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 あっ、でもつばきに終わる時間伝えたけど、教えた時間より10分ぐらい早い。  まだつばき、来てない、よね。  僕は周りを見渡した。  ……………あれ…。  あの人、紫村、さん…?  なんであんなところにいるんだろう。  店の入口の前にある、電柱に背中を付けて立っている紫村さん。  さつきさんに用事があって待ってるのかな…?  じーっと店の入口を見つめている紫村さんの表情は真顔で。  お店にお客さんとして来ているときのやわらかな表情でにこにこ笑顔の紫村さんよりかなり違って見える。  …………なんかこわい。  僕はそっと視線をはずした。  視線をはずした先に、手をふって近づいてくる人影が見えた。  どんどんこちらへと近づいてきて、はっきりと見える人物。 「つばき」 「ミケ!」  笑顔のつばきだ。  今朝、教えた時間より早いのに…。 「少し早めに着くようにしたけど、ミケ仕事終わったのか?」 「うん。さつきさんが上がっていいよって……」 「そっか。じゃあ少し待たせちゃったな」  つばきの温かい手がゆっくりと僕の頬に触れた。 「えーと…でも今終わったところだから全然待ってないよ」  僕の頬に触れているつばきの手から離れようとした。  ―――が、そのまえにつばきのほうから離れた。 「うん。そんなに体冷えてない。でも………」  つばきのせっけんの匂いが鼻をかすめる。  視界がつばきの体で塞がれてて何も見えない。  これって…………抱きしめられるところでは……。  僕はとっさに、ぎゅっと目を瞑った。  首元に温かいなにかが巻かれている。 「よし。今日も冷えるからこれを」  そう言ったつばきの声が耳元で聞こえた。  僕は閉じていた目を開いて、自分の首元を触った。 「………これ…」 「それ、ミケの忘れもの」  つばきが僕の首に巻かれている、紺色のマフラーを指さしてる。 「でも……これつばきの……」  紺色のマフラー。つばきのマフラーで。 「あげるって言っただろ」  あの日――バレンタインのときだった。  つばきが僕の首にこれを巻いて、海に星を見に行ったんだっけ。  そのとき、確かにつばきは僕にこのマフラーをあげると言っていた。 「でも……そしたらつばきが……あっ」  これを僕につけたらつばきが寒いんじゃないの、そう言おうとした。  ……………けど、つばきの首元には赤いマフラーが巻かれている。 「俺はこれがあるから大丈夫」

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