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その13

 ライブが終わると、打ち上げがホテルで豪華に行なわれた。  とは言っても、もともとスタッフの人数も少ない。小さい宴会場を借り、お約束のビンゴをやったりして、にぎやかに酒を飲む。  ツアーが終わった解放感に、みんなはしゃいでガンガン飲んでいた。立派なオードブルを囲んで、ビール瓶やカクテルのグラスがどんどん空になっていく。  立食形式だったから、晴輝は大石さんと一緒にテーブルの間を歩き回って、普段あまり関わりがなかった人達にも話しかけて、お礼を言っていた。  俺はというと、ひたすら飲みに徹していた。でも、いくら飲んでも酔えなかった。  どうやって晴輝に応えよう。男らしく、かっこよく。そう思うほどに変に緊張してなにも考えられない。  俺はため息をついて、カクテルをあおる。 「俺、明日仕事なんだよ。そろそろ帰らないと……」  耳に飛びこんできたのは、少しろれつが回っていない、翔一郎さんの声。 「え、仕事入れちゃったの? いくつか部屋押さえてあるから、泊まっていけば? それとも、タクシーで帰る?」  大石さんが言う。見れば、翔一郎さんが椅子に座ってて、それをみんなで囲んでる。 「うん、泊まってっていいんなら、寝かせてもらうよ……」  もごもご言う、今にも寝てしまいそうな翔一郎さん。 「じゃあ、ルームキー下さい。俺が部屋まで連れていきますから」  隆宣さんもそれなりに飲んでるはずなのに、顔色は素面同然だ。 「静也君も来て」  隆宣さんのいつもと変わらない冷静さが、いきなり俺に向いて、面食らう。 「あれ、静也君もあんまり酔ってないみたいね、一緒に行ってくれる?」  とまどっていると、大石さんはジャケットの内ポケットから、カードキーを二枚取り出した。 「これは晴輝の分ね。ツイン取ってるから、静也君も晴輝と一緒に泊まって、ゆっくり帰ればいいわ」  ちゃっかり俺に晴輝のこと頼むあたり、酔ってはいてもさすがにマネージャーだ。って、一緒に泊まるとかそんな、マジかよ……。 「悪いねえ、二人とも」  翔一郎さんはすごい眠そうなくせに、にこにこしながら隆宣さんに肩を貸してもらって立ち上がった。 「仕事って、なんです?」 「誰かのバックでギター弾くんだよ、誰だったっけかなあ……?」  千鳥足の翔一郎さんを支えて歩く隆宣さんの後ろから、俺は翔一郎さんの荷物を抱えてついていった。抱えた荷物が、胸の鼓動で弾みそうだ。そのぐらい、心臓はバクバク。気のせいか足元もおぼつかない。 「明日何時に起こしますか、家で予習する時間も必要ですよね?」  隆宣さんが翔一郎さんの顔をのぞきこむ。 「うーん、リハが十七時だから、昼前にはここ出たいかなあ」 「じゃあ、十時ぐらいに起こして、家に送りますから」 「うん、頼むね」  親子でもおかしくない年の隆宣さんに、甘えまくりの翔一郎さん。もし本当に翔一郎さんのこと好きなら、こんなふうに頼られるのは、うれしい反面しんどいだろうな。  この二人も、当然同じ部屋だよな……。隆宣さん、どうするつもりだろう。俺なら無理だ、襲いかねないから逃げる。  部屋に入り、酒の匂いが満ちてる中、二人がかりできちんと翔一郎さんを寝かせる。隆宣さんは髪をかき上げながら、ちょっとの間、翔一郎さんの穏やかな横顔を見下ろした。 「さ、今度はハル迎えに行かないと」  やっぱり酔ってるのか、隆宣さんは酒の匂いを漂わせ、肩を揺らして楽しそうに笑う。 「隆宣さんて……」 「なに?」  部屋を出て、エレベーター前まで来たところで、隆宣さんは壁際に置かれていたソファにすとんと座った。 「実際のところ、翔一郎さんのこと、どう思ってるんですか? 本当に好きなんですか?」  酒の力もあったのか、直球勝負を挑んでしまった。苦手なんだよな、回りくどいのって。 「好きだよ」  隆宣さんは、今さらなにを、と言わんばかりに、さらっと真顔で言う。 「それって……」 「恋愛感情だけど?」  投げた球をいともあっさりと場外ホームランにされた気分だった。きっぱりしすぎてて、しばらく返す言葉もない。 「これだけはどうしようもないんだ。俺は、あの人が好きだ」  隆宣さんは、きれいという言葉が似あう顔を凛々しく引き締め、まっすぐ俺の顔を見つめる。 「静也君は? 今日これから、ハルとのことどうにかするんだろ?」 「えっ……」 「あんな熱烈なラブソング歌われちゃ、こっちもたまんないよ」  隆宣さんは上目遣いに俺を見て、にっと笑った。その笑顔は、どこかさみしげにも見える。 「いいじゃん、難しいことはヤっちゃってから考えたって。ハルがあんな大胆な告白してきたのに、できないとか言わないよな?」  俺を見る、充血した目。隆宣さんが想像で抱きしめる相手は、やっぱり翔一郎さんなんだろう。 「そ、そりゃもちろんですよ」  胸を張ったものの、声はよれよれで自分が情けなくなる。 「でも、実らないままの方がいい恋もある」  泣きそうに、つらそうにくしゃりとゆがむ、弱々しい笑顔。俺は初めて、隆宣さんのこんな表情を見た。やっぱり、晴輝の方がよっぽどちゃんと隆宣さんを分かってた。 「うらやましい……」  あわい、けれど重みのあるつぶやき。最後の最後に見せた、弱さと本音。  隆宣さんは俺から顔をそらし、せわしなく金髪を撫でつける。気持ちを静めようとしてるかのように。 「さ、早く据え膳食いに行けって。一人で平気だろ?」  隆宣さんは立ち上がり、俺の肩を力強く叩いて、翔一郎さんが寝ている部屋へと戻っていく。俺はあわてて、その背中に頭を下げた。  決めた。手に入れたいものを、しっかりと手にすればそれでいいんだ。かっこつけようなんて思わないで、俺らしくぶつかろう。

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