也? 静也はどこ?」
晴輝が俺を呼ぶ。表情は、ステージを照らす照明が逆光になって、よく見えない。
こっちに近づいてこようとするのを、俺はただ見ていた。涙にも似た、身体の奥底から湧き上がるものをこらえながら。
「静也?」
また俺を呼ぶ声。薄闇を探って伸びる腕。
ダメだ、まだだ、こらえろ……!
思いっきり抱きしめたくなるのを、思わずぎゅっと拳を握って抑える。
次の瞬間、全身に感じる晴輝のぬくもり。ほわりと湯気が立ちそうな、汗に蒸れた身体。押されるように目を閉じて、しっかり感じる。
「お疲れ、静也」
「うん……、晴輝こそ、お疲れ」
お互い、同じように相手を感じあう。喜びが身体の奥からあふれ続けるようで、止まらない。
こんな思いきった告白をしてくれた晴輝に、俺もしっかり応えよう。応えなきゃ、男じゃない。
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